冷徹王太子の愛妾

月密

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二十話

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 レアンドルが床離れして半月が経った。一時は意識が混濁し高熱も続いたりとかなり深刻な状態にまで陥ったが、十日程過ぎた辺りで意識は戻り熱も引いた。
 彼が無事で本当に良かった……。今回の事で生きた心地がしないとはこういう事をいうのだと身を持って思い知らされた。死んでしまうかも知れないと思ったら怖くて仕方がなかった……。
 レアンドルが生死の境を彷徨って苦しんでいるのに、大人しく自室で何もせずに待っているだけなど出来なかった。少しでも側にいたくて気付けば彼の部屋の前で座り込んでいた。そして彼の回復を祈り続けたーー。

 彼が目を覚ました事を聞いたのは自室のベッドの上だった。レアンドルの容態は安定し心配する必要はないとの理由から、ホレスの判断でベルティーユを部屋に戻したとヴェラから説明を受けた。胸を撫で下ろしたが、何故か寂しくなってしまった。

『とても美味しいと仰り、お召し上がりになられておりました』

 目覚めた彼にベルティーユお手製スープを出して貰うと、彼はそれを完食してくれたと聞いた。それから床離れするまでの一ヶ月半余り、レアンドルは毎日の様にベルティーユが作ったスープを所望してくれた。自己満足に過ぎないと分かっていたが、少しでも彼の役に立つ事が出来たと思うと嬉しい。


(今日も、お見送り出来なかった……)

 ベルティーユは窓の外を眺めてながら一人溜息を吐く。実はレアンドルが回復してから彼とは一度も会っていない。ヴェラからはレアンドルが自分に会いたいと話している旨を聞かされているが会えずにいる。
 彼が元気になってくれて心から嬉しく思う。スープの事も頑張って良かったと自負している。だが顔を合わせるに躊躇いがあるのが実情だ。

(また、拒絶されたら……)

 逃げても仕方がないと分かっている。
 レアンドルが床に伏せていた時は、あんなに会いたくて仕方がなかったのにおかしな話だ。だが今はまだ怖い。


「シーラです、宜しくお願いします!」
「アンナでございます。宜しくお願い致します」

 そんなある日の事、屋敷に新しい侍女がやって来た。ヴェラがいうには、屋敷内の仕事で手が行き届かない所があるので人員を増やして貰ったと言っていた。要するにこれまではレアンドル一人のお世話で済んでいた所に、ベルティーユが来た事によりお世話する人間が増えたので必然的にその分仕事も増えたという事だ。そう考えると申し訳なくなってしまう。

「シーラ、アンナ、宜しくお願いします」

 茶色い髪と黒い瞳、明るくて元気なシーラは人懐こい印象だ。人当たりが良くお喋りで、ベルティーユにも積極的に話しかけてくる。歳も三歳上とあり近いので話し易い。
 金色の髪とヘーゼル色の瞳のアンナは、そんなシーラとは対照的に物静かで無口だ。真面目で確りとした印象だが愛想は余りない。特にベルティーユに対して素っ気なく冷たい気がしてならない。ただ歳は十歳上で少し離れているので仕方がないのだろうと、無理矢理思う事にしている。


「ベルティーユ様、お茶の準備が整いました」

 これまでお茶の準備はヴェラがしてくれていたが、ここ最近その役割はアンナに変わった。
 無駄のない動きで丁寧にカップにお茶を注ぎ終わると、直ぐに邪魔にならない様に下がり部屋の隅で控える。彼女の立ち居振る舞いは完璧だ。それに女性にしては高身長で無駄な贅肉もなく痩せているのに出る所は確り出ている。全体的に小ぶりなベルティーユには実に羨ましい……。顔も整っており、まさに淑女の鑑と言っても過言ではない。自分とは大違いだ……。

「このお茶、凄く良い香りがしますね!」

 暫く呆然としていたが、シーラの声で我に返った。すると羨ましそうにベルティーユを見ている。そんなシーラに思わず笑いそうになってしまう。本当に彼女は明るくて面白い。

「シーラも良かったら一緒に飲みますか?」
「え、良いんですか⁉︎」

 シーラにお茶を勧めると、彼女は目を輝かさせ満面の笑みを浮かべた。すると側に控えていたヴェラがすかさずシーラを注意をする。

「シーラ、お行儀が悪いですよ。それにベルティーユ様に対して無礼です」
「でも……」

 普段怒った所など見た事ないヴェラが、珍しく顰めっ面になっている。確かに主人の物を所望するなど普通に考えてあってはならない事だ。場合によっては処罰される可能性もある。優しいヴェラが怒るのもよく分かる。だが……。
 シーラは見るからに落胆し可哀想なくらい項垂れていた。
 
「ヴェラ、構いません。何時もとはいかないけど、今日はお茶もお菓子も沢山あるから皆で一緒に食べましょう」

 ベルティーユがそう提案するとヴェラは渋々折れてくれた。シーラは嬉々としてお茶に口を付ける。勿論アンナにも声は掛けたが「私は結構でござます」と断られてしまった。


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