夏だから君を

うづきあお

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《sentimentalism》

【凛:大人へと】

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触れて、擦って、舐めて、溶かして。
汗に濡れる体が絡まるのが好きだ。
首筋をなぞる息遣いが心地いい。
気付けば外は明るくて、今日も抜け殻になった二つの体が離れることを拒否して眠りに落ちる。
碧人の肌は温かい。

「ん……」

身じろぎした体が重くて目が覚める。
掛け布団の代わりに寄りかかった碧人が、恨めしそうに見ていた。

「おはよ」
「お……はよ」
「凛、そろそろこれ解いて。これじゃ凛に布団掛けてあげることもできないんだけど」

縛られた腕から伸びるネクタイの端を碧人が咥える。
なんだかゴールデンレトリバーがリードを噛んでいるみたいで可愛い。

「ちょと、笑ってないで外してってば」
「だめ」
「だめって……」
「だって、外したら碧人は俺から離れて行っちゃうだろ?だから春になっても外してあげない」

安定した心が、溜め込んでいた思いを口にさせる。
俺が言いたいことに気付いた碧人は、腹筋だけで体を起こした。

「こんなもので縛らなくても、俺はずっと凛のそばにいるよ」
「……嘘つき」
「嘘じゃないって」
「だって、じゃあ大学は?まさか受験やめるなんて言わないよな」
「言わない。ちゃんと合格して、凛も連れていく」
「え……」

碧人が縛られた両手をずいと差し出す。
ネクタイの結び目を解いてあげると、続きを話してくれた。

「本当は共通試験の結果が出てから言おうと思ってたんだけど、俺が無事大学に受かって家を出ることになったら、凛も連れてっていい?」
「連れていくって、どういう……?」
「具体的には俺が一人暮らし始めるから一緒に住まないかってこと。凛は通信教育のこと調べてるんだろ?それって俺のそばじゃだめ?」

全く予想外な話すぎて、寝起きの頭じゃ上手く処理しきれない。

「いや、あの、でも、俺が居たら余計な生活費とかいるし……」
「実はその辺りはもう芳恵さんと相談済みなんだ。相談っていうか、最初は成り行きでそんな話が出ただけなんだけど。芳恵さんがかなり真剣に検討してくれてたらしくて、後日凛の父さんから直々に呼び出された」
「え、と、父さんに⁉︎」

碧人と父さんが二人で会っていたなんて想像もできない。
父さんが俺たちのことをどこまで知っているのかすら分からないのに……。
そんな心配を見透かしたように碧人は明るく笑った。

「大丈夫。凛をよろしく、だって。凛が自立できるまでは仕送りもするから心配はしなくていいってさ」
「父さんがそう言ったの?」
「うん。凛が自分のペースで頑張れるなら、それが一番いいって。それから勿論うちの両親も承諾済み」

碧人のそばに、どんな時でも朗らかな母と、いつも密やかに応援してくれる父の顔が並ぶ。
それから俺たちに祝福をくれた碧人の母さんと、二人で乗り越えていきなさいと言ってくれた碧人の父さんも。

「凛の知らないところで話が進んでごめん。でも肝心の受験に失敗したらと思うと中々言い出しにくくって」

申し訳なさそうに謝る碧人の顔が、込み上げる熱いものの向こうに霞んでいく。
俺の周りにはどうしてこんなに優しい人たちがいるのだろう。
いてくれるの……だろう。
俺にはその優しさを受け取る資格なんてないのに。

「碧人、俺、俺は……」

握りしめた拳にポタポタと涙が落ちる。

「俺は、碧人さえいれば他に誰もいらないってずっと思ってた。そんな酷いことを平気で考えるような奴なのに……」

自己嫌悪に陥る俺を碧人がすっぽりと抱きしめる。

「みんなが凛を大切に思うのは、今まで凛がそうやって周りに接してきたからだろ?凛が積み上げてきたものが一つの形になろうとしてるだけだよ」
「でも本当に酷いんだ。昨日だって江原に拒絶反応が起こったりして……」
「江原ぁ?」

突然出た名に碧人の顔が極渋に変わる。

「あれは、むしろ殴ってよし!」
「殴……」
「あいつはちょっと凛に触りすぎ!俺は前々からずっと気に入らなかった!あと凛が仲良くしてる友達も正直言って嫌だ!凛の肩に触った高宮先生も許せん!」

勢いよく言う碧人にぽかんとしていると、イタズラっぽい目で覗き込まれた。

「って、俺も結構酷いやつだろ?言っておくけど本気で思ってるから。ただ凛のために我慢してるだけ」

流れた涙を拭った指先が唇に触れてくる。

「で、凛の返事は?一緒に来てくれる?」

この後に及んで、ちょっぴり心配そうに伺ってくる。
碧人ってなんでこんなに可愛いんだろう。
返事なんてどう考えても一つしかないのに。
流されるままに素直に頷きかけたが、ふとシーツの上で赤く映えるネクタイに目が止まる。

「……またさせてくれるなら、考える」
「え?」

目を丸くする碧人の首に、くるりとネクタイをかけて優しく引き寄せる。

「俺は碧人が好きだ。たぶん、碧人が俺を思うよりもずっと。だから満たして。一生かけて。もっともっと、俺に碧人の全てを一滴残らずちょうだい」

風で鳴る窓の外で、黄色い葉が舞っていく。
とんでもない生涯の誓いを迫られた碧人の顔を、俺はきっとこの先何度も思い出すだろうし、何年も忘れることはないだろう。
どんな顔をしていたのかは……誰にも内緒だ。





陽だまりに誘われて、碧人と二人で外に出る。
秋の爽やかな空気が気持ちよかった。
でも、一歩外に出れば碧人と手を繋ぐことはできない。
ハラハラと頭に降る、鮮やかな銀杏イチョウの葉。
俺には潔く散ることはできないけれど、いびつに痛むこの感傷すら全て愛だと思える日がくるのなら、もしかしたらそれが大人になるということなのかもしれない。
見上げた空は異質な俺でさえ包み込むかのように、青く眩しく澄みきっていた。




— sentimentalism 了 —
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