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《冬だけは君も》
【凛:言いたいこと】
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12月。
吐く息も白く染まる寒々しい木曜日の放課後。
外が暗くなるまで補習を受けていた俺は、まだ灯りのつく体育館を何気なく覗いていた。
甲高い笛とボールの音。
それに相まりバスケットシューズの音がせわしなく鬩ぎ合う。
相手を鮮やかに抜いた碧人がロングシュートを打ち放った。
「キャー!木崎くんナイッシュウ!」
「今の決めちゃうとかっこいい!」
「もう一本!もう一本!」
マネージャー陣とギャラリーから真っ黄色な歓声が上がり、俺は思わずのけぞった。
試合終了のブザーが聞こえたので帰ろうとしたが、仲間と円陣を組み勝利を喜んでいた碧人がこっちに気付いた。
「あれ、凛!」
「うっ……」
周りの視線が一気に俺に集中する。
碧人はへらへらと手を振ると、ジェスチャーで待っててと伝えてきた。
これで先に帰れば拗ねられることは間違いない。
俺は仕方なく寒空の下、近くの自転車置き場で待つことにした。
雪こそ降らないものの、空気は凍てつく程冷たい。
すっかり効力を無くしたカイロを無駄にさすりながら待っていると、碧人が息を弾ませ体育館から出てきた。
「お待たせ。寒かっただろ」
「寒い!って俺別にお前を待ってたわけじゃないし」
「え、そうなの?」
「補習受けてて、たまたま体育館横通っただけだから」
ダウンジャケットにマフラー姿の俺とは違い、運動上がりの碧人はジャージのままだ。
見てるだけで寒い。
並んで門まで歩いていると、女子マネージャー達が背後から駆け寄ってきた。
「木崎くん!あの、お疲れ様でした!」
「ん?ああ、お疲れー」
「あの、冬休み、部活のみんなで初詣行こうって話が出てるんだけど、木崎くんはどうかなぁ」
精一杯声を発しているのは、マネージャーの中でも可愛いと有名な女の子だ。
黒髪に縁取られた小さな顔が耳まで真っ赤なのは寒さのせいだけではないだろう。
賑やかそうな誘いだったが、碧人はあっさり断った。
「ごめん、正月は無理かな。ちょっと外に出られなくて」
「じゃあ、木崎くんの家にみんなで行こうか?」
「それも無理なんだ。ごめんねー」
女の子達は揃って残念そうな吐息をこぼした。
「そういえば去年もそんな事言ってたよね。もしかして彼女……?」
探るような質問に、碧人は曖昧に笑った。
「彼女じゃないけど、大切な子がいるんだ」
「そっか」
意味深な言葉に再度がっくりと肩を落とす。
女の子達は碧人のお相手が誰なのかとヒソヒソ噂しながら離れて行った。
「モテるねぇ、キザキくん」
やや皮肉を込めて言うと、碧人はピンと俺のおでこを弾いた。
「ひがまない、ひがまない」
「くそぉ、この完璧男め。で、そのモテるキザキくんの大切な子って誰?」
「えっ」
「そんな話聞いたことないけど?」
碧人は目を丸くすると急に吹き出した。
「なんだよ!」
「いや、ごめん。まさか凛がそんなこと聞いてくるとは思わなかったから。さっき言ってたのはニコとココの事だよ」
「なんだ、猫じゃん」
木崎家には確か二匹の猫がいたはずだ。
それからトカゲが三匹とオウムが一匹、他にも何か色々いた気がする。
「正月は俺以外誰も家にいないから、そいつらの世話で出られないってわけ」
「誰もいないの?」
「そう。もう三年前くらい前からかな。父さんと兄ちゃんは仕事だし、姉ちゃんとひーちゃんは母さんと実家帰ってるし」
「なんで碧人だけ残るの?」
「俺も一周目の土日でちゃんとばぁちゃん家に行ってるよ。世話する為にただ日をずらしてるだけ」
「ふぅん」
それは知らなかった。
碧人はあまりプライベートを話したりしないから。
俺は何だか少しだけもやっとした。
「そんなの、言ってくれれば手伝いに行くのに」
「だってお前、正月は毎年家族で初詣行くんだろ?」
「そうだけど……。正月なのに碧人が一人なのって何か嫌だな」
「嫌だって言われてもなぁ」
悶々としていると、碧人がにこりと笑った。
