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2章 Secret Origins
【七】僕を憐れんでいるのか……!?
しおりを挟む一緒に遊ぶのが当たり前になると、
少しずつ相手の見えるところが広がっていく。
六川リンは僕の家族の話に興味は示さないが、
かといって話すなとも言わない。
だから僕は、家で何があったかや、
両親とどこに行ったか、
畑の様子、家畜の状態を話題に出したものだった。
けれど彼は、絶対に自分の家族について話さなかった。
彼の興味の対象は、出会った時からずっと、
「自分と同じ特別な存在」に会うことだった。
だから何度も人の気配のない場所へ入り、
山や林を掻き分けた。
一緒に山を掻き分け、川を下って、
東へ西へと未知のものを探し、
野生の熊にさえ交渉を試みた。
熊の言うことは、おおむね
「腹減った」「怖い」「子どもに近づくな」「ぶっ殺す」
の四語しかなかった。
野生から情報を得るのは空振りだったが、
何度も熊と話しているうちに、
徐々に顔なじみの熊もできてきた。
「こんにちは!」
大声で挨拶すると、ばったり出くわした熊が静かに去っていった。
きっとこちらの顔を覚えてくれたのだ。
僕は熊の友達ができた、初めての秋田の民だ!
「そんなわけないだろ。たまたまだ」
興奮のあまり垂れ流しになっていた独り言に、
リンはすげない反応をした。
「熊は人の顔がわかるっていうよ?」
「じゃあ君は、あの畜生に何かしてあげたか?
食事を運んだわけでも、命を助けたわけでもないだろう。
動物も人間もドライなものさ。
何もしてくれなければ、好感情につながるもんか」
「僕は、何かしてもらわなくても好きって感情を向けるよ」
「じゃあ君は、野生じゃ生きられないね」
背に負ったバッグが邪魔にならないよう、
長い髪をまとめて結い上げたリンが鼻を鳴らした。
もう、またそんな意地悪を言って。
僕が夢を見るたび、彼はからかったり否定したりしてくる。
「でも僕、セイメイのこと好きだよ」
彼の要求──シュプリーム・Lという異名は長ったらしいので呼ばなかった。
代わりに、Lの頭文字から連想した
「セイメイ」というあだ名をつけていた。
思ったより、相手もその呼び名を気に入っているようだ。
嫌なことはすぐ嫌だと言う気質の持ち主なのに、
その呼び方には文句をつけなかった。
だから、気に入っているはずだ。
彼が不満を言ったのは、別のことだった。
「まったく……恥ずかしいことをストレートに言わないでくれるかい。
僕はもっと、感情を表に出さない知的なやり取りこそ至上としているんだよ」
「いいじゃない。本当の気持ちなんだし」
「だーかーらー」
うんざりと首を振る。
今日は雲がなく、空が透けている。
目を凝らさずとも月のクレーターが見えたほどだ。
だから、お約束に挑戦することになった。
天体観測で宇宙人を探すのだ。
「もっと早くやればよかったよね」
期待に胸を膨らませ、
おっどぉから借りた天体望遠鏡を背負って山道を登っていく。
二人とも慣れた歩調だった。
「どこを探す?」
「今日は初回だからな。太陽系内で行こう。
太陽系内のハビタブルゾーン(生物が生きられる領域)なんて、
そう多いものじゃないからね」
右隣を歩く彼の横顔を見る。
ドライで皮肉屋で、感情を表に出さない。
それでも、声と心音から上機嫌気味だとわかった。
親友が楽しそうなら、僕も楽しい。
「天体観測するの、初めてなんだ。
君が宇宙人を見つける最初の人になるんじゃない?」
「そんなうまくいくもんか」
裸眼で宇宙を見たことは何度もある。
僕の見る限り、太陽系内に生命体はいなかった。
リンの影響で読み始めた海外のコミックには、
かつて火星には超高度な文明とシェイプシフターがいたとあるが、
目を凝らしても文明の痕跡はなかった。
「君ならできるよ。だって天才じゃない」
だが人間、視力の良さも大事だが、
それ以上に大事なのは観察力だ。
僕は太陽系の端っこに浮かぶ岩石の形もわかるが、
サイゼの間違い探しは家族でビリだった。
しかも手を抜いていたわけではない。
秋田のサイゼは、東京で言えば行列のできる有名レストランだ。
僕もおめかしして初めてのサイゼ体験に臨み、
間違い探しは最後まで見つけきれなかった。
六川リンは、僕の知る中で一番賢い。
僕では見つけられなかったものを、きっと見つけられるに違いない。
後日、サイトで見られるサイゼの間違い探しをやってもらったら、
十秒ですべてを見つけてみせた。
あまりに僕とはモノが違ったのだ。
「よぉし、着いた」
観光の人気もある高い山の頂上に着いた。
