冷徹王太子の愛妾

月密

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六十二話

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 潮風が頬を掠める。
 翌朝、柔らかな日差しが降り注ぐ中レアンドル達は港に来ていた。

 港には大型船が二隻停泊していた。一隻はリヴィエの船で、もう一隻はブルマリアスが所有している船だ。
 
「兄さん、じゃなくてロランだった」

 頭から外套マントを被り含み笑いしているのはロランだ。そして今はレアンドルに扮している。
 朝起きて来たロランを見て目を見張った。何故なら髪の色が銀色へと変わっていたからだ。それにレアンドルよりも背が低いのを誤魔化す為に厚底の靴を履いていた。
 ベルティーユなどその姿に呆気に取られて暫し固まっていた。
 腹違いとはいえやはり血を分けた兄弟だ。顔立ちは似ている。高々髪を染めただけかも知れないが、意外とレアンドルも自分に似ている事に驚いた。

「はぁ……これは、遊びじゃないんだ」
「分かってるって」

 相手側に不審に思われない様にレアンドル自身もその他の団員等も残らず外套マントを頭から被った。
 ベルティーユは必要ないのだが、彼女も「お揃いですね」と言って着る様子は可愛かった。
 
「さて、来るよ」

 ロランが呟くと、リヴィエ側の船から数人降り此方へと向かって来た。そしてレアンドル達の前で立ち止まると、兵士等の中心にいる男が声を掛けてきた。風貌的に船長だと思われた。

 


「では、向こうでお会い致しましょう」
「っーー」

 リヴィエ側の要求はレアンドルとベルティーユは彼方側の船に搭乗する事だった。一度は断ったが、要求を飲めないなら話し合い出来ないと突っぱねられた。

「やはり、俺が一緒に乗る」
「ダメです。何の為にロラン様と入れ替わっているんですか。こういう時の為ではないんですか? 大丈夫です。護衛の方達もいらっしゃいますから」

 そう言って彼女はロランと数人の護衛をつれてリヴィエ側の船に乗った。
 今レアンドルはロランだ。別れ際、抱き締める事すら許されないのが耐え難かった。
 




◆◆◆



 甲板に出て潮風に当たり懐かしさにベルティーユは目を細めた。

「海の風って気持ちいいんだね」
「ロラ……レアンドル様」

 思わず名前を間違えそうになるが、慌てて言い直すとロランに笑われた。

「大丈夫だよ、今は俺達しかいないからさ」
「はい」

 甲板の出入り口付近に護衛がいるが、リヴィエ側の兵士の姿はない。まあ海の上なら一々見張る必要はないのだろう。その為、船が出航してから数日経つが割と自由にさせて貰えている。
 ふと後方を見ればレアンドル達が乗っているブルマリアスの船が視界に入った。一定の距離を取りながら後をついて来ている。

「心配?」
「まあ……」
「あの兄さんを心配する人間がこの世にいる事が俺は驚きだよ」
「どういう意味ですか」
「だってさ、冷酷非道とか剣豪と恐れられている人だよ? そんな人の心配とかいらないでしょう」

 少し戯ける様に話す彼に昔の彼が重なった。その事に妙に切なくなる。

「ですが、ロラン様だってレアンドル様が心配だから代わりを買って出て下さったのではないんですか?」

 レアンドルが言っていた通り下手をしたら首を刎ねられてもおかしくない。彼の立場は今はそれだけ不安定だ。そんな危険を冒してまで態々つきて来た。

「違う。これは自分なりの罪滅ぼしだからそんな美談なんかじゃない。それに兄さんに何かあれば、ベルが悲しむから……」
「……」
「赦して貰えるとも欲しいとも思ってはいない。そんな立場じゃない事くらい分かっている。でも死んだクロヴィス兄さんの分まで俺が罪を背負っていくって決めたから……。きっと兄さんが生きていたら同じ事をしていた筈だ。だから俺は来たんだ」

 ロランの横顔は切なくそして強い意志が汲み取れた。
 不意にクロヴィスやロランと共に過ごした日々が蘇り泣きそうになってしまう。
 
「ごめん、ベル…………。でもどうすれば良かったのか、今でも分からないんだ」

 きっとそれは彼だけじゃない。
 もし時間を巻き戻せてやり直せたとしても、どうすれば良いのかベルティーユにだって分からない。きっとレアンドルもクロヴィスもブランシュも、シーラやアンナだって皆そうだ。後悔すら出来ない程無力だ。だから前を向くしかない。

「それ昔から持ってたよね」

 暫し互いに黙り込んでいたが、ベルティーユが懐からブローチを取り出すとロランが興味津々に見て来た。

「母の形見なんです」
「……」
「私が幼い頃、母は外交先で殺されたんです」

 身体を悪くした父の代わりに母はよく外交へと赴いていた。

「リヴィエでは死者は船に乗せる事は許されません。島の外で亡くなれば二度と還る事は出来ない。だから母が戻って来る事はなかった……。一緒に行った側近が、このブローチを一つだけ持ち帰ってきて私に手渡しました」

 あの時、まだ五歳だったが今でも鮮明に覚えている。
 帰って来たら香り袋の作り方を教えてくれると母と約束をしていた。母の帰りを指折り数えて待ち続け、母を乗せた船が帰還すると聞き兄や幼い弟を連れ港へと向かった。だが船から母が降りて来る事はなく憔悴した側近から手渡されたのがブローチ一つだった時は訳が分からなかった。兄は歯を食い縛り顔を伏せ、弟は大きな船に興奮して笑っていた。大人達は誰もが黙り込み、波音だけがやけに耳についた。

『お母さまは?』

 そんな中、ベルティーユが発した言葉に側近はその場に崩れ落ち身体を震わせながら地べたに額を擦り付け涙ながらに謝り続けていた。


「……ごめん」
「どうしてロラン様が謝るんですか?」
「だってベルの母親を殺したのは……ブルマリアスの人間なんだろう」

 敢えて言わなかったが、ロランには分かってしまった様だ。

「もう、昔の事です」
「皆がベルみたいだったら良かったのに……俺も兄さんも皆……」
「ーー」

 泣きそうな彼の横顔に何も言えなかった。

 
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