「じゃあ今年は手伝ってくれる?あ、今年じゃなくて来年か」
「でも家に行くのは駄目だってさっき……」
「そりゃあ、あんな大勢で押し掛けられたらニコもココもびびっちまうだろ?凛なら全然いいよ」
みんなには踏み込ませなかった一線。
それなのに、俺だけはいいんだ。
少しだけ緩んだ頬を誤魔化すように咳払いをひとつ。
「じゃあ一日の朝に行く。何か必要な物とかある?」
「特にないけど……」
「分かった。そういえば、碧人んち行くのって何年ぶりなんだろ」
「三年くらいじゃないか?凛の喘息が悪化してきて……」
言いかけた碧人の言葉が途切れる。
そういえばそうだった。
バスケを諦めた辺りで、一度碧人との濃密な交流は途絶えた。
気まずさは自然と回復したが、それ以降互いの家に行き来することはほぼなくなったのだ。
そしてこの手の話題にいつも敏感なのは、当の俺よりも碧人の方だ。
俺は少し小さくなった隣の背中をトンと叩いた。
「だから、いつまでも変な気使うなって。さっき碧人のバスケだって俺普通に見てただろ?」
「それは分かってるけど……」
明るく言ったつもりだが、碧人はまだ俯いたままだ。
これには俺の方が困ってしまった。
「じゃあ何だよ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれた方がスッキリするけど?」
碧人は眉を寄せながら僅かに唇を開いたが、結局そこから漏れたのは白い息だけだった。
「いや、いいよ。せっかく楽しい話してたんだし」
「まぁ、そうだけど……」
俺の煮え切らない思いが顔に出たのか、碧人は更に気まずそうに目を逸らした。
「正月も凛がもし嫌だったら無理しなくてもいいよ」
これには流石にムッとした。
「嫌とか言ってないだろ?自分の気持ち抑えて俺に決めさせるのって、優しさじゃないからな」
怒って言うと、碧人は少し驚いた顔をした後で両手を伸ばし俺をすっぽり抱き抱えた。
「わわっ、な、何?」
「ほんと、そうだわ。気をつける」
一度力がこもった腕が、そっと離れる。
眩しそうに細められた瞳は、何だかとても印象的だった。
「正月、待ってるな」
「……うん」
俺はぎこちなく碧人から離れると、ほんのり熱くなった顔を見られないように足早に別れた。
吐く息も白く染まる寒々しい木曜日の放課後。
外が暗くなるまで補習を受けていた俺は、まだ灯りのつく体育館を何気なく覗いていた。
甲高い笛とボールの音。
それに相まりバスケットシューズの音がせわしなく鬩ぎ合う。
相手を鮮やかに抜いた碧人がロングシュートを打ち放った。
「キャー!木崎くんナイッシュウ!」
「今の決めちゃうとかっこいい!」
「もう一本!もう一本!」
マネージャー陣とギャラリーから真っ黄色な歓声が上がり、俺は思わずのけぞった。
試合終了のブザーが聞こえたので帰ろうとしたが、仲間と円陣を組み勝利を喜んでいた碧人がこっちに気付いた。
「あれ、凛!」
「うっ……」
周りの視線が一気に俺に集中する。
碧人はへらへらと手を振ると、ジェスチャーで待っててと伝えてきた。
これで先に帰れば拗ねられることは間違いない。
俺は仕方なく寒空の下、近くの自転車置き場で待つことにした。
雪こそ降らないものの、空気は凍てつく程冷たい。
すっかり効力を無くしたカイロを無駄にさすりながら待っていると、碧人が息を弾ませ体育館から出てきた。
「お待たせ。寒かっただろ」
「寒い!って俺別にお前を待ってたわけじゃないし」
「え、そうなの?」
「補習受けてて、たまたま体育館横通っただけだから」
ダウンジャケットにマフラー姿の俺とは違い、運動上がりの碧人はジャージのままだ。
見てるだけで寒い。
並んで門まで歩いていると、女子マネージャー達が背後から駆け寄ってきた。
「木崎くん!あの、お疲れ様でした!」
「ん?ああ、お疲れー」
「あの、冬休み、部活のみんなで初詣行こうって話が出てるんだけど、木崎くんはどうかなぁ」
精一杯声を発しているのは、マネージャーの中でも可愛いと有名な女の子だ。
黒髪に縁取られた小さな顔が耳まで真っ赤なのは寒さのせいだけではないだろう。
賑やかそうな誘いだったが、碧人はあっさり断った。
「ごめん、正月は無理かな。ちょっと外に出られなくて」
