異世界転生した妹がワンダーウーマンみたいなマッスルボディになって帰ってきたよ

スーパーマンで世界1位に勝ったライター

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第一章:どえれぇマッチョになってた異世界帰りの妹を兄はどのようにして受け入れたか

英雄のカリスマ

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【三】
 生家への帰路。
 途中で何人もの“異世界転生町内会”と挨拶を交わし、すれ違った。
 彼らが知ったら腰を抜かすだろう。隣の美女が、異世界転生からの帰還者などと。
 そのことを明かす気はない。妹が落ち着くまでは。

 彼女にとっては、目に映るものすべてが十年ぶりだ。
 本人視点では、おそらく二十年近くもの開きがある。

 だが進藤志紀は、周囲の景色に感傷を抱いた様子はない。
 転生先から魔物が流入してくるという非常事態で、故郷に帰った事実に浸る余裕もないのだろうか。

 それよりも目立つのは、進藤志紀の暴力的、災害的なカリスマだ。
 すれ違う者、周囲百メートル内を歩く全生命が彼女に注目している。
 男は子どもから老人まで彼女に目を奪われて動きを止め、女は少しでも進藤志紀に近づこうと、自然と進行方向や立ち位置を寄せていく。
 鳥や虫でさえ、その美しさに見惚れて動きを止めているかのようだ。

「あっ、すいません」

 板チョコの肌を持つ絶世の美女に意識を奪われたまま、ゆらゆら歩いていた女性が、そのまま志紀に正面衝突してしまう。
 彼女の堅牢な要塞めいた体幹に弾かれ、尻もちをつくところを、志紀が女性の腰に手を回して支えた。

「大丈夫ですか? 駄目ですよ、そんなにボーッとしてちゃあ。可愛いお肌に傷がついてしまうわ?」

 左手は相手の腰を抱き、もう片方の手は相手の鼻に人差し指を這わせる。
 長い黒曜色の髪が一本一本、確かな存在感をもって女性の頬にかかる。

「ひいっ!!」

 あまりの美しさと迫力に、女性は気を失ってしまった。
 それだけではない。目の前で志紀がそうしたというだけで、次々と男女が気を失っていく。

 できるだけ蓮が受け止めて、頭から倒れないようにしていくが、どれだけカバーできるか。

「おいおいおいおい!!」

 少年と一緒に三森も倒れた人々の介抱をしたが、進藤志紀が二人の手を掴んで引っ張る。

「ごめんなさい。なんだか騒ぎになってしまって。この人はすぐに起き上がるから、ここから離れましょう」

「放っておいたら危ないだろ!」

 背後ではすでに倒れた人々が目を覚まして起き上がりだしている。
 本当に一時的な気絶だったらしい。
 志紀はまるで、それを知っていたかのように動いていた。

「よくあるのか、こういうの?」
「わたしが街中に出たら日常茶飯事だから……もう諦めているわ」

 とほほ、とため息をつく。
 そんな庶民的な振る舞いでも、彼女がするとひどく愛らしい。

「そういう能力があるということなの? あなたはどこへ行ってもそうなる?」

 三森が厳しい顔つきで訊く。初対面の頃より、三森の表情と気配がどんどん固くなっていく。
 無理もない。この世界ではまず起こり得ない事象と光景だ。
 魔王を倒した英雄の持つ求心力、波動。
 ただ毎日修行しただけの進藤蓮では、決して身につかない能力だろう。
 普通の女の子として暮らす三森茜は、なおのこと縁遠い。
 彼女にとっては平和な日常が蹂躙されているも同然である。

 人の少なめなところに移ると、徐々に志紀のカリスマにあてられた人々が減っていく。
 賑やかな場所はそれだけ、個々人の抱いた興奮や緊張が伝染しやすいのだろう。
 今は周囲の人々が顎が外れそうなほど口を開けて凝視するくらいに留まっていた。

「何あれ?」

 落ち着いたせいで、周りを見る余裕ができた。
 進藤蓮の服を引っ張って、志紀が騒ぐ。
 彼女が指差す方には『異世界転生保険』という文字を掲げた看板があった。

「保険会社だろ。今は誰がいつ異世界転生するかわかんないからな。けっこう加入者いるんじゃなかったか」

 もう妹が転生した進藤にとっては意味のないことだった。
 加入していたら心の傷が癒えていたとも思えない。
 妹が転生して、兄まで転生するのも考えづらい。

 いや、実際はどうなのだろうか。
 一つの家庭から二人以上の異世界転生が出た例はあるのだろうか、と考えたが、学校まるごと、クラスまるごとの異世界転生は毎月一件以上報告されている。
 進藤蓮も遅れて異世界転生する可能性はゼロではなかった。

