冷徹王太子の愛妾

月密

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三十四話

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 ロランは始めにシーラに協力する様に話を持ち掛けたそうだ。

『レアンドル兄さんは、甚く彼女を気に入っているんだ。今は妾の立場だけど、きっとそう遠くない将来彼女を妻に迎える事は間違いないね。そうなればブルマリアスの王妃にリヴィエの人間がなる事になる。これは由々しき事態だと思わないかい』

 アンナの事を何処まで調べ上げていたかは分からないが、ロランは彼女にそう話した。更に弟のキースが騎士団員で伝令係を務めている事を踏まえて話をしている。

『君達の協力が不可欠なんだ。大丈夫、大それた事を頼む訳じゃないからさ。アンナ、君はただシーラに関して報告をしないだけ、ただのそれだけだよ。毎日の兄さんへの報告で"特別変わった事はございません"そう答えるだけだ。ね、簡単だろう? 君の弟くんには、たった一回だけ指定された日に兄さんを城に誘導して欲しいんだ。ほら、これだってとっても簡単だ。難しい事なんて何一つない。でもさ、簡単だけどこれは凄く重要な事なんだ。君達にしか成し遂げられない。……この国の未来は君達姉弟きょうだいに委ねられている』

 その様な事を言ったという。こんな話を王子であるロランから直接言われれば大凡どうなるかなど想像に容易い。きっとリヴィエに恨みをもつアンナは自分がまるで正義の勇士にでもなった様に錯覚したに違いない。自分がリヴィエの悪魔からブルマリアスを救うのだと。

「姉さんから呼び出されたら、そこにロラン様がいたんです。嘘の報告で団長を呼び出す様に言われて……勿論始めはそんな事は出来ないと拒否しました! でも姉さんに説得されて……。僕は母が病弱だったので幼い頃からずっと姉さんが僕の面倒を見て来てくれたんです。母さんが死んだ後も自分の事で手一杯なのに、僕の事を何時も気に掛けてくれていました。だから、僕は姉さんには逆らうなんて出来なくて……」


 そもそも事の発端は、シーラを雇い入れた事だ。何の前触れもなく、ある日国王である父に呼ばれたかと思えば、侍女の雇い入れを要求された。始め何を言っているのか理解が追い付かず困惑をした。何故父が使用人の雇用に口を出すのかと。

『知人が娘の奉公先を探しているらしくてな。悪いがお前の所で世話をしてやって欲しい』

 そんなのは城で働かせれば済む話だろうと思うが、父の言葉は提案やお願いではなく決定でありレアンドルに拒否権はない。
 父自ら口を出してくる理由は幾つか考えられた。侍女とは名ばかりの有力貴族の娘で、レアンドルに何れ妻として充てがおうとしている。またはベルティーユを監視する為、若しくは排除する為……様々な憶測が立てられた。
 兎に角急な話であり、数日後には屋敷にその娘を寄越すと言われたレアンドルは、早急に対策を迫られる事になった。ただ時間もなく思惑が分からない以上適切な対処には限界がある。あからさまに行動を起こせばどうなるかも予想すら難しい。そこで昔から信頼を寄せている叔父のジークハルトに相談をし、フォートリエ家から侍女を借り受ける事となった。それがアンナだ。

 無論何もせずに手を拱いていた訳ではない。父が寄越したシーラという侍女の素性の洗い出しは行った。ただかなり難航をした。ようやく掴めたのは何処ぞの田舎貴族の娘という情報だったが、これはガセだった。よくよく調べれば、そんな貴族など存在すらしなかった。予め調べられる事を予想して作られた情報だろう。だがそれからは幾らシーラを調べても何も掴む事は出来ずにいた。


「団長……自分はどうなっても構いません‼︎ でも、姉さんだけはどうかお赦し下さい、お願いしますっ……」

 真相を話し終えたキースは、レアンドルの前で頭を床に擦り付け嘆願する。
 まさかキースとアンナが姉弟だったとは流石に驚いた。そしてキースの裏切り行為の元凶ともいえるだろう。

「レアンドル殿下……アンナは、私が以前からベルティーユ様の事を可愛がっていた事を快く思っていなかったそうなんです。迂闊でした、屋敷でも息子と一緒によくベルティーユ様の話をしていたので……今回の事、主人である私の責任です。レアンドル殿下、どんな処分も受ける覚悟です。ですのでアンナをお赦し下さい」


 彼女がベルティーユの元を息子を伴いよく訪ねているのは知っていた。
 弟達二人の事は除外するが、正直ブルマリアスの人間でリヴィエの人間に好意的な者はいないに等しい。アンナが特別な訳ではない。ヴェラやホレスの様な例外もあるが、大なり小なり不満や憎しみを抱えている者が大半だ。だからこそ信頼出来るフォートリエ家から人選したのだが、やはり安易だった。
 それにサブリナの母国は中立国であり、長い間戦とは無縁の平和な国だ。彼女自身は確りとはしているが、そもそも考え方の違いやそういった発想そのものがないだろう。

