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2章 Secret Origins
【八】舌打ちが出てしまった
しおりを挟む「本当に前世だと……?」
頭から血を流した父君が戻ってきた。
こちらへ向かいながら、次々に壁を魔術で修繕している。
やはり、この世界で僕が認識した中では、この父君が最強の戦士だろう。
戦えばシスマが勝つだろうが、この男性には素の強さがある。
デコピンが通ったのは、不意打ちが成功したからに過ぎない。
向こうがまだ殺しに来るようなら、潔く逃走しよう。
本気で戦うのが論外である以上、それがベストだ。
「はい。僕の知識が彼女に影響を与えて、
食料革命を達成しました」
夫がデコピンされたショックで気絶していた母君も目を覚ましていた。
娘の異常な知識と才覚が前世によるものだと明かされれば、
少しは態度が軟化してくれるのではないかと期待する。
それでもまだ敵意を示すのなら、
僕直々にこの屋敷を少し平らにしてやったっていいかも。
「前世の記憶や技能ではなく、
人格が分離するなど、前例がないぞ」
「……何事にも初めてはあります」
どうしてそうなったかの仮説は黙っておく。
ここで両親を糾弾するのは容易い。
本当はジェーンの考えを聞きたいのだが、
僕が彼女にいつも話しかけるのと違って、
彼女から僕に声をかける気配がない。
どうかしたのか。
前回と違って外傷はない。
そこまで深く意識の海に潜る必要はないはずだ。
つまり──そういうことだ。
両親が本当に殺すつもりで向かってきたことが、
本当にショックだったのだ。
いつもはあんなに不敵に振る舞っている彼女が。
ブルドーザーのような生き方の彼女が。
だが、僕にバトンが来たことをプラスに見るのもいいだろう。
ここで踏ん張れば、
ジェーン・エルロンドと両親の仲が良くなるかもしれない。
今、殺しに来たところだったが、
僕の経験上、親子というのは往々にして殺し合うものだ。
なぜかはわからない。ほんとにわがんね。
僕は世界一の家族を持てたので、
親子間の殺し合いとは無縁だった。
自分が恵まれていることに、感謝しない日はない。
「あの指で、ピンと額を弾いた技……」
「デコピンですね。おでこをピンとしました」
「ほぉ……」
父君の目の色が変わった。
指の力だけで屋敷を貫通させられた恨みか。
今にも戦闘を再開しそうな鬼気だ。
服の下の筋肉が盛り上がっている。
早速やり返してくるかと身構えた。
さてどうしたものか。
痛み分けではなく、やり返してこちらを倒そうというのなら、
ここはあえて怒りが収まるまで耐えるべきか。
しかし、この身体はあくまでジェーンのものだ。
彼女は痛いのを嫌うし、すぐ治るとはいえ、
僕の判断で攻撃に進んで彼女の身を晒すのは申し訳ない。
「待ってください。話し合いましょう。
僕たちの間には誤解があるはずです」
「いや、グッドな怪力だった。
ジェーンは戦いの才に恵まれても、血脈にそぐわぬ技巧派だったが、
あのパワー……貴公こそ我が娘と言うにふさわしい。
よく帰って来たな、愛娘よ」
「あなたの娘はジェーンで、僕はただの前世ですけど……」
「フハハハ! 似てない父娘だっただろう」
一瞬で言うこと変えたぞ、この人。
「いえ、そのふんぞり返って笑うところとか同じですが……。
どう見ても似ていますよ、ジェーンのお父さん」
「フハハハ! 前世殿は心にもないお世辞がお上手だ」
やばいな、この人。
話を聞かずに進めるタイプだ。
ジェーンと同タイプだが、
この手の人種は同属性がいても威力は弱まらない。
ノーブレーキで、厄介さが累乗して鰻登りしていく。
「ところで、よく僕が前世だと納得できますね。
前例はありませんし、僕がジェーンの演技とか、
二重人格とか、洗脳されているとか考えないのですか?」
「どうでもいい! 力があれば!!」
即答だ。
「実によいデコピンだった。
こんなに額が痛いのは久々だ。
まるで千の軍勢を一人で薙ぎ払った時の爽快さだ!
前世殿……いや、このパワーは息子殿だな?
真の息子殿だ……」
無敵だ。
勝手に家族に組み込もうとしている。これはいけない。
僕はジェーンと彼らを親密にしたいのであって、
ジェーンのものである「エルロンドの娘」というポジションに座りたいわけではない。
微妙な関係にある家庭の仲立ち、仲介役になりたいのだ。
「あのぉ……それで革命戦争を起こすという話ですが」
「それはやる。だって、ずっと暇していたからな。
息子殿の来世──我が娘が原因だ。
農業なんて面白くない。血と骨を耕せば貴金属なんてすぐ手に入るのに。
どうしてみんな、お米を選んだの?
殺し合いを嫌いになっちゃった……?」
目を潤ませて父君は嘆いた。
みんな、最初からそこまで好きじゃなかったんじゃないかな。
「せめて、この剛剣を振るって、パワーに叩き潰されたい。
無様でも瞬殺でもいい。パワーとパワーが衝突できれば」
返す言葉がなく、僕はただ頷いた。
生前にもよくいたタイプだ。
この手の「とにかく争って、無意味に叩き潰されたい」性癖に目覚めた人を、
一般的にはヴィランと言う。
「前世殿ほどの力があれば、世の動きで戦場を奪われる辛さもわかるだろう?」
……わからない。
だって戦争って人が死ぬし、お金かかるし。
この時代はずっと大量生産体制が成り立っていなかったから、
やむを得ず奪う側になってしまうこともあるだろうけれど。
めでたく野蛮な時代が終わったのなら、転職すればいいだけの話では?
「そうですね……すみません、わからないです。
特に何もなしに命を賭けて戦いたいと思ったことがありませんから」
「その強さではそうあろうな、息子殿。
命を賭すに値する相手もおらぬはず。
いや、つまらぬ問いをしてしまった。
こちらのことはパピィと呼んでいいのだぞ」
「ジェーンのお父さん。お母さん──あなたの奥さんと一緒に、
戦いとは別のことをやりましょう。
僕もジェーンも、貴方たちが第二の人生に踏み出すのを応援しますから」
「あいわかった……」
剣を振るうと、風に巻かれた鉱石がぶつかり合い、
甲高い衝突音が穴の空いた壁から屋敷中に轟いた。
父君の合図に呼ばれ、屋敷中の兵士が詰めかけてきた。
「皆の者! この御方が我らの戦場になってくださるぞ!
みんな全力出してスッキリしようではないか!
せっかくだから殺されよう!!」
「チィッ!!」
舌打ちが出てしまった。気をつけなければ。
こっちは人生の先輩として、
少女が家族に歩み寄る助けをしたいのに、
なんで当の家族が「殺されたい」で突っ込んでくるんだ。
僕はジェーンを、なんてところに来いと説得したんだ。
「まあ、よかったですわね……
あの愚娘が、やっと親孝行をしてくれましたわ……」
ジェーンの母君が感涙し、涙を拭っている。
父がよく言っていた。
「他人の家庭に口を挟むのは、とても大きな覚悟がいる」と。
セイメイ──六川リンの時、
僕は親友がこちらを頼ってくれるのを、ただ待つことを選んだ。
悲しいが、僕はセイメイと家族ではなく、親友だったから。
今はジェーンとは、前世と今世で結ばれた家族だ。
だから堂々と、積極的に関わりたかった。
「がんばって親子仲良くできるようにするぞぉ」
腕まくりして、僕は覚悟を決めた。
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