「保険って?」
「病気になったり怪我をすると金がかかるだろ。その時のために前もって金を払っておいて、実際になったら治療にかかるお金を保証してもらえる」
「なんだか賭け事みたい」

 保険というシステムに関して、志紀が正直な感想を漏らす。
 彼女がいた世界には、保険ができるほどの文明はなかったようだ。
 そもそも保険というのはいつ生まれたのか、進藤は知らない。

「これは……?」

 ビラ配りからバカ正直にチラシを受け取った妹が、兄に見せる。

「ブートキャンプだな。お前も見学したことはあったはずだぞ」

 キャンプを通じて、異世界転生しても平気なようにサバイバル能力を鍛えるイベントだ。
 参加者に異世界転生者が何人かいるため、実績として掲載されている。
 転生してプログラムが役に立ったかはわからないが。

「これを見学? 遠足を見に行くって変でしょ」

 異世界転生が一般的になった社会では、全人類が潜在的には異世界転生を恐れている。
 それでも地震や台風と同じくらいの扱いではある。
 近年、異世界転生の件数が激増しかけてからは、人々からもヒステリックな反応が見え始めているが。

「思っていたものとは違うわあ」

 物珍しそうに志紀が街の景色をきょろきょろしている。
 彼女がこの世界にいたのはもうずっと前――彼女の体感では二十年前にもなるようだ。
 実質的には、こちらも進藤志紀にとっての異世界なのは間違いない。
 しかし、そんな様子はおくびにも出さずに、志紀はこちらの世界を楽しんでいるようだった。

 また、何よりも特筆すべきは彼女の歩みの堂々さだ。
 初対面時の衝撃を引きずっているせいかカリスマが通じない蓮から見ても、志紀の振る舞いは常人のそれとは隔絶していた。
 背筋を伸ばし、歩調、歩幅に乱れがなく、肩で風を切っている。
 戦士、軍人、騎士ならわかるが、その威容は王者、英雄そのものだった。

 ただの美人なら声をかけられることもあるだろうが、見る者、周囲にいる者を跪かせるだけの迫力を発しているとなると、存在感そのものがノーベル賞だ。

「見た? あの人。モデルさんのコスプレかな……」
「ううわ、すっげえ美人。お前、声かけて来いよ」
「やだよ、怖い」

 すれ違う人々、遠巻きに見惚れる人々に毎度のようにこんなことを言われるのは、誇らしい気持ちがないといえば嘘になる。
 だが蓮にとっても志紀は、まだ異物感が否めない。

 遠巻きに見られ、ひそひそ話をされることに耐えられなくなった兄が、妹の手を握った。
 志紀の体が大きく震える。

「早歩きしよう。俺が連れて行く」

 いきなりのことで驚かせたかもしれないが、長い間別れていたとはいえ、周囲の人間に妹の容姿を無遠慮に評されるのは嫌だ。
 たとえそれが畏敬や畏怖といったものだとしてもだ。

 進藤蓮と進藤志紀の前方は人の群れが二つに割かれていき、背後では亀裂が閉じて、全員が妹の背中を見ていた。

「えっ……その……どうしたの? 甘えたくなったの? 駄目よ、妹が恋しかったのはわかるけれども、まだお互いのこと全然知らないし……」

 顔を赤くした志紀が頬に手を当てて譫言を述べる。
 とにかくどうにか目立たないようにしてもらわないと、居心地の悪さが凄まじい。

 そう思って急ぐ進藤は、店の窓ガラスに映る志紀の姿を見た。
 客観的に認識すると、志紀は実におかしな姿だ。

 太腿の付け根まで晒すアーマー、頭部につけたサークレット、腕にかぶさるガントレット。
 どれもコスプレでない本物の質感、使い込まれたことで得られるくすみと落ち着きがあった。

