冷徹王太子の愛妾

月密

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三十五話

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 リヴィエ国ーー。

 肩までの白金髪を一つに束ねた色白でまだ幼さが残る顔立ちの十四歳の少年は、リヴィエ国第二王子、マリユス・リヴィエだ。
 先程侍従からブルマリアスへ偵察に向かわせていた密偵が戻ったと報告を受け、兄であるディートリヒの元へと急いでいる。
 昔はよく城内を走らない様にと大人達に注意を受けていたが、流石にこの歳でそんな事はしない。だがこの城は無駄に広く、マリユスの部屋から兄の仕事部屋である執務室までは遠い。今直ぐに走りたくなる衝動を抑えながら、廊下を顰めっ面で早歩きする。

「兄上‼︎」
「マリユス、君はいい加減ノックをする事を覚えたらどうかな?」
「すみません……」

 余りに焦り過ぎてまたノックするのを忘れてしまった。マリユスは項垂れながらも、部屋に入るとディートリヒの側に寄る。

「それで一体どうしたんだい?」
「ブルマリアスへ送った密偵が戻って来たと報告があったので」
「……あぁ、そうだったね」

 一瞬だが何時も和かな兄が無表情になった事に目を見張る。もしかして、悪い知らせなのだろうかと不安になった。

「姉上は無事なんですか⁉︎」

 暫し黙り込むディートリヒに、我慢出来ずに先に口を開いた。

「ベルティーユは……ブルマリアスの王太子の手に堕ちた」
「それは、どういう意味ですか……」

 抽象的過ぎていまいち理解出来ず、眉根を寄せ首を傾げた。

「ベルティーユは今、ブルマリアスの王太子の妾になっている」

 こんな状況下で正直希望は持てなかったが、どうやら姉は生きているらしい。マリユスは胸を撫で下ろした。

「良かった、なら姉上は生きていらっしゃるんですね! 兄上、早急に姉上を救い出す手筈を」
「救い出す? マリユス、君は一体何を言っているんだい。私の言葉を聞いていなかったのかい」
「え……」

 急に空気が張り詰め、ディートリヒの口調も強くなった。兄と目が合うと鋭く冷めた目をしていた。

「何故、態々裏切り者を救い出さなくてはならない」
「は?……裏切り、者……?」

 ディートリヒの口から告げられた予想だにしない言葉に、聞き間違いなのではと自分の耳を疑った。

「そうだよ、マリユス。ベルティーユは、自分の命惜しさにブルマリアスの王太子に身を売った裏切り者だ。リヴィエの誇りを捨てた、ただの売女に成り下がったんだ」
「そんな言い方っ、幾ら兄上でも酷過ぎます‼︎」
「だが事実だ」

 ディートリヒが一体何を言っているのか頭が混乱して、理解が追いつかない。だが無意識に感情が溢れ出し怒りが湧いてくる。

「姉上はこれまでリヴィエや民の為に自らを犠牲にして、人質として耐えて忍んできたんですよ⁉︎ どうしてその様に仰るんですか⁉︎」

 書類の積み上がっている仕事机を勢いよく叩くと、それ等はパラパラと床に散乱した。何時もなら直ぐに謝る。だが今は絶対に謝りたくない。

「ーーブランシュは、彼女は最期まで王族としての誇りを失わなかった」

 まただ。兄は遠くを見る様な目をする。

「今は、姉上の話をしています。彼女は関係ないです」
「関係あるだろう。彼女はずっと一人苦しんでいたんだっ。呑気にブルマリアスで暮らしてきたベルティーユとは違うんだっ‼︎」

 こうなると話にならない。話は平行線となり進まないのでマリウスは話の途中だったが部屋を出た。背中越しにディートリヒがまだ何か話しているのが聞こえたが、もう聞きたくなかった。

 あの日を境にディートリヒは変わってしまった。優しく穏やかで、人が傷付く事を嘆き誰よりも平和を願っていた兄はもう何処にもいない。それでもマリユスの事は変わらず弟として可愛がってくれているし、側近等にも変わらず優しく穏やかだ。何よりリヴィエの民を慈しんでいる。時折り先程の様に人が変わった様になるが、兄は兄だ。そう思っていた。だが大切な兄弟姉妹であるベルティーユをあんな風にいうなんて……信じられなかった。



「あらマリユス様、本日はご機嫌斜めですの?」

 とても部屋に戻る気分にはなれず、適当に城内を彷徨いている内に何時の間にか中庭に来ていた。すると少し甲高く耳に残る声がする。

「……別にそんなんじゃない」
「そんな事仰りながら、お顔が剥れておりますわよ」

 躊躇う事なく失礼な発言をするのは、二つに縛り上げた燃える様な赤い髪と緑色の瞳が印象的なエミリア・バシュラール。彼女はバシュラール国の第七王女だ。バシュラールは中立国であり、長い間戦とは無縁の平和な国だ。そんな国から、何故か分からないが一年程前に態々リヴィエへと留学に来た。少し話しただけでも分かる程の変わり者で、じゃじゃ馬でもある。正直、馬が合わない。特に一歳上だからといって何時も偉そうに振る舞うのが癪に障る。

「ほらマリユス様、そんな所に何時まで突っ立っておりますの。お座り下さいませ」
「今はお茶をする気分じゃない……」

 そう言うも、結局エミリアに押し切られマリユスは彼女の正面に腰を下ろした。
 白いテーブルにはお茶の他に何種類かの焼き菓子が用意されていた。侍女がお茶を淹れてくれるが、手を付けずに俯く。

「またお姉様の事ですの?」
「……煩いな」

 図星であり、更に呆れた様に言われ無性に腹が立つ。

「ご心配になられるのは仕方がありません。ですが、マリユス様のお姉様でしたらきっと大丈夫ですわ」
「っ! 適当な事言うなよ‼︎ お前に姉上の何が分かるんだよ⁉︎」

 完全に八つ当たりだと分かっている。自分でも莫迦みたいで滑稽だと分かっている……。だが気休めを聞き流せる程の余裕がなかった。

「何があったかは存じ上げませんが、ブルマリアスにはわたくしのお姉様がいらっしゃいます。以前お姉様からのお手紙にベルティーユ様とは懇意になさっているとありました。お姉様ならきっとベルティーユ様のお力になって下さっていると信じておりますわ」
「じゃじゃ馬の癖に、偉そうにするなよ……」

 エミリアと話している内に少しだけ気持ちが軽くなる。本来ならばお礼を言わなくてならないが、彼女に対してはどうしても素直になれない。

「あらあら、それは失礼致しましたわ」

 くすくすと笑われて、何時もならば絶対に怒っている。だが今はそれが不思議と心地良く感じた。



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