冷徹王太子の愛妾

月密

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十一話

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 静寂な執務室に、筆を走らせる音と紙を捲る音が響いている中、時折り溜息が混ざる。
 今日は早朝から何時も通り騎士団の鍛錬に参加し、夕暮れと共に帰宅した。夕食の後はお茶を飲み一息吐きしてから執務室に籠り山積みの書類を処理している。だが集中力が足りず進み具合は余り良くない。ここ最近はずっとこんな感じ故に、書類が普段以上に溜まってしまっていた。

「気になるのでしたら、様子を見に行かれては如何ですか?」

 レアンドルより十歳以上年上の執事のホレスは、おっとりしているが仕事は完璧で信頼の置ける人物だ。細身ではあるが成人女性一人くらいなら簡単に持ち上げる事が出来る力があり、平均的な身長に焦茶色の真っ直ぐな長い髪をきっちりと後ろで纏めている。

「……俺が態々出向いたら、余計に心労を掛けてしまうかも知れない」

 少し前に倒れたベルティーユが心配で一晩中付き添った事があったが、目を覚ました彼女は困惑し少し怯えている様に見えた。
 あれから十日程経ち、ヴェラの報告では今の所発作は起きていない。ルネの話していた通り身体はもう回復して問題はない様だが、精神面は不安定なままだ。このままでは良くないと分かっているが、情けないが何もしてやる事が出来ない。元々女性の扱いになれていないレアンドルは途方にくれるばかりだ。それでもルネから助言を貰い、少しでも彼女の心を落ち着かせられる様にと色々と取り寄せたりしている。お茶やお菓子、精油、彼女の故郷ではお香なるものを使用する習慣があると聞きそれもどうにか入手した。どれも拒否はしていないとは聞いているが、直接確かめたい。

「ではお茶に誘ってみては如何でしょうか」
「お茶に、か……」
「ベルティーユ様はずっと部屋に籠りっきりですので、天気の良い日に中庭でお茶をするのも良いかと。それに気分が優れない様でしたら逃げ易いですから」

 ホレスの話している事には同意は出来る。だが内心複雑だ。要するにレアンドルがベルティーユの部屋に出向けば、レアンドルを不快に感じたとしても自室故に逃げ場がない。だが中庭など別の場所ならば、彼女の意思で逃げたい時に逃げる事が出来る。まあ、悪くない案だ。悪くないが……流石に悲しくなる。

「ではその様に取り計らってくれ」

 何時迄も此方も逃げている訳にはいかない。それに、何れ彼女とは話さなくてはならない事がある。良い機会かも知れない。



◆◆◆

 此処に来た時は周りなど気にする余裕などはなく、屋敷に来てからはずっと部屋に引き篭もったままだった。なので改めて見て思う。王太子の別邸にしては、こぢんまりとした印象を受ける。質素とまではいかないが、館全体が大分すっきりとしている。ベルティーユの部屋の調度品なども上質な物に違いないのだろうが、城で暮らしていた時と比べて言い方は悪いが見劣りする。良く言えば無駄がないとも言えるが。もしかしたら彼は質素倹約なのかも知れない……そんなどうでもいい事を考えながらベルティーユはヴェラの後に続き廊下を歩いていた。

 実は数日前にヴェラからある物を手渡された。それは彼からの封書だった。恐る恐る中身を開いてみれば、なんとお茶会への招待状だった。日時は数日後の午前十一時、場所はこの屋敷の中庭だ。正直気乗りはしないが、何時迄もこのままという訳にもいない。遅かれ早かれ彼とは話さなくてはならない。それに相手は王太子であり、ベルティーユはその彼の妾だ。要するに彼はベルティーユの主人という訳で、本来ならば拒否など出来る立場ではない。だが……。

『気分が優れない様なら、また後日日を改めるので構わないと仰られておりましたのでご無理せずに大丈夫ですよ』

 ちゃんと逃げ道を用意してくれていた。
 招待状と暫し睨めっこしていたベルティーユに、ヴェラがそう優しく声を掛けてくれたのだ。一瞬気持ちが揺らぐが、ベルティーユは参加の意思を記しそれをヴェラに手渡した。
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