 志紀そのものの美しさとカリスマで誰も気づかなかったが、ひとまずはこちらの服を着てもらうことから入ろう。

 そう考えた兄は、妹を引っ張って近くの服屋に入った。

 清潔で無機質な空気と、陳列された洋服、着飾ったマネキンが二人を迎える。
 決して高級なドレスなどではないが、物語の女戦士が纏うアーマーをつけた彼女とは縁遠い衣服の数々に、進藤志紀は呆けた表情をした。

「ここは何のお店かしら」
「服屋はなかったのか?」
「友達とたまに行っていたけれども……こんなに大きなとこに来るのは初めて。ずっと訓練と戦いで落ち着く暇もなかったし……行っても、わたしに合う服がなかったから。結局はオーダーメイドしないといけなかったわ」

 妹から漏れ出た異世界での生活。
 少なくとも一緒に服屋に行くような友達がいたのは喜ばしいことだ。
 それに、服装に目を輝かせるのを見るのは年齢に合わせた振る舞いをしているようにも見える。

 これほどの完璧な美貌を持っていれば、合う服もそうはなかったのだろう。
 歳相応と言うには、蓮は志紀の年代の女性の振る舞い、感性を知らないが、志紀が気に入ったようなのは嬉しい。

「ここではオシャレな洋服を試着したり買えたりするんだ」

 ずっと握ってしまっていたことに気づいて手を離すと、進藤志紀は名残惜しそうに兄の手を目で追った。
 それには気づかずに、進藤は腕を広げて言った。

「ほら、好きなものを試着してくれ」

「……えぇ?」

 これまでで最も動揺した声が志紀から出た。
 彼女が異世界転生した頃の年齢なら、自分で服を選ぶこともあまりないはずだ。
 たまに選ぶことがあっても母同伴のはず。

 異世界で親代わりになった人がいるのかもしれないが、戦いに明け暮れていたとなると、オシャレを楽しむ余裕はほとんどなかったのだろう。

 どうせなら、女の子がどんなことに興味を持つか、もっと知っておけばよかったという考えも胸に浮かぶ。
 蓮は志紀の買い物に付き合ったことが一度もなかった。
 妹のことは母に、そして父に任せればいいのだとしか考えていなかった。
 いつもいつも、自分が楽しむことしか考えていなかった。
 つくづく、昔の自分が嫌になる。
 あの頃の、何も考えていない馬鹿なガキだった兄は、どれほどの思い出を志紀にあげられたのだろうか……。

 そんなことを考えた蓮は、目についたTシャツを掴む。
 とにかく叩き台を示せば、志紀も選びやすいという考えだ。

 他にサングラス、マフラー、動きやすいように丈の短いパンツをレジに持って行って、クレジットカードで会計をする。
 女性モノの服装を買うのは初めての経験だが、妙にソワソワしてしまう。
 気恥ずかしいというのもあるが、好奇の視線を無遠慮に注がれている錯覚がする。
 今は志紀という超美女を連れていることから、真実でもあるのだろう。

 同時に、妹と一緒にショッピングというイベントに、落ち着かなさを覚えてもいた。
 これでは兄というよりも、恋人の買い物に付き合わされる彼氏だ。

 そんなことを考えつつも、進藤はキャッシュレスで支払いを済ませる。
 商品を袋に入れ、妹を探す。

「ねえ、凄いわ!」

 フレアスカートを両手で大事そうに持ち上げて、早足で志紀の方から来た。

「ここの服はゴツゴツギザギザしていないのね!」

 どういうことだろうか。
 たしかに彼女の衣装は硬質的だが、それは戦士としての機動性と実用性の両立をしているからだ。
 こちらの美的感覚で見ても、美しいと言える。
 “ゴツゴツギザギザ”の服しかないというのは、奇妙に思えた。

「そうか……ここはわたしと同じ肉体だから……」

 兄がリアクションを返すより先に妹は自己解決したようだ。
 うんうん頷いて、また洋服漁りに戻った。

 もう最低限は買ったが、それとはべつに妹にも選んでもらおうと思った。
 耳を澄ませば、チョコソフトクリームめいたシルエットから鼻歌が聴こえてきそうだ。
 それを眺めているだけで、心には不思議と温かな感情が込み上げ、口には笑みが浮かんだ。

「もっと時間があればよかったのに……ずっと見てたいな」

 そんなことを呟きながら、志紀は服を見て回り、兄はそれを見守る。
 こういう時間をずっと求めていたと進藤蓮はぼんやり考えていた。
 ぼんやりできるなんて、いつ以来か。

