冷徹王太子の愛妾

月密

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十七話

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「レアンドル様……大丈夫、かな……」

 あの後、どうしてもレアンドルが心配で部屋へと様子を見に行った。だが部屋にすら入れて貰えず、ホレスからはやんわりと自室へ戻る様に言われてしまった。それに部屋の中から「ベルティーユを絶対に、部屋に入れるな」と彼の声が聞こえて来た。

『俺にっ触れるな‼︎』

「……」

 覚悟はしていた。期待してはダメだと分かっていた筈なのに、何時の間にか彼の優しさに甘え求め過ぎていた自分がいた。我ながら学習能力が低いと笑えてくる。レアンドルも本当はベルティーユの事が嫌い……いや憎くて仕方がないのだろう。優しい振りをして後から絶望に突き落とす。クロヴィス達と同じーーだが誰が悪い訳ではない。戦とはそう事なのだ。やられたらやり返して、被害者が加害者に入れ替わり延々とそれを繰り返す。自分達は悪くないと言っては正義という名の剣を振り下ろす。そして何時の間にか、被害者も加害者も意味はなくなり、後に残るのは憎悪だけだ。ただリヴィエの民だから、ただブルマリアスの民だからと憎み続ける。憎むのだって苦しい、何時までも赦せないのは辛い……それでも歯止めが効かないのは仕方がない事だとベルティーユも理解している、してはいるがーー。
 
『争いからは何も生まれない』

 兄の言葉が重くのし掛かる。
 もう何が真実で嘘なのか、何が正義で悪なのか、何を誰を信じれば良いのか分からない。


「失礼致します。ベルティーユ様、お食事の時間ですが……」

 窓辺で膝を抱えながら、ずっと雨の音を聞いていた。嫌な事も悲しい事も、苦しみや憎しみも全てこの雨が洗い流してくれたら良いのに……。雨が上がって、陽の光が大地を照らす様に全ての暗い想いを照らして浄化してくれたら良いのに……。そうすればもう誰も、苦しむ事も憎む事も悲しみ嘆く事もない。

 叶う筈もないつまらない幻想を夢現に見ていると、何時もよりも少しだけ元気のないヴェラが部屋へと入って来た。
 
「レアンドル様は……どうされてますか」
「……容態は余り思わしくなく、予断を許さないとルネ様が仰っておりました」
「ーー」

 彼が、死んでしまうかも知れないーーそう思った瞬間、心臓が押し潰されそうになった。
 
(いや……そんなの、絶対にダメ……嫌っ‼︎)

 例え騙されていたって、そんな事は関係ない。彼が死んでしまうなんて絶対に嫌だ。でも無力な自分には何も出来ない。今死の淵に立たされ苦しんでいる彼の為に出来る事は、ただ祈る事くらいしか……。

「……ヴェラにお願いがあります」




◆◆◆

 瞼を開けると視界には見慣れた天井が見えた。
 身体を起こそうとするが、自分ではない力に押し戻される。

「レアンドル、いきなり起き上がらないで下さい! 身体に障ります」

 何時になく真剣な面持ちのルネに、もう一度起き上がろうとするも断念をして肢体をベッドに力なく投げ出した。
 正直、身体中が痛み、息をする事すら苦しい。

「…………ルネ、あれからどれくらい経った」
「十日です。その間、意識は混濁し高熱が出たりと大変だったんですよ。覚えてますか?」
「いや、全く……だが世話を掛けたな」

 自力で屋敷まで戻って来た記憶はあるが、そこからは余り良く覚えていない。

「だから僕は先に帰還する様に何度も! 言いましたよね⁉︎」
「そんな事をしたら、団員等が不安に思うだろう」
「でも死んだら元も子もありませんけど、ね‼︎」
 
 完全に目が据わっている。これは相当怒っている。ルネは普段から怒りっぽい性格で良く説教をされるが、本気で怒る事はそうはない。きっとそれ程心配を掛けてしまったのだろう。
 だがそうは言っても騎士団の長である自分が負傷して、団員等を戦さ場に残した状態で一人先に帰還するなどあり得ない。ルネに言った通り団員等に不安や不信感を与える事になるだけでなく、士気力も著しく低下するだろう。それは団員等の命に直結する事を意味する。戦さ場において、僅かな揺らぎは命取りだ。騎士団長として、彼等を無駄死にさせるなど絶対にあってはならない。それは自分の責務だ。

「レアンドル、聞いているんですか⁉︎」
「あ、あぁ、聞いている」
「大体貴方は何時も何時も……」

 これは長くなりそうだ。
 一応これでも怪我人なんだがな……レアンドルは内心深い溜息を吐いた。

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