「じゃあ、木崎くんの家にみんなで行こうか?」
「それも無理なんだ。ごめんねー」
女の子達は揃って残念そうな吐息をこぼした。
「そういえば去年もそんな事言ってたよね。もしかして彼女……?」
探るような質問に、碧人は曖昧に笑った。
「彼女じゃないけど、大切な子がいるんだ」
「そっか」
意味深な言葉に再度がっくりと肩を落とす。
女の子達は碧人のお相手が誰なのかとヒソヒソ噂しながら離れて行った。
「モテるねぇ、キザキくん」
やや皮肉を込めて言うと、碧人はピンと俺のおでこを弾いた。
「ひがまない、ひがまない」
「くそぉ、この完璧男め。で、そのモテるキザキくんの大切な子って誰?」
「えっ」
「そんな話聞いたことないけど?」
碧人は目を丸くすると急に吹き出した。
「なんだよ!」
「いや、ごめん。まさか凛がそんなこと聞いてくるとは思わなかったから。さっき言ってたのはニコとココの事だよ」
「なんだ、猫じゃん」
木崎家には確か二匹の猫がいたはずだ。
それからトカゲが三匹とオウムが一匹、他にも何か色々いた気がする。
「正月は俺以外誰も家にいないから、そいつらの世話で出られないってわけ」
「誰もいないの?」
「そう。もう三年前くらい前からかな。父さんと兄ちゃんは仕事だし、姉ちゃんとひーちゃんは母さんと実家帰ってるし」
「なんで碧人だけ残るの?」
「俺も一周目の土日でちゃんとばぁちゃん家に行ってるよ。世話する為にただ日をずらしてるだけ」
「ふぅん」
それは知らなかった。
碧人はあまりプライベートを話したりしないから。
俺は何だか少しだけもやっとした。
「そんなの、言ってくれれば手伝いに行くのに」
「だってお前、正月は毎年家族で初詣行くんだろ?」
「そうだけど……。正月なのに碧人が一人なのって何か嫌だな」
「嫌だって言われてもなぁ」
悶々としていると、碧人がにこりと笑った。
「じゃあ今年は手伝ってくれる?あ、今年じゃなくて来年か」
「でも家に行くのは駄目だってさっき……」
「そりゃあ、あんな大勢で押し掛けられたらニコもココもびびっちまうだろ?凛なら全然いいよ」
みんなには踏み込ませなかった一線。
それなのに、俺だけはいいんだ。
少しだけ緩んだ頬を誤魔化すように咳払いをひとつ。
「じゃあ一日の朝に行く。何か必要な物とかある?」
「特にないけど……」
「分かった。そういえば、碧人んち行くのって何年ぶりなんだろ」
「三年くらいじゃないか?凛の喘息が悪化してきて……」
言いかけた碧人の言葉が途切れる。
そういえばそうだった。
バスケを諦めた辺りで、一度碧人との濃密な交流は途絶えた。
気まずさは自然と回復したが、それ以降互いの家に行き来することはほぼなくなったのだ。
そしてこの手の話題にいつも敏感なのは、当の俺よりも碧人の方だ。
俺は少し小さくなった隣の背中をトンと叩いた。
「だから、いつまでも変な気使うなって。さっき碧人のバスケだって俺普通に見てただろ?」
「それは分かってるけど……」
明るく言ったつもりだが、碧人はまだ俯いたままだ。
これには俺の方が困ってしまった。
「じゃあ何だよ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれた方がスッキリするけど?」
碧人は眉を寄せながら僅かに唇を開いたが、結局そこから漏れたのは白い息だけだった。
「いや、いいよ。せっかく楽しい話してたんだし」
「まぁ、そうだけど……」
俺の煮え切らない思いが顔に出たのか、碧人は更に気まずそうに目を逸らした。
「正月も凛がもし嫌だったら無理しなくてもいいよ」
これには流石にムッとした。
「嫌とか言ってないだろ?自分の気持ち抑えて俺に決めさせるのって、優しさじゃないからな」
怒って言うと、碧人は少し驚いた顔をした後で両手を伸ばし俺をすっぽり抱き抱えた。
「わわっ、な、何?」
「ほんと、そうだわ。気をつける」
一度力がこもった腕が、そっと離れる。
眩しそうに細められた瞳は、何だかとても印象的だった。
「正月、待ってるな」
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