冷徹王太子の愛妾

月密

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六十四話

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 扉を開けるとそこは全く変わっていなかった。
 
 あの後城に到着するとベルティーユだけロラン達とは引き離され、この部屋に連れて来られた。

「私の部屋……」

 あの日の記憶のまま変わらない部屋に胸が締め付けられる。

「ずっと、そのままにしていてくれたのね……」

 ベッドも机も椅子も、カーテンも置物なども全てあの日のままだ。懐かしさに目を細める。
 窓の外を見れば、遠くに街並みや海が見える。ベルティーユは暫く景色を眺めていた。すると部屋の外が騒がしくなる。足音が段々と近付いて来て、一際大きく響いたと同時に扉が勢いよく開いた。

「姉上ー‼︎‼︎」

 現れたのは白金髪の蒼眼の少年だった。
 息を切らしフラつきながらもベルティーユを凝視している。その様子から必死になって走って来た事が窺えた。

「マリユス、なの?」
「っ‼︎」

 恐る恐る問いかけると彼はくしゃりと顔を歪ませ、今にも泣き出しそうな顔をする。そんな姿に目の奥が熱くなり唇をキツく結んだ。

「そうです、貴方の弟のマリユスです‼︎」
「そう……大きくなったのね」
「姉上っ‼︎」

 マリユスはベルティーユを掻き抱いた。
 身体を震わせ堪え切れなくなったのか幼子の様に声を上げ泣き出す。

「マリユス……」
「姉上っ、ご無事で良かった……僕、もう二度と会えないかと思って……」

 泣き噦る弟の頭を撫でると逆効果だったらしく、更に大泣きをする。
 ベルティーユは苦笑しながら弟が落ち着くまで頭や背中を撫で続けた。


「取り乱してしまい、すみませんでした……」

 一時間近く飽きる事なく泣き続けたマリユスは、ようやく落ち着きを取り戻し椅子に座った。
 恥ずかしいのか俯きモジモジとしている。

「ふふ、泣き虫な所は変わらないのね」
「ゔっ……」
「でも一瞬、誰だか分からなかったわ」

 最後に会った時、弟はまだ八歳で背もベルティーユより全然低かった。だが今は見上げなくては目を合わせる事も出来ない。
 何だか切なくなった。マリユスの成長が、八年近くという歳月が如何に長いものなのかを物語っている様に思えた。

「手紙ありがとう。貴方やお兄様からの手紙が届くのを何時も心待ちにしていたの。お兄様は変わりない?」
「……」
「マリユス?」

 平然を装ってディートリヒの事を聞いてみたが、内心は心臓が煩いくらい脈打っていた。
 マリユスは眉根を寄せベルティーユから目を逸らす。その様子だけで返答を聞く必要がなかった。

「……姉上が居なくなって、毎日寂しくて仕方がありませんでした。でも必ず帰って来ると信じていました。そんな中で僕も兄上もそれなりに穏やかに過ごしてはいたんです。ただ、二年くらい前におかしくなって」
「ブランシュ王女が亡くなったから」
「っ……」

 弾かれた様に此方を見るマリユスに、ベルティーユは小さく頷いて見せた。

「実は……兄上とブランシュ嬢は、恋仲だったんです」
「⁉︎」

 意外な事実に思わず息を呑んだが、だが妙に納得をした。

(お兄様の怒りの在処は……)

「兄上は、ブルマリアスと無事和平条約を結ぶ事が出来たなら、ブランシュ王女に正式に結婚を申し込むってずっと話していました」

 不思議だった。あの兄が命を狙われたくらいで和平を突っ撥ね一切交渉に応じる事もなくなりブルマリアスに激しい怒りを露わにした。
 兄は良くも悪くも本当に寛大な人だったのにのに……そうずっと引っ掛かっていたが、ようやく腑に落ちた。

「お兄様は、ブランシュ王女を心から愛していたのね」

 それ故に赦せなかったのだろう。彼女を利用して自分を殺させようとした事が。
 ベルティーユがブランシュと会ったのは、人質交換の際のほんの一瞬だけだ。だから彼女の事は何も知らないし分からない。だがクロヴィスやロラン、シーラの話から分かる事が一つだけある。

 とても優しい人だったーー。

 そんな人が人を殺す事を命じられ、尚且つ恋仲になった人を殺さなくてはいけなかった。
 勿論油断させて殺す為の演技だったかも知れない。だが最期にディートリヒに真実を告白し、自ら命を絶った事を考えると彼女もまたディートリヒを愛していたと思うのが自然だろう。

「ブランシュ嬢が亡くなってから兄上はおかしくなってしまった……。上手く言えないけど、怖いんです。それに姉上の事も……」
「私?」
「あ、違っ……何でもないんです!」

 慌てて訂正するが、聞いてしまったからにはそのままには出来ない。ベルティーユは渋るマリユスから真相を聞き出した。

「そう、お兄様がそんな事を……」

 正直あの手紙でも違和感を感じていたのでそこまで驚きはしなかった。だがやはり悲しくはなってしまう。

(裏切り者、か……)

「僕は、兄上の本心ではないと思います! 今はまだブランシュ嬢の事で心を病んでいて、それを姉上へとぶつけてしまっているだけで……。だから、その……」
「ありがとう、マリユス。私なら大丈夫よ。それにブルマリアス国王の妾である事は事実だから……。でもね、私はリヴィエを裏切ったつもりはないわ。それだけは分かって」

 本来ならば経緯を話すべきかも知れない。だがまだ子供のマリユスには精神的負荷が大きい過ぎる。それに昔から弟は姉思いの優しい子だったから言いたくない。
 たった一歳で母を亡くし、物心ついた時には父はずっと病で床に伏せていた。その父も七歳の時に亡くなった。
 寂しい思いをしない様にベルティーユは何時も弟と一緒にいた。だからか、自分でいうのもなんだが姉ベッタリに育ってしまった。ベルティーユがリヴィエから離れる時も、弟は泣き噦り手が付けられなかった。可哀想だと思ったが、どうしようもなかった。

「僕は姉上が裏切ったなんて絶対に思っていません! 僕は姉上の事をずっと信じて帰りを待っていたんです。確かにブルマリアスの王太子の妾になったと聞いた時は、正直驚いたし悲しかった。でも、それ以上に姉上が生きていてくれた事が嬉しかった」

 歯を食い縛り泣くのを我慢しているマリユスにベルティーユも釣られそうになってしまう。だが今は泣いている場合ではない。

「姉上……お帰りなさい」
「ただいま」

 ベルティーユは再び弟と熱い抱擁を交わした。
 

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