冷徹王太子の愛妾

月密

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二十一話

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 ベルティーユが寝る前にベッドに座り本を読んでいた時、部屋の扉がノックされた。就寝前のこの時間はヴェラ達使用人も下がり、誰かが部屋を訪ねてくる事はない。少し不審に感じながらもベルティーユは「どうぞ」と声を掛けた。

「ベルティーユ様、まだ起きてますか?」
「シーラ」

 彼女は扉を開け素早い動きで部屋の中に入ると直ぐに扉を閉めた。様子のおかしいシーラにベルティーユは眉根を寄せ困惑する。

「どうかしましたか」
「こんな時間にすみません。でも、この時間しかベルティーユ様とは二人きりになれないので……」

 深刻な面持ちのシーラに、椅子に座る様に促しベルティーユも正面に腰を下ろした。
 シーラはベルティーユに話がある様だが、言い辛いのか俯き中々話をしようとしない。その様子に余程重大な事なのだと不安になってくる。

「私が此方のお屋敷で働く様になってから一ヶ月程経ちました。正直、慣れない事も沢山あって大変だと思う事もあります。でも皆さん優しくしてくれますし、何よりベルティーユ様がいて下さるからこそ頑張る事が出来ています」
「ありがとう、そんな風に言って貰えって嬉しい」

 二人きりで話したいとは余程深刻な話だと思い身構えていたが、どうやら杞憂だった様だと脱力をする。だがシーラの話は思わぬ方向へと転がっていった。

「私、本当にベルティーユ様の事大好きなんです! 優しくて可愛らしいし、毎日一緒にお話しするのも本当に愉しくて……憧れているんです。私、ベルティーユ様には誰よりも幸せになって欲しいんです。だからやっぱり……黙ってなんかいられません!」

 目尻に涙を浮かべながら、彼女はとある事を語り出した。
 



「ベルティーユ様、もしかしてお加減が優れませんか?」
「え……」

 昨夜はあれからシーラの話の内容が気になり一睡もする事が出来ず完全に寝不足になってしまった。それは今も同様でシーラの話が頭から離れず、何も手に付かない。気を紛らわせる為に取り敢えず読書を始めてみたものの、手元を見れば表紙を捲った状態で進んでいなかった。

「いえ、少し寝不足なだけです」
「左様でしたか……。でしたら今朝レアンドル様から頂いたばかりのレモンバームのお茶をお淹れ致しましょうか。蜂蜜を入れると更に美味しくなると」
「ヴェラ、ありがとう。でも今は喉は渇いてないので」

 彼の名前に反応して思わず言葉を遮ってしまった。ヴェラを見れば困り顔をしていた。本当に自分がしょうもなくて悲しくなる。
 相変わらずレアンドルはベルティーユにお茶やお菓子、湯浴み用の精油、お香などを贈ってくれる。有り難いし、何より気遣ってくれる気持ちがとても嬉しい。だけど今は彼のその優しさが辛くて仕方がない。昨夜のシーラの話がまた頭に過ぎり気分が悪くなる。

「……ヴェラ、ごめんなさい。少し一人にして貰って良いですか」

 基本ベルティーユの側に控えているのはヴェラ一人で、お茶の時などはシーラやアンナが手伝いに来てくれている。なので今はヴェラと二人きりだ。だが今はどうしても一人になりたかった。

「畏まりました。何かございましたら直ぐにお呼び下さい」

 丁寧にお辞儀をするとヴェラは部屋から出て行った。何時もと変わらず優しい笑みを浮かべていたが心配しているのが伝わって来た。


 一人になりベルティーユは、はしたないがドレスのままベッドに横になった。今はそんな事を気にする余裕はない。
 自分の身体の半分はあるだろう大きなクッションを抱き締め顔を埋める。

『ベルティーユ様は、レアンドル様のお妾なのですよね? でも私がお屋敷に来てから一度も床を共にされていませんよね……』

 違う。シーラが来てからじゃない。これまで一度もレアンドルはベルティーユを寝室に呼んだ事などない。

『実は私、見てしまったんです。あれは屋敷に来て直ぐの頃でした。アンナさんに聞きたい事があって夜に彼女の部屋を訪ねたんです。そうしたら夜も遅いというのに部屋にいなかったんですよ。何処に行ってしまったのかと心配になって屋敷の中を探して歩いていたら廊下の先にアンナさんを見つけて……。声を掛けようとはしたんですけど、その前に彼女……』

 結末を聞く前に嫌な予感がした。言葉の先を聞きたくなくて耳を塞ぎたくなったが、そんな事を知らないシーラは話を続けた。

『レアンドル様の寝室に入っていっていかれたんです』

 その瞬間、頭が真っ白になった。
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