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五話

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 静まり返る執務室に、ポキッという音が響いた。

「リーンハルト様、ペンはもう少し丁寧にお使い下さい。本日で十五本目です」

 小言を吐き呆れ顔で新しいペンをリーンハルトの前に用意したのは、侍従兼護衛を務めるカイだ。
 短い茶色の髪と切長の漆黒の目が、何時もながらに憎たらしく生意気にしか思えない。

「あぁ、すまない、ついね」

 口先だけで適当に謝罪し受け流すと、カイは態と聞こえる様にして溜息を吐いた。

「そんなに気になるのでしたら、陛下に訴えたら良いのではありませんか?」
「っーー」

 彼とは彼此十数年来の付き合いだ。
 今更皆まで言わずとも何を言いたいかくらいは分かる……アリシアの事だ。

「ははっ、幾ら僕でも十歳も年の離れた弟に嫉妬などする筈がないよーー大人気ない」

 乾いた笑いが出た。
 自分で言いながら、全く説得力が無い事を自覚している。
 
「らしくありませんね。弟君に甘いのは分かりますが、オズワルド殿下ももう十一歳です。アリシア様は十八歳になられたばかりですからーー幾ら女性側が年上とはいえ、七歳程なら然程障壁にはなりませんよ」

 本当に生意気な侍従だ。
 リーンハルトもそんな事は言われずとも十分に理解している。

「まあ、暫くは様子見とするよ。僕にも兄としての面目があるからね」

 確かにリーンハルトは、昔から弟のオズワルドの事は可愛がってはいたが、それよりもアリシアがオズワルドの事を実の弟の様に可愛がっているので極力波風は立てたくなかっただけに過ぎない。
 だがそれも、もう仕舞いになるだろう。
 オズワルドが、昔からアリシアに憧れに似た恋情を抱いているのは明白だ。
 正直、彼女がオズワルドに靡くとは考え難いが、問題は弟だ。
 オズワルドは自我は強いが、然程問題視する程ではない。逆に他者から利用される可能性は低く、悪くないとも思う。王族や貴族の世界は、隙あらば他者を利用しようとする強欲で利己的な人間ばかりだからだ。
 ただ弟は兎に角思い込みが強い。
 今回の事が物語っている様に、例え父である国王が示唆しようとも弟はまるで聞く耳を持たない。
 アリシアを手元に置く事に成功し、今頃はさぞ高揚している事だろう。そして次の一手はーー。


「失礼致します。殿下、こちら本日分の報告書でございます」

 音もなく現れたのは、リーンハルトの影だ。
 影とはリーンハルトの直属の護衛部隊であり、日夜アリシアの事も陰ながら見守らせている。また、彼女に関しての報告書の提出は重要且つ不可欠である。
 
「ご苦労様。引き続き宜しく頼むよ」
「御意」

 跪き頭を下げると影は音もなく姿を消した。

 リーンハルトは先程受け取った報告書に目を通していく。
 アリシアが、日々何時何処で何をしたかが事細かく記載されている。

「相変わらず僕のアリシアは、可愛いね」

 今朝起床時に前髪に寝癖が付き、あたふたしながら侍女に直して貰ったそうだ。

 想像するだけで、可愛過ぎるーー。

 無意識に頬がダラしなく緩む。
 他にも朝食のデザートのいちごが美味し過ぎて一個多めに食べた事や、馬車の中で居眠りをした事などが記載されておりーーオズワルドに勉強を教えている様子もある。
 
 普段多忙を極めるリーンハルトは、彼女と過ごせる時間が余り取れない。故にこの方法を思い付いた。
 我ながら妙案だと自負している。これを読んでいるだけで、まるで彼女と同じ時間を共有しているかの様な感覚を得られる。 
 一日の終わりに、この報告書に目を通す事がリーンハルトの日課であり、何よりの愉しみになっている。
 無論アリシア本人と過ごす時間は別格であり非にはならないが。

 一通り報告書に目を通し終えると、カイに手渡した。

「何時もの保管場所に」
「かしこまりました」

 報告書やアリシアに関するものは全て、とある場所に厳重に保管してあるという事は誰にも秘密である。

「さて、僕のアリシアはこれからどうするのかな」

 弟の出方も気になる所ではあるが、それよりもやはり彼女だ。
 これまでは、リーンハルトから求めるばかりで彼女は常に受け身だった。その事に別段不満はないが、リーンハルトを欲する彼女には興味がある。
 傍観するだけなど正直つまらないが、たまにはこういうのも悪くないだろう。

 さあ、アリシア。君から僕への愛が試される時だよーー。
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