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《夏だから君を》
【side碧人:夏は、好きだ】
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夏は、好きだ。
いつも新しいことが起きるのは夏だからだ。
小学校の時、途中転入のせいで下ばかり向いていた俺にバスケを教えてくれたのは凛だった。
その笑顔が、隣で揺れる向日葵にそっくりだったことは今でも鮮明に覚えている。
凛は女の子みたいに目がぱっちりしていて、風になびく黒髪もサラサラだった。
周りより体は小さく、華奢な手におさまったバスケットボールは更に重そうに見えた。
それなのに、誰よりも遠い位置からロングシュートが打てるのは凛だけだった。
集中力の高まった強い眼差し。
見惚れるほど綺麗なフォーム。
凛の流れに逆らわずボールは弧を描き、そして最後に必ずパシュッとゴールが音を立てる。
「すごい……」
唇から思わずこぼれていた言葉は、夏の日差しを受けてキラキラと光った。
「よしっ、これで三本目だ!見たか碧人!」
意気揚々とした声にハッとなる。
美しく弧を描いたボールしか見ていなかった視界に、急にジリジリと焼けるグラウンドが映った。
「ん、見てた。やっぱり凛のスリーが一番綺麗で気持ちいい」
「ぐっ。その余裕発言、絶対後悔させてやる!」
挑発じゃなくて本音だったんだけど。
でもいいか。
ボールを持つあの笑顔が、昔と何も変わっていなかったから。
「あっちーい」
五本目を打った凛が木陰へ避難してくる。
「最後の一本、汗で滑ったぁ」
「四本決めれば上等だろ?ってか、俺最低四本入れなきゃ即負けってハードル高くない?」
「さてさて、エースの実力を見せてもらおうかね」
襟元をパタパタと動かしながら悪戯っぽく笑いかけてくる。
……かわいい。
やっぱり高二になっても凛の印象はあまり変わらない。
狙ったようなあざとい可愛いさではなく、普通に、猫みたいに自然体なのがかわいい。
周りの奴らが凛に構いつける気持ちは痛いほど分かるんだよな。
「でも、かっこいいんだよなぁ」
「ん、何?」
ボールを受け取った俺は、軽くドリブルをしてから夏の空に高く放り投げた。
「凛さ、俺がバスケ初めてすぐにやめようとしたの、覚えてる?」
凛は流れる汗を拭いながら考え込んだ。
「そうだっけ?」
「うん。けんちゃん……だっけ?あいつらに、お前めちゃくちゃ下手くそだなって馬鹿にされたんだよ」
「あぁ、なんかそんなこともあった気がする」
凛にとっては確かにその程度の事だろう。
だが俺にとっては大きな出来事だった。
からかわれて、恥ずかしくて、泣くのを堪えて頑張るなんてみっともなくて。
俺がすぐに出した答えは「バスケなんてやめる」という安直な逃げだった。
でも凛は、そんな俺の背中に手を添え、あの向日葵の笑顔で空を指さした。
—— 碧人、空に向かって投げるんだ。
凛の叔父さんは昔バスケットの選手だったらしい。
だから、その助言もただの受け売りだったのかもしれない。
それでもあの時凛が底が抜けるような青空の中へボールを放り投げたから、俺は今もバスケを続けているんだと思う。
凛は強い。
そして大人だ。
自分だったら大好きなバスケが出来なくて、それなのに隣で親友が活躍してたら笑顔でいられただろうか。
さっきの凛みたいに、お前はすごいなって素直に言えただろうか。
たぶん、いや、絶対に無理だ。
嫉妬して、嫉妬して嫉妬して。下手をすれば八つ当たりみたいに酷い事だって言うかもしれない。
だから、凛はすごい。
「はぁ。なんで俺ら今年クラス別れたんだろうな」
唐突な上に意味不明な俺の呟きに、凛の目が丸くなった。
「何今更なこと言ってんだよ。もう夏だぞ?」
「だって去年まではずっと一緒にいたのに」
「今もたまに一緒に帰ってるじゃん」
「倉田とあんなに親しいなんて知らなかった」
「あれはどう見ても絡まれただけだし。何だよ、急に淋しがったりして。変なやつ」
けらけら笑う横顔が眩しい。
それは凛が、決して人を馬鹿にしたりせず朗らかに笑うからだ。
初めてクラスが離れて数ヶ月。
俺の知らない凛は確実に増えている。
このままじゃ親友枠も危うくなって、もしかしたら日が経つに連れてもっと離れて行ってしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
ずっとずっと、そばにいたい。
凛にも俺だけを特別にしてほしい。
その確証が欲しい。
凛が欲しい。
この貪欲な思いは何なのか。
自分はどうしたいのか。
夏は凛を揺さぶる季節。
いっそ好きだと言ってみれば、何かが変わっていくのだろうか。
強烈な蝉時雨が風の音と共に脳天を突き抜ける。
その直後に訪れた、僅かな静寂。
真っ白になった頭の中にエゴにまみれた三文字だけが鮮やかに残った。
……うそ。
そんな事、凛に言うわけがない。
ましてや手を出そうなんて論外だ。
このままでいいんだ。
きっと。
てんてんとボールをつきながら日差しの中へと歩く。
