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六話

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 最近リーンハルトの様子が変だ。
 アリシアがオズワルドの教鞭を執ると知っても、お仕置きどころか文句の一つも言わなかった。
 お茶会で何処ぞの家の令息に声を掛けられても、夜会でダンスの誘いを受けても彼は何の反応も見せない。
 以前までならもっと、こうーー。

『昼間のお茶の席で、クリス・スラットキー子爵令息に声を掛けられたと耳にしたんだけど……それは事実なのかい?』
『僕が場を外した僅かな間に、サイモン・オットマー侯爵令息と密会していたみたいだけど……まさか、ダンスを誘われた訳ではないよね?』

 必ずアリシアに執拗に確認をしてきた後は、何時ものお仕置きが始まる。
 それなのに、今の彼は別段気に掛ける様子もなく、寧ろアリシアに関心がない様にすら見える。
 こんな事は彼と出会ってから初めてだった。

 何だか、胸の奥がモヤモヤとするーー。

(寂しい……くないです‼︎)

 アリシアは邪念を払拭う様にして頭を振った。
 そもそも、これまでの関係がおかしかったのだ。リーンハルトが変になったのではく、彼は正常になったの間違いだ。幾ら婚約者だからといって、アリシアにだって私事しじくらい必要であり、寧ろ普通になったと喜ぶべきだ。

(そうです、これが普通なんです! だから気になんて、なりません……)



「アリシア、お茶にしよう!」

 まだ勉強を始めて一時間程しか経っていないが、オズワルドはそう提案をしてきた。その事に眉根を寄せる。
 アリシアがオズワルドに教鞭を執る様になってから一ヶ月が経ち実感した事がある。

(休憩ばかりで、全然捗りません!)

 彼はサボる事が大好きだった……。
 ある程度覚悟はしていたが、流石にこうも毎日続くと肝心の勉強が進まない。
 口先ではやる気を見せているが、直ぐにお茶にしたり散歩に行くと言い出すので正直困っていた。

「オズワルド殿下、もう少し進んだらお茶にしませんか? 昨日やその前の課題もまだ終わっておりませんし……」

 アリシアが嗜めると、不貞腐れた様子で顔を背け、仕舞いには机に突っ伏してしまった。

「嫌だ。今はお茶にしたい気分なんだ!」
「……」

(我儘過ぎます……)

 こうなると取り付く島もなく、何を言った所で無駄だと学習をした。これで何度目か分からない……。
 困り果てるアリシアを尻目に、慣れているのだろうヨーゼフは、無言のまま手際良くお茶の準備を始める。
 そんな彼を見て、これまで随分と苦労したのだろうと思うと少し切なくなった。

「この前、アリシアが好きだと言っていたジャムを用意させたぞ」

 お茶を始めると直ぐにオズワルドの機嫌は直った。
 内心溜息を吐きながらも、折角用意して貰ったのだからと気持ちを切り替える。

 甘くて良い匂いが漂う。
 視線をテーブルの上に向けると、先日のお茶の席でアリシアが好物だと話した木苺のジャムと焼き立てのスコーンが並んでいた。
 
「私が取ってやる」
「オズワルド殿下にその様な事は……!」

 王子に使用人の真似事をさせる訳にはいかないと、アリシアは慌てて立ち上がりオズワルドを止めようとするが、逆にヨーゼフに止められてしまった。
 彼と目が合うとゆっくりと横に首を振るので、仕方なく大人しく席に戻る。
 
「どうだ? 美味いか?」

 皿に取り分けられたスコーンを小さく切り分け、木苺のジャムを乗せてから口の中に入れる。その瞬間、オズワルドは目を輝かせながら訊ねてきた。

「はい、とても美味しいです」
「そうか! まだまだ沢山あるからな!」

 無邪気に笑い喜ぶ姿に、思わず目を細めた。
 もう十一歳だが、まだ十一歳とも言える。
 少し我儘が過ぎるが彼は子供なのだ。それこそまだまだ母親に甘えたい年頃かも知れない。

 リーンハルトとオズワルドは腹違いの兄弟だ。リーンハルトの母親は正妃であり、オズワルドの母親は側妃だった。ただ正妃はリーンハルトが十一歳の時病死しており、側妃もまたオズワルドが幼い頃にやはり病で亡くなっている。
 それ故に、寂しさを紛らわす為に甘えたり我儘を言って困らせたりしているのかも知れない。

 
『アリシア、どうしたの? もしかして、気分が優れないのかい』

 不意に、昔リーンハルトとお茶をした時の事を思い出した。
 十年前ーーリーンハルトの実母である正妃が亡くなってまだ日も浅い時の事だ。
 彼に別段変わった様子はなく、何時もと同じ様に優しく笑っていた。それとは対照的にアリシアの方が気落ちしており、ずっと俯いたまま黙り込んでいた。そんなアリシアを逆に気遣い心配をする彼の姿に、まだ八歳の自分は堪える事が出来ず遂に泣き出してしまった。
 淑女として恥ずべき事だと頭では分かりながらも、大粒の涙は止めどなく溢れ出した。
 だが彼は無作法なアリシアを咎める事はせずに静かに席を立つと、傍に来て優しく抱き締めてくれた。

『君は本当に優しいね』

 本当なら泣きたいのは彼の筈なのにーー。

「ーーシア、アリシア?」
「え……」

 気が付くとオズワルドもヨーゼフもこちらを訝しげな顔をして見ていた。
 自分の手元を見れば、フォークを握り締めたままだ。
 どうやら何時の間にか考え込んでいた様だ。
 アリシアは誤魔化す様に笑い、何事も無かった様に居住まいを正すと、お皿に残るスコーンに再び手を付けた。

 その後、暫し雑談をしてオズワルドとのお茶の席はお開きとなった。
 終わるや否やオズワルドが先に席を立ち早々に部屋を出て行く。差し詰め飽きてしまったのだろう。
 その様子に相変わらずの気分屋だと苦笑しつつ、アリシアも席を立ち退室をしようとするも直ぐに足を止めた。
 後片付けをしていたヨーゼフを振り返る。

「アリシア様、如何さないましたか」
「あの、お願いがあるんですが……」
 

 部屋を出たアリシアは、帰路に就かずにとある場所へと向かった。
 
 
 

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