 すると、小さな女の子が無垢な眼差しで志紀を見上げていた。
 周りに親御さんはいない。目を離した隙にはぐれてしまったのだろう。

 年齢は……恐らくは志紀が異世界転生した頃と同じくらいだ。

 心から進藤志紀を名乗る女を信用できたわけではまだない。
 それでも、大人になった、大人になりすぎた志紀と、かつての志紀を思わせる少女の組み合わせは、兄の心に激しい痛みを与えた。

「お姉ちゃん、きれいな格好してる……」

 周囲の客が、少女のただ事ではない勇気に足を止めて、事態の行方を凝視している。
 それを気にしない女の子は、小学校に上る前特有のもちもちと柔らかくて小さな手を伸ばした。

 初めは表情を強張らせた志紀は、すぐに膝を曲げて目線を合わせた。
 進藤志紀はその指に触れ、穏やかな笑みを浮かべた。

 蓮に見せてきた明るさ、大人としての聡明さとは違う。
 守るべきものを慈しむ愛情深い守護者の貌。

「うふふ、そう? ありがとう」

 そっと子供の頭を撫でる。
 牛頭の化物を瞬殺した時とは正反対の、優しく繊細な接触。

「腕も太腿もムキムキ……キレイ……かっこいい」
「お姉ちゃん、がんばって鍛えてきたの」
「頑張ったら、お姉ちゃんみたいになれる?」

 志紀は大きく頷いて、白い歯を見せた。

「もちろん! 頑張ったらお姉ちゃんよりずっと強くなるわ」

 そう言って力瘤を披露すると、女の子が楽しそうに跳びはねた。

 やがて、その子の母親が飛んできて、頭を何度も下げて女の子を連れて行った。

 手を小さく振って子どもを見送る、進藤蓮の妹。
 兄は入り込めずに所在なくぼんやりと服を見て回り、それから静かに志紀に戻った。

 女児服コーナーにいた姫戦士に買った服を差し出す。
 彼女のような美女が女児服コーナーにいるのは非常に奇妙な光景だが、先程の女の子とのやりとりから、志紀を気にする人たちは激減していた。

「選び終わったなら試着すればいい」

 籠に洋服を載せた志紀に声をかける。
 目ざとくこちらが既に購入していたのに気づき、その量に首を傾げられた。

「そんなに買えるくらいにお金を持ち歩いているの? その年齢で? こんなに出来の良い服の数々を?」
「普段、金を使わないし、この世界だとこれくらいの服は普通だ。ちゃちゃっと買ったものだから、お金のことは気にしなくていい」

「そ、それじゃあ、準備してもらったものを着ようかな。サイズが合ってたらいいけれども」

 一瞥して服の大きさと志紀を比較する。問題なく着用できる。
 近年の女性の大型化風潮が助けになったようだ。

「大丈夫だ。少しキツいかもしれないけどな」
「わかるの?」
「物の寸法は一目で見抜けるんだ。それが強さに必要だからな」

 正確には物の“弱点”を見抜くのが、進藤蓮の武術の強さだ。
 あまり深く説明する気はないから、怪訝そうな相手に頷く。

「遠慮するな。なんでも買うから」

 たくましい背中を押して試着室に入れ、カーテンを閉める。
 服の構造に戸惑う声が薄布の向こうから聞こえるが、アドバイスはできない。妹が着替え終わるのを静かに待った。

 幼馴染の三森茜の買い物につきあったことは何度もあるが、何度やってもこの時間は慣れない。
 試着室の向こう側から聴こえる音が妹の着替える音だと思うと、どうにも落ち着かない。
 なぜ、自分よりも遥かに横も縦も大きい歳上の妹が、近くで着替えをしているのだろうか。

 あまりに非現実的なことなのだが、衣擦れ音の中に金属がぶつかる高い音も混じっているのが、むしろ現実感を与えてくる。

 さっきの女の子とのやりとりを話題に出すべきか、進藤は迷う。
 あれが現在の志紀の素顔なのだろうか。
 子供に接するのに慣れているようだが、向こうで子供を相手にすることが多かったのか。
 聞いてみたいが、どこまで踏み込むべきかわからない。

 時計を確認すると、ちょうど昼休みが終わる寸前だ。

「あれ!?」

 知らない間に、三森茜の姿が消えているのにようやく気がついた。
 街を歩いていた頃は一緒にいたのだが、いつの間にはぐれたのだろうか。
 行き先はわかっているのだから、そこから合流はしやすいのだが。

