冷徹王太子の愛妾

月密

文字の大きさ
64 / 78

六十三話

しおりを挟む

 甲板に出て潮風に当たる。普段海など訪れる機会は余りなくとても新鮮だ。

 港を出航してからもうすぐ十日程になる。情報によればもう間も無くリヴィエへと到着する筈だ。
 レアンドルは前方に見えているリヴィエの船を凝視し眉根を寄せる。彼女は無事だろうか……。出航してから何度後悔したか分からない。やはり入れ替わりなどするべきではなかった。

「心配ですか?」
「ルネか……」
「大丈夫ですよ。彼女はリヴィエの王妹なんですよ? 無下に扱う筈がありません」
「そんな事は分かっている。だがリヴィエが一枚岩とは限らない」

 懸念しているのはその部分だ。
 暫し黙り込み考え込んでいた時、ルネが声を上げた。

「レアンドル、あれを見て下さい!」

 ルネが興奮した様子で指差す先には、まだハッキリとは見えないが島の一部が姿を現した。

「あれが、リヴィエ……」

 徐々に近付いて行き、島の輪郭が露わになり鮮明になっていく。
 
(ベルティーユの故郷か……)


「うわっ⁉︎」
「何だ⁉︎」

 その時だった。船が大きく揺れレアンドルとルネは手摺を掴む。

「団長! 甲板は危険です、中へお戻り下さい‼︎」

 二人は団員の声を受け急いで中へと戻った。

「一体どうしたんだ」

 操舵室へと向かうと騒然としていた。
 レアンドルが船長に声を掛けると難しい顔で口を開く。

「急に潮の流れが変わった様です。それに……」
「船長っ‼︎ このまま前進するのは危険です‼︎ 渦に引き摺り込まれます‼︎」

 必死に操舵手が舵を取るが、船は大きく揺れ動き思う様に進まない。足を踏ん張るものの、立っているのが困難な程だ。
 レアンドルは壁に手を付き身体を支えるが、ルネは床に這いつくばっている。他の船員等も手摺にしがみ付いていた。

「リヴィエの船はどうなっている⁉︎」

 その言葉に船員の一人が慌てて双眼鏡を取り出し、前方にいるリヴィエの船を確認した。

「問題ありません! もう間も無く入港する様です!」

 此方の操縦ミスかそれとも意図的に嵌められたか……。
 何方にせよ、これ以上は進めないだろう。

「陛下、このままでは船が転覆してしまいます」

 冷静な船長の言葉にレアンドルは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ「退避する」と告げた。
 
 
 

◆◆◆

「っ……」
「ベル、大丈夫?」
「少し気分が悪いだけですので、少し休めば治ります」

 ベルティーユはロランに支えられ端に寄り腰を下ろした。するとロランが護衛に頼んでくれた様で水を持って来てくれた。
 暫くそのまま休んでいると気分は良くなった。

「ベル、見て」

 ロランの声に顔を上げると、遂に島が見えて来た。


 ベルティーユは足で確りと地面を踏み締める。

(私、帰って来たのね……)

 あの日から八年近く経とうとしている。
 和平を信じる一方で、もう二度と帰れないと思う事もあったが……帰って来れた。

「ベル?」
「あ……申し訳ありません」

 ベルティーユは、ロランの声に我に返った。
 思わず感傷に浸ってしまったが今回の目的は里帰りではない。気を引き締めなおす。

 港には複数の兵士等が待ち構えていた。その中に明らかに風貌の違う男が一人紛れている。ベルティーユ達が男の前で立ち止まると、彼は正式な礼を取った。

「お帰りなさいませ、ベルティーユ様」

 モーリス・ラロ、リヴィエの高官だ。
 ベルティーユが人質になっている間、面会に来ていた人物でベルティーユは彼に信頼を寄せている。
 
「えぇ、ただいま戻りました」

 モーリスは一度顔を上げると今度はロランへと向き直り頭を下げた。

「ブルマリアス国王陛下殿、遠路遥々お越し頂き感謝致します。私はモーリス・ラロ、リヴィエ国王の側近を務める者でございます」

 挨拶を終えその場から移動する様に促されるが、ベルティーユは海を振り返り動けないでいた。
 
(ブルマリアスの船が、動いていない……)

「モーリス、ブルマリアスの船は……」
「どうやら入港を断念した様ですね」

 ベルティーユが問いかけると、モーリスではなく船が降りて来た船長が嘲笑し答えた。それを見て即座に理解した。

「初めから、入港させるつもりはなかったという事ですか」

 睨みつけると鼻で笑われた。

「ベルティーユ様、お気持ちは分かりますが今は堪えて下さい。話し合いはブルマリアス国王陛下殿がいらっしゃれば行えます」
「モーリス、ですが……分かりました」
 
 納得は出来ないが、今は引き下がる他ない。こんな場所で揉めた所で不毛なだけだ。
 ベルティーユ達はモーリスの後に続き、迎えの馬車に乗り込んだ。
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

私の意地悪な旦那様

柴咲もも
恋愛
わたくし、ヴィルジニア・ヴァレンティーノはこの冬結婚したばかり。旦那様はとても紳士で、初夜には優しく愛してくれました。けれど、プロポーズのときのあの言葉がどうにも気になって仕方がないのです。 ――《嗜虐趣味》って、なんですの? ※お嬢様な新妻が性的嗜好に問題ありのイケメン夫に新年早々色々されちゃうお話 ※ムーンライトノベルズからの転載です

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

代理で子を産む彼女の願いごと

しゃーりん
恋愛
クロードの婚約者は公爵令嬢セラフィーネである。 この結婚は王命のようなものであったが、なかなかセラフィーネと会う機会がないまま結婚した。 初夜、彼女のことを知りたいと会話を試みるが欲望に負けてしまう。 翌朝知った事実は取り返しがつかず、クロードの頭を悩ませるがもう遅い。 クロードが抱いたのは妻のセラフィーネではなくフィリーナという女性だった。 フィリーナは自分の願いごとを叶えるために代理で子を産むことになったそうだ。 願いごとが叶う時期を待つフィリーナとその願いごとが知りたいクロードのお話です。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】夢見たものは…

伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。 アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。 そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。 「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。 ハッピーエンドではありません。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

処理中です...