場所は開けていて、空気が澄んでいる。
とてもクリアな星空だった。
ちょっと目を凝らせば、冥王星を目視できるくらいに。
深く息を吸うと、清々しい大気が鼻から肺へ吹き抜ける。
こんな時はこれだ。
僕はリュックから、いそいそと母に入れてもらった
味噌汁入りの水筒を取り出した。
大きな蓋に味噌汁を注ぐと、たちまち湯気が立った。
もう飲む前から、絶対に美味しいやつだとわかる。
熱が手にほんのり伝わる状態で味噌汁を見ていると、つばが止まらない。
「先に飲んでいいよ」
無言で僕の手元を横目にちら見していたリンに、味噌汁を手渡した。
「味噌汁なんて、洗練されていないものをねえ」
そう言いながらも一口飲むと、
ハイペースで一杯目を完飲した。
もっと欲しそうだったのでおかわりを注ぎ、
その間に僕が天体観測の準備を始めた。
僕も、おっがぁの味噌汁を飲みたかった。
けれど彼の方が飲みたがっているのはわかっていた。
それにリンは、僕が見る限り家族とあまり仲が良くない気がしていた。
しきりに実家を継がないと言うし、
親の話題を出されると嫌そうな顔をする。
家族の空気が良くないと、ご飯も美味しくない。
彼には、落ち着いた空気でいただく味噌汁のおいしさを知ってほしかった。
「終わった?」
「うん」
望遠鏡を設置し、
かなり落ちた視力でレンズを覗く。
エウロパを包む薄い大気と氷殻が見えた。
家でセッティングの練習をしておいて良かった。
これならリンも楽しめる。
肌寒さが目立つ中、蓋についた余熱で温まっていたリンがこちらへ来た。
氷殻の表面には、亀裂が作った美しい模様が描かれていた。
裸眼で見るのと望遠鏡で見るのは、違った面白みがある。
昆虫を虫眼鏡で見るのと、顔を近づけてドアップで見つめることの違いだ。
「見れるよー」
手をぶんぶん振ってリンを呼ぶ。
望遠鏡に飛びついて、あれこれ弄りながら、
レンズの向こうの遠い世界に天才が熱中した。
その間に僕は、遅れて味噌汁を口にする。
予想通り、山の上で飲む味噌汁は最高だ。
これが成層圏だと、もっと美味しくなる。
僕だけの秘密の飲み方だ。
「なにかいた?」
「そう焦るなよ」
わくわくしながらリンを見ていると、少し違和感があった。
思い返せば今日は、彼の顔を左からしか見ていない。
いつもはこちらの考えを見通してくる彼だが、
望遠鏡を覗いている間なら問題ないだろう。
そう思って回り込むと、
心臓が竦み上がり、息を呑んだ。
僕の超視力が、彼の右頬に大きな青痣ができているのを見つけた。
「どうしたの、そのケガ!?」
彼は望遠鏡から顔を離して見上げた。
暗いから普通の人なら見つけにくいだろうが、
僕の目なら絶対に逃さない。
舌打ちをし、僕の視線から逃げるようにリンは顔をそらした。
特徴的な長い髪が僕の鼻先をくすぐる。
「転んだ。それだけ」
「そんなわけないでしょ。
それ、誰かに殴られた痕だよね?
今すぐ警察に行った方がいいよ!」
すぐに駆け出そうとした僕は、
つくづく頭に血が上っていた。
腕を掴まれ、これまで一度も見たことのない
リンの懇願する表情に、思考が止まった。
「やらなくていい。
それより、これ見ろよ」
話を逸らそうとする彼に、
滅多に冴えない勘が働いてしまった。
「家族にやられたの?
……僕から、やめるように伝えようか?
そうだ、うちの親に言ってもらえば同じ大人だし、いいかも」
僕は年下で、彼は年上だ。
彼が年齢を気にするタイプではないにしても、
相手にとって僕はどうしたって保護対象なのだ。
引っ張っていく側には、
引っ張られる側に助けられることが我慢できないタイプがいる。
彼も、そうだった。
面倒を見られる側だった僕は、そのことに無自覚で、
考えなしに告げた言葉で、彼をひどく赤面させてしまった。
僕は家族に世界一恵まれたせいで、
こういう時に共感できず、
そして、うまくいっていない家族を見ると、
どうしようもなく胸が痛くなってしまう。
もしも僕が、どこから来た何者なのか、
理解できる時があったのなら、
僕の正義は、もっと違うものを求めていたかもしれない。
だが、わからず終いだった僕は、
悲しんでいる人や、辛い思いをしている人を見ると、
「なんとか力になりたい」と思うことが原動力になった。
だって、この世界に生きているのだから。
僕がそうであるように、
みんな家族仲良く、怪我なく、幸せに生きたいはずだ。
「お前、僕を憐れんでいるのか……!?」
向こうは恥辱に震えて激怒し、
今にも掴みかかって来そうな剣幕で僕を睨んでいるとしても、だ。
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