 サブリナがこの国に嫁いで来たのは今から約八年から九年程前の事だ。その際に新たに雇い入れた使用人の内の一人がアンナだった。母親を亡くし田舎から城下へとまだ子供だった弟のキースを連れて出て来たばかりだったそうだ。彼女は仕事を探しており、たまたまフォートリエ家の使用人の話を聞きつけやって来た。詳細は省くが弟がいる事を知ったサブリナが、夫のジークハルトに相談しそれならばと騎士団に迎え入れたという経緯だ。当時の騎士団の団長はまだジークハルトであり、レアンドルはそんな事は全く知りもしなかった。
 そして今回、キースがあの様な行動に出たのは姉から嘆願を受けたからだ。話によれば、アンナの父親は彼女が子供の頃に戦で亡くなっている。父親は所謂名もなき兵士であり、記録などは何処にもない。それ故にリヴィエの人間に殺されたかは正直アンナも分からないと話しているらしいが、リヴィエが関わっているのは明白だろう。ブルマリアスとリヴィエは、基本的に間接的な戦が主流だ。それにはリヴィエが島国でありブルマリアスが手を出せない事に理由がある。その為、大陸にあるリヴィエの友好国が代理戦争を担っているのが現状だった。それ故にブルマリアスに牙を剥くのは十中八九リヴィエと関連のある国と言っても過言ではない。
 アンナは自分の父親がリヴィエとの戦さで亡くなり、リヴィエに殺されたと憎んでいる。病弱な母親と赤子の弟と残されて大分苦労をしたという。不憫な話ではあるが、良くある話でもある。それにだからと言って今回の事を無罪放免とは出来ない。
 
「サブリナ様、貴女はベルティーユを助けて頂いた恩人です。心から感謝しています。そんな貴女を罰したと彼女に知られでもしたら、俺が嫌われてしまいますよ」

 冗談混じりに話してはいるが、彼女には本当に感謝をしている。ベルティーユをクロヴィスから救い出してくれた。本来ならば自分がその役目を果たしたかった、いや果たさなくてはならなかったのだ。だが遠征に出ており物理的も、彼女が惨い扱いを受けている事すらも知る由もなかった。今更悔いた所でどうしようもないが、たまに思い出してはやるせない気持ちになる。もっと早く救い出してあげたかった。そうすれば、あんなにも彼女が傷付く事はなかった筈だ……。

「キースとアンナの処遇はこれからじっくりと考えさせて頂きますので、時間を下さい。それよりシーラの行方が気になります。キース、ロランは他に何か言っていなかったか」

 今回の首謀者はクロヴィスではあるが、ロランが関わっていると意味合いが大分変わってくる。

「いえ……僕はただロラン様の指示に従っただけで、それ以上の事は教えて頂いてません」
「その言葉に嘘偽りはないだろうな」
「はい」

 真っ直ぐに迷いなく返答をする様子に、嘘を吐いている様には見えない。取り敢えずは信じる事にする。それにもし何か知っていた所で、瑣末な内容程度だろう。重要な話をロランがキースにする筈がない。ただ念の為に確認しただけだ。

「だがまあ何だ、ロランの思惑が分からない以上、今後どんな動きを見せるか予想が出来ないのは事実だな。これまで以上に慎重になる必要がある。クロヴィスの方は拘束して今は城の牢に入っていると報告を受けているが……レアンドル、これからどうするつもりだ?」
「これから父上に会ってこようかと思っています」

 今回の件、向こうは入念に時間を掛けて準備してきた筈だ。だが此方は突然仕掛けられて、情けない話だが対処が間に合わなかった。結局シーラの素性を掴む前に事を起こされ逃げられてしまったというお粗末な結果になってしまった。
 レアンドルは今日フォートリエ家に来るまでは、ベルティーユに執着しているクロヴィスが首謀者だと考えていた。だが実際に指示を出していたのはロランだった。確かに二人は仲が良かったが、クロヴィスの為に此処までするだろうかと疑問に思う。そしてもう一つ腑に落ちないのが、国王だ。シーラの話を持って来たのは紛れもなく父だ。クロヴィスかロランに頼まれたのか、若しくは……本当の首謀者かーーいや、流石にそれは考え過ぎかも知れない。どちらにせよ、会って話をしなくてはならない。

 キースとアンナの処遇が決まるまで二人の身柄はジークハルトに任せる事にして、レアンドルは城へと向かった。

 
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