制御不能な最適愛

カニカマ

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 AIの復旧。
 都市全域にその報せが流れたのは、夜明け直前だった。

「中央制御AI、機能を再開しました」
 
 信号が点き、配給端末が開き、赤い監視灯が戻る。昨夜まで人が手で繕っていた余白は、記録の外へと葬られた。

 安堵の拍手、抱き合う人々、祈る者たち。
 私は静かにそれを見ていた。
 人間は自分たちの手で列を作り、火を起こし、争いを抑えてきた。けれどAIが戻った瞬間、日々をなかったことのようにして、皆はただ「正解が戻った」と安心する。
 ——あの混乱の中で、人が自分の力で築いた余白は、記録には残らない。



「五十嵐管理官。そして天城実働官。両名の働きにより都市は守られた」
 
 画面の中で、私たちの名が並んだ。
 上層部からの声明。功績は簡潔に語られ、英雄として人々に紹介された。
 烈人はその画面を見て、薄く笑った。

「英雄ね」
 
 烈人は薄く笑って、花束の包装だけを指先で弾いた。
 
「再教育しようとしてたくせによ」

 市民は花を差し出し、拍手を送り、私たちの名前を呼んだ。烈人はその視線に顔をしかめ、手を振り払うように言った。
 
「やめろ。そういうの、気持ち悪ぃんだよ」
 
 烈人は表面上、社交的にするのもやめた。バカらしくなったらしい。
 人々は引かなかった。AIの沈黙を乗り切った「象徴」として、私たちは賛美の対象にされる。

 私は表情を変えず、ただ受け入れた。烈人の苛立ちを横目で感じながら。
 英雄ではない。AIにとって、私たちは最初から「不安定な組み合わせ」に過ぎないのだから。



 復旧後の最初の公式文書が発表された。
 そこにはこう記されていた。
《天城烈人:再教育プログラム撤廃。代替処遇:人間指導監視下での現場活動継続》
 理由欄は「緊急事態下における現場適正の顕著性」
 要するに、烈人が役に立ったからだ。

 私は無言で画面を閉じた。
 七年間、烈人を「再教育対象」から外し続けてきたのは私の改ざんだった。けれど結局、AIを理由に彼は救われた。
 救われ方は、あまりに簡単で、雑だった。
 七年分の指の震えが、一行の理由で平らになった。
 滑稽だ。無力だ。それでも、今日だけは従うことにした。



「表彰式があるらしいですよ」

 同僚の一人が私に囁いた。

「市民の前でスピーチしてほしいと」

 私は頷くだけに留めた。だが隣の烈人は即座に吐き捨てた。
 
 「出ねぇよ、そんなもん」

 「天城さん、顔くらい見せてあげれば⋯⋯」

 「うるせぇ帰る」

 烈人は表彰を嫌がった。
 理由は簡単だ。他人に観察されることを、烈人は嫌う。拍手も賛美も、彼には「管理の証拠」に映るのだろう。

 それでも式は開かれた。壇上に立ったのは私一人。
 スポットライトを浴びながら、私は定型文を読み上げた。拍手が広がる。私の背後に烈人はいない。それが、むしろ自然に思えた。



 スピーチを終えて帰宅した夜、烈人はソファに寝転び、テレビ画面を見ていた。画面には私が映っていた。
 
「千景はああいうの、得意だよな」
 
「そんなことはない」

 彼は笑いながら、腕を伸ばして私を引き寄せた。その腕の力は、いつもと同じだった。英雄扱いも、撤廃された再教育も、街の拍手も、この力の中には存在しなかった。

 私たちはAIの不完全さを知っている。
 数字がいかに脆いか、記録がいかに書き換えられるか、空白がいかに都合よく塗りつぶされるかを、七年かけて知ってきた。
 だが、それを口にすることはない。
 英雄にされた以上、私はその仮面を剥がさない。



 夜更け。窓の外で信号が整然と点滅する。人々は安心して眠りについた。AIが戻った世界は、また「最適」に戻る。けれど私たちだけは知っている。AIは最適ではないことを。そして私たち自身が、最適から最も遠い存在であることを。

 「千景」
 
 烈人が低く呼んだ。
 
 拍手も称賛も消えた部屋で、ただ二人の呼吸が重なった。血は繋がっていない。だが、誰よりも深く結ばれていた。
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