3 / 8
第三話 叶わないIFを彼はつぶやく
しおりを挟む呆然としたまま最初の数日を過ごした後、急激に病状が悪化した。
よく「した怪我は『した』と気付いた途端に無性に痛み出す」なんて言うけれど、正にそんな感じである。
私の肝臓も、やっと自身を蝕むガンの存在に気が付いたようだ。
――どうせ沈黙してるんなら、ギリギリまでそうしててくれれば良かったのに。
そんな恨みがましい気持ちを心の内に閉じ込めて、痛みを鎮痛剤で押さえ、すでに手遅れな病状の進行を少しでも遅らせようと頑張る医師の指示に漫然と流された。
今私がまだ生きているのは、その医師たちの努力の賜物だ。
でも、やっぱり分かってしまう。
多分私はもうすぐ――。
「なぁ結奈《ゆいな》、退院したら一緒にバーベキューしたいよなぁー……」
まるで呟くような声が、風に乗って耳を掠めた。
私は少し目を見開く。
当たり前だ、だって私はもうすぐ――。
声に出して『死ぬのに』とはやっぱり言えなかった。
私は良いのだ、もう良いのだ。
最初こそ色々鬱々としたけど、もう一応整理が付いた。
どうにもならない不条理を呑み込んだ、と言っても良い。
だけどただ一つだけ。
彼を傷つける事だけは、出来る限りしたくない。
だから言えなかったのだ。
どうしても『叶えられない願いを何故』と。
彼は、毎日のように病院に通ってきてくれる私の旦那様である。
「君が病気になった事は、別れる理由にはならないよ」
余命宣告から数日、毎日様子を見に来てくれる彼に別れを切り出したら、そんな声が返って来た。
おそらく既に、彼の中では決まった覚悟だったのだろう。
真っ直ぐな目でこちらを見つめて言った彼に、私は思わず「本当にズルい」と思ってしまった。
いつも冗談を言ってるような、お調子者な人なのだ。
なのに、こういう時だけこうやって真面目な顔でキッパリとそう言ってくる。
そんな彼を、どうしてカッコいいと思わずにいられるだろう。
優しくて、それからとっても頑固な彼だ。
彼の、そんな所を好きになった。
「良いの……? それで」
「良いんだよ、それが」
ほら見ろ即答だ。
こんなのはもう、惚れ直さずにはいられない。
弱ってしまった今の私に突っぱねられる筈がない。
こみ上げてくるものがあってグッと唇を噛んで耐えると、フッと顔に影が掛かって唇に彼が優しく触れる。
まるで私の行いをやんわりと咎めるような温もりに、不思議と力はスッと抜けた。
もしかしたら充血しているかもしれない患部をそっと撫でられ、彼の瞳が私を見下ろす。
「だからさ、結奈。お願いだから我慢しないで。怖かったら『怖い』って言って良いし、寂しいんならそう言って。じゃないと俺は、寂しいよ」
心の傷をほんの少しでも分けてほしいんだ。
そんな風に言われた瞬間、目の堤防が決壊した。
その日私は、宣告を受けた日から初めて、声をあげながら泣いた。
彼の温かさに包まれながら、よりどころを見つけた子供みたいに声がかれるまで泣きじゃくった。
***
それから一週間も経たないうちに、書類上の夫婦になった。
一か月も経たないうちに病室でままごとみたいな式をあげ、極々身近な親族と親友に祝ってもらって嬉しかった。
新婚生活も病室だ。
通い妻ならぬ通い夫よろしく、彼は毎日来てくれる。
私は彼に、食事もお風呂もしてあげられない。
それでも穏やかで幸せな時を過ごしてきた。
そんな彼が言った、「退院したら」という叶わないIF。
怒りは全く感じない。
彼は悪意や皮肉でこんな事を言うような人ではないから。
ただその代わり『何故そんな事を?』と思わずにはいられなかった。
彼は私の余命を知っている筈で、私が退院どころか外出だってもうできないのも知っている。
バーベキューなんて出来る筈もない。
そんな事は分かり切ってる。
1
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる