冷徹王太子の愛妾

月密

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六十五話

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(どうにかして、ロラン様を探さないと……)

 それとなくマリユスに聞いてみたが、知らないと言われた。とても嘘を吐いている様には見えなかった。
 ロランには悪いがやはり入れ替わって正解だったと思う。初めからブルマリアスの船の入港をさせるつもりはなかった事を考えると、ロランの身が危ない。それにマリユスの話を聞いて確信をした事がある。ディートリヒは端から話し合いなどするつもりはないのだろう。多分これは罠だ。
 ベルティーユは責任を感じ後悔をしている。
 兄を信じるべきではなかったーー。


「我が妹ながら穢らわしい」

 マリユスが部屋から下がり、入れ違いにディートリヒがやって来た。そして開口一番に「ブルマリアスの王の隷属になったか」と冷笑された。
 実に約八年に振りの再会だったが、兄は別人の様だった。ベルティーユの知るディートリヒはこんな笑い方が出来る人間ではなかった。曲がった事を嫌い正義感に満ち溢れ、少し優し過ぎて頼りなさを感じる事もあったがそんな兄を心から尊敬していたし、何より大好きだった。
 そんな兄にもう一度会いたかった。だが今は会った事を後悔さえしている。会わないままなら、ずっと兄を尊敬して好きなままでいられた。幻滅なんてする事もなかっただろう。

「リヴィエの王族としての誇りを捨て、命惜しさにブルマリアスの王太子にその身を差し出し売女に成り下がった裏切り者の妹など吐き気がする」
「お兄様、聞いて下さい。私はリヴィエを裏切ったつもりはありません!」

 必死に訴えるがまるで聞く耳を持って貰えない。
 ディートリヒの蔑んだ冷たい視線が突き刺さり息苦しさを感じる。

「裏切り者の話など聞くに値しない。ブランシュはね、六年の間ずっと悩み苦しんできた。なのにお前ときたらなんだ? 温温と苦労もせずに過ごし、挙句我が身可愛さに敵国の王太子の妾に成り下がっただと? ふざけるなっ! 彼女はね、苦しみながらも最期まで誇り高く立派だった! どうして同じ立場だったお前だけ何の苦しみも知らずのうのうと生きている⁉︎」

 その瞬間頭が真っ白になった。

(私は死んだ方が、良かったの……?)

 何の為に人質として耐え抜いたのか、その意味も分からなくなってしまう。兄や弟、リヴィエの民の為にと信じて生きて来た。もう一度皆に会える日を願いながら……だがーー。

「恥晒しが‼︎」

 それは間違いだったのだろうか……。

『すまない、ベル。まだ幼い君にこんな事を強いるなんて……無力な兄を赦して欲しい』

 ベルティーユの知る優しかった兄はもう何処にもいない……。
 今目の前にいる男は愛する人を喪い復讐に身を堕としたただただ哀れな人、それ以外の何ものでもない。悲しいがそう思い知らされた気がした。

「……ブルマリアスとの和平はどうなさるのですか」
「そんなもの疾うの昔に向こうから裏切り破棄しただろう。今更応じるつもりはない」
「ならあの手紙は」
「あんなのはブルマリアスの王を誘き寄せる為の餌に決まっている。だがこんな見え透いた罠に引っ掛かるなど、新王は余程の愚か者な様だね」

 次々に突きつけられる現実に心が折れそうになってしまう。だがどうにかしてディートリヒを説得しなくては和平は成せない。
 ベルティーユは悲しみを押し殺し、懸命に思考を巡らせる。

「私怨で民を不幸にするのですか」
「何だと?」
「今回の事、確かにブルマリアスに非があるといえます。ですがこれからのリヴィエの事を思えば和平に応じるべきです。不毛な争いを続ければ、嘆き苦しむのは民達です。それにリヴィエは他国を巻き込み犠牲にもしています。私にリヴィエの王族としての誇りを捨てたと仰っておりましたが、貴方こそリヴィエの王としての誇りや責務はどうなさったのですか? 愛した人を理不尽に亡くし悲しくて辛くて腹立たしいのかも知れません。赦せない気持ちは分かります。ですが、国や民の事を思うならば何が最良の選択か分かる筈です。争いからは何も生まれないーー違いますか?」

 昔のディートリヒの口癖をベルティーユは敢えて口にした。
 短絡的だが、あの頃の思いを少しでも思い出して欲しい一心だった。

「う、煩いっ! 裏切り者が、生意気な口を利くな‼︎」

 だがやはり効果はなく、ディートリヒは逆上し部屋を出て行ってしまった。
 一人になった部屋でベルティーユは暫し呆然と立ち尽くす。
 ふと頭に浮かんだのは、クロヴィスの事だった。ディートリヒも彼と同じだ。もうあんな悲劇は見たくない。

(私は、どうしたらいいの……。どうすればーー)
 
 弱くて情けない、無力な自分が嫌だ。
 ベルティーユは涙が溢れそうになり、慌てて目元を押さえた。
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