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2章 Secret Origins

【二十一】愛しい親友さん

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ジェーンは、自分でも信じられないというように困惑を隠せないまま、正直に指摘した。
「クレオが前世を憎んでいる」ということを。
それは、口にした本人にとっても、じわじわと実感を伴う確信へと変わっていった。

「嘘をついているの?」

「な、なんだって?」

クレオの仮面に罅が入る。
その隙を逃さず、エドガーが触手を切り払い、大きく踏み込んで標的に肉薄した。
角度も速度も申し分ない。
なにやら僕に対して異様に濃い熱意を抱いている彼だが、動きを見れば一目で達人の域にあるとわかる。

「わからないな、ジェーン。
 私が、いつ、君に嘘をついた?」

触手の雨を潜り抜けた戦斧の一撃は、クレオの細腕にあっさりと阻まれた。
魔力回路が走るグローブが、エドガーの轟撃を受け止めていた。

「どういうことだ!?」

容易くへし折れるはずの一撃が、どれだけ力を込めてもびくともしない。
屈強かつ大柄な肉体を誇る青年の顔が、驚愕に染まった。

しかし、それとは別に、今この場の注目は、聖女と天才が互いに向け合っている一点に集まっていた。

「嘘は今ついてるわ。
 だって、貴女のことはわかるもの。
 ずっと憧れていた。あなたの笑顔はあたしの栄光だったし、
 あなたの悲しみは、あたしにとって未知のものだった。
 貴女みたいになりたくて、全部を記憶するくらい凝視してきたのよ。
 本心と逆のことを言っているなら、わかる」

根拠は示されない。
それでも、ジェーンの断言には疑いを許さない力があった。
言葉に強い意志を籠められること──それこそが、聖女として救国した暴君の最大の武器だった。

「あなた、両親のことをまだ──」

「ないよ」

斧をへし折り、裏拳が頬を打つ。
どうやったのかはわからない。
顔面を殴られても、エドガーに目立ったダメージはない。
だが、続けざまに振るわれた肉厚の触腕に打ち据えられ、壁へと吹き飛ばされた。

「なにかと思えば……。ええ、わからないなあ。
 どうしてそんなことを言うんだ?
 親友に向ける言葉じゃないだろう」

攻撃を受けたエドガーは、一撃で昏睡している。
魔力による強化を差し引いても、恵まれた体格と鍛え抜かれた肉体を誇る男だ。
それでも、無駄を極限まで削ぎ落とした四肢には、罅一つ入っていない。

「で、でも……」

心外だと言わんばかりに、クレオは肩をすくめ、首を振った。

「口答えはいらないよ。
 だって君は、いつも僕を肯定してきたじゃないか」

「あたしも、両親に期待してしまっていたもの」

「続けるなら、本気で攻撃するよ。いいね?」

「本当は、不老不死の実験で何をしたかったのか、
 あたしにだけでも──」

「やめてっ!!」

信じられないほど弱々しい金切り声が、場に響いた。

ジェーンの体が宙を舞う。
クレオの平手打ちが、彼女の頬を打った。
才媛を体現してきた彼女が、肩で息をしている。

「ご、ごめんなさい。
 でもジェーンが悪いの、悪いんだよ?
 あまりに的外れで、ついカッとなってしまった」

僕も含め、反応できる攻撃だった。
それでも、誰も動かなかった。
殴られた本人が、僕を制したからだ。

努めて笑みを作り、
聖女はクレオに語りかける。

「あたしね。
 あなたも前世があって、親に殺されかけたってわかって、想像したの。
 もしスゲーマンがいなかったら、あたしは前世をどう思ってたのかなって」

僕が生まれたのは、ジェーンが家族を求めていたからだ。
彼女はそれを弱さとして受け入れている。

「あたしは、きっと色んなことに耐えられなかったと思う。
 それでね、あなたって前世の『セイメイ』って人と、話し方がそっくりじゃない?」

意外な指摘だった。

「え、そうなのかい?」

まったく意識していなかった点を突かれ、僕の方が驚く。
そうだっただろうか。
僕には、あまり似ているとは思えない。
セイメイはもっと酷薄で、人を見下した振る舞いをする。
クレオの丁寧さは、彼がやれば無礼に変質する。

僕には、クレオとセイメイはまるで別人に見えた。

「流石は天才だ……」

「違うわ。あなたが特別に──
 ……いや、そこはいいか。
 ごめんね、話の最中に、うちのポンコツが馬鹿みたいなことを言って……。
 それでね、似ているのに、口ぶりはむしろ前世とか転生に否定的でしょ?
 どうしてかなって考えると……」

これ以上を口にするべきか、ジェーンですら迷った。
視線を彷徨わせ、どうにか傷つけすぎない言い方を探し、
だが、それは不可能だと結論づける。

「あなたって、本当は──
 人格も人生も、何もかもを前世に支配されたせいで、
 前世とか転生そのものを憎んでるんじゃないかな?
 あたしを永遠にしたいのも、あたしへの想いより、
 前世がスゲーマンを殺した、その衝動を克服したいからじゃない?」

僕は前世そのものであって、転生者の気持ちはわからない。
両親に殺されかける気持ちも、他人の感情に近づくことも、理解できない。
そういう断絶が、ずっと続いている。

それでも、これだけははっきりとわかった。

「………………もう、やめて」

顔を真っ赤にし、弱々しく俯いたまま、クレオが呟いた。
国政を掌握する大臣、若き不世出の天才美女──
その仮面が、完全に砕け落ちた瞬間だった。

「あたしが絶対に死なないようにすれば、
 前世に支配されても、あたしを殺さずに済むって思ったんじゃない?
 あなたは、シニスター・セイメイの存在に怯えているのよ」

「話は終わりだ。本気でいくよ」

指を再び鳴らすと、
壁一面に激闘の映像が映し出された。
ここへ至るまで、侵入者迎撃用の兵器が使われなかった理由が、はっきりとわかる。
『彼女』が、すべてを一人で引き受けていたのだ。

その光景を見て、
シオンが傷ついても変わらなかったジェーンの表情が、初めて歪んだ。

「シスマ!!」

「君のメイドさんは強い。
 血水魔法も厄介だ。
 だから邪魔されないよう、すべてをぶつけている。
 それでも殺しきれないが──時間の問題だ」

自暴自棄を隠さず言い切り、
クレオはジェーンを挑発する。

「さあ、愛しい親友さん。
 それでも私は、殺されずに済むと思っているのかい?」
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