ゴールから数メートル離れたラインに立つと、俺は今も瞼に焼き付いて離れない、初めて見た凛のシュートを思い描きながらボールを高く放った。
いつも新しいことが起きるのは夏だからだ。
小学校の時、途中転入のせいで下ばかり向いていた俺にバスケを教えてくれたのは凛だった。
その笑顔が、隣で揺れる向日葵にそっくりだったことは今でも鮮明に覚えている。
凛は女の子みたいに目がぱっちりしていて、風になびく黒髪もサラサラだった。
周りより体は小さく、華奢な手におさまったバスケットボールは更に重そうに見えた。
それなのに、誰よりも遠い位置からロングシュートが打てるのは凛だけだった。
集中力の高まった強い眼差し。
見惚れるほど綺麗なフォーム。
凛の流れに逆らわずボールは弧を描き、そして最後に必ずパシュッとゴールが音を立てる。
「すごい……」
唇から思わずこぼれていた言葉は、夏の日差しを受けてキラキラと光った。
「よしっ、これで三本目だ!見たか碧人!」
意気揚々とした声にハッとなる。
美しく弧を描いたボールしか見ていなかった視界に、急にジリジリと焼けるグラウンドが映った。
「ん、見てた。やっぱり凛のスリーが一番綺麗で気持ちいい」
「ぐっ。その余裕発言、絶対後悔させてやる!」
挑発じゃなくて本音だったんだけど。
でもいいか。
ボールを持つあの笑顔が、昔と何も変わっていなかったから。
「あっちーい」
五本目を打った凛が木陰へ避難してくる。
「最後の一本、汗で滑ったぁ」
「四本決めれば上等だろ?ってか、俺最低四本入れなきゃ即負けってハードル高くない?」
「さてさて、エースの実力を見せてもらおうかね」
襟元をパタパタと動かしながら悪戯っぽく笑いかけてくる。
……かわいい。
やっぱり高二になっても凛の印象はあまり変わらない。
狙ったようなあざとい可愛いさではなく、普通に、猫みたいに自然体なのがかわいい。
周りの奴らが凛に構いつける気持ちは痛いほど分かるんだよな。
「でも、かっこいいんだよなぁ」
「ん、何?」
ボールを受け取った俺は、軽くドリブルをしてから夏の空に高く放り投げた。
「凛さ、俺がバスケ初めてすぐにやめようとしたの、覚えてる?」
凛は流れる汗を拭いながら考え込んだ。
「そうだっけ?」
「うん。けんちゃん……だっけ?あいつらに、お前めちゃくちゃ下手くそだなって馬鹿にされたんだよ」
「あぁ、なんかそんなこともあった気がする」
凛にとっては確かにその程度の事だろう。
だが俺にとっては大きな出来事だった。
からかわれて、恥ずかしくて、泣くのを堪えて頑張るなんてみっともなくて。
俺がすぐに出した答えは「バスケなんてやめる」という安直な逃げだった。
でも凛は、そんな俺の背中に手を添え、あの向日葵の笑顔で空を指さした。
—— 碧人、空に向かって投げるんだ。
凛の叔父さんは昔バスケットの選手だったらしい。
だから、その助言もただの受け売りだったのかもしれない。
それでもあの時凛が底が抜けるような青空の中へボールを放り投げたから、俺は今もバスケを続けているんだと思う。
凛は強い。
そして大人だ。
自分だったら大好きなバスケが出来なくて、それなのに隣で親友が活躍してたら笑顔でいられただろうか。
さっきの凛みたいに、お前はすごいなって素直に言えただろうか。
たぶん、いや、絶対に無理だ。
嫉妬して、嫉妬して嫉妬して。下手をすれば八つ当たりみたいに酷い事だって言うかもしれない。
だから、凛はすごい。
「はぁ。なんで俺ら今年クラス別れたんだろうな」
唐突な上に意味不明な俺の呟きに、凛の目が丸くなった。
「何今更なこと言ってんだよ。もう夏だぞ?」
「だって去年まではずっと一緒にいたのに」
「今もたまに一緒に帰ってるじゃん」
「倉田とあんなに親しいなんて知らなかった」
「あれはどう見ても絡まれただけだし。何だよ、急に淋しがったりして。変なやつ」
けらけら笑う横顔が眩しい。
それは凛が、決して人を馬鹿にしたりせず朗らかに笑うからだ。
初めてクラスが離れて数ヶ月。
俺の知らない凛は確実に増えている。
このままじゃ親友枠も危うくなって、もしかしたら日が経つに連れてもっと離れて行ってしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
ずっとずっと、そばにいたい。
凛にも俺だけを特別にしてほしい。
その確証が欲しい。
凛が欲しい。
この貪欲な思いは何なのか。
自分はどうしたいのか。
夏は凛を揺さぶる季節。
いっそ好きだと言ってみれば、何かが変わっていくのだろうか。
強烈な蝉時雨が風の音と共に脳天を突き抜ける。
その直後に訪れた、僅かな静寂。
真っ白になった頭の中にエゴにまみれた三文字だけが鮮やかに残った。
……うそ。
そんな事、凛に言うわけがない。
ましてや手を出そうなんて論外だ。
このままでいいんだ。
きっと。
てんてんとボールをつきながら日差しの中へと歩く。
ゴールから数メートル離れたラインに立つと、俺は今も瞼に焼き付いて離れない、初めて見た凛のシュートを思い描きながらボールを高く放った。
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