 訝しむ進藤はすぐに三森に電話をかけた。

『もう少ししたらそちらに向かう』

 ワンコールも経たずに茜が電話に出た。

「どうしたんだ、ハグレたのか? 用事が出来たというのなら、あとはこちらでどうにかするぞ」

 こちらから質問をしても、三森茜に答える気は皆無のようだ。
 まるで別人のように冷たく、平坦な声で言葉が返ってくる。
 突き放している風にも受け取れた。

『すぐに終わらせる』

 意味がわからないことを話され、蓮は眉を寄せた。
 何かがおかしい。まだ機嫌が悪いのか。

「おいどうした。お前も来い。きっと志紀も喜ぶ」

『あれが志紀と、貴方は心では受け入れた』

「え、ああ……」

 指摘されて気がついた。
 十年ぶりに現れた妹――そう名乗る女への警戒心がかなりなくなってきている。
 会話をしたから、交流をしたからというよりも、志紀が市民や子どもにどう対応するかを見て、警戒を抱く意識が無くなってきたのだ。

『貴方は異世界を受け入れようとしている』

「受け入れるっていうか……妹を拒絶するわけないだろ。もちろん、あいつがまだそうと決まったわけではないけれども、一応はそういう前提でも──」

『さよなら』

 言い終わる前に三森が一方的に電話を切った。
 まったく成立していない会話に、首を傾げるしかなかった。

 怒っているのだろうか。彼女が?
 そういえば志紀の言動にへそを曲げているようではあった。
 後で話し合ってみるべきかもしれない。

 頷いてスマホを仕舞うと、試着室のカーテンが開いた。

「志紀が選んだ服を着て、志紀が出てきた……」

 着替えをした志紀の異常な美しさに、蓮は思わず呟いた。
 なにかしらを告げようにも志紀の美貌に心を奪われて、何も耳に入らない。

 白のフレアスカートに灰色のふわふわニット。
 ゆったりとした着こなしだというのに、褐色の肌、チョコレートの広背筋、金剛の煌めきをもった太もも、分厚い筋肉の上にのった薄い脂肪が下地にあると、最高の芸術品だった。
 戦士としての完成度が、洋服の可憐さを大幅に引き上げているのだ。

「どうかしら? こんな服を着たのは初めてで……おとなしめなものを選んだのだけど」

 前髪を掻きわけて志紀が、不安そうに上目遣いで見てきた。

 アーマーを私服に着替えさせれば、少しは周囲も普通の人に見るだろうと思っていた。
 しかし、進藤蓮にとってはむしろ真逆だ。

 本当に恥ずべき考えだとは思うのだが、アーマーだと完全に遠い世界の生き物と見ていたのが、こちらのファッションを着られると、たちまち心の距離感が近づいてしまう。
 神話の生き物、異世界の超人が、この世界で生きる人間となる。

 どんな馬鹿でも出てくる感想が、思わず兄の口からこぼれた。

「超かわいい」

「は!?」

 耳を疑って志紀が聞き直したが、蓮の言ったことに間違いはない。
 変な話だが、志紀という存在を、魔獣や異世界転生から切り離して見ることができた。
 馬鹿馬鹿しいことに、目の前の存在の可愛さに完全に脳が茹だって頭が狂ってしまった。

「待って、可愛すぎる……なんだこの美しさ。俺、こんなの見たことない」

 隠すために着替えを渡した蓮が、同じく見とれている店内の客や店員に叫んだ。
 たまらなくそうしたい気持ちだった。

 本当に妹なのかとか、そんなのはとことんまでどうでもよかった。
 建前も疑念も警戒も、このテンションの前には無意味だった。

「みなさん、この女性は最高に美人ですよね!?」

 店中の客と店員の注目を集めていたところに、兄からの同意を求められ、止まっていた時間が動き出した。

「「「「そうだーーーーー!!!!」」」」

 兄の熱気に当てられ、次々と遠巻きに見ていた人々も妹に称賛を送る。
 一言、二言なら無表情を維持していた板チョコの広背筋の持ち主である姫戦士。
 いつしか店中の人々に褒められ始め、逃げるように志紀がのけぞった。

「え、ええ……どうしちゃったの!?」

 店内を満たす歓声に、進藤志紀は顔を真っ赤にしてうろたえた。
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