冷徹王太子の愛妾

月密

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六十八話

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「なんか、じめじめするな」

 ブルマリアスとは気候が違い変な感じだ。地下だから余計かも知れない。
 下船した後、城まで連れて来られたまでは良かったが入城した途端ベルティーユとは引き離されロランや護衛はこの地下牢に放り込まれた。
 一応今はロランがブルマリアスの王という事になっているのに随分と雑な扱いをするものだ。

 薄暗く今が朝か夜かも分からない。
 無論地下故窓がないので時間を測る事が難しいが、食事回数や見張りの交代の様子からして十日以上は経つと思われる。
 どうやらリヴィエの王は話し合いなど端からするつもりはないらしい。
 拘束して一体何をしたいんだと思っていたが、昨夜彼の側近が訪れ三日後公開処刑を行うと告げらた。その瞬間、妙に納得をしてしまう自分がいた。そして安堵する自分さえも。
 もし入れ替わっていなければ、レアンドルが処刑される所だった。
 今回のリヴィエ王の裏切りはブルマリアスとの間にまた深い溝を作るだろう。だがレアンドルが処刑された場合、その溝は修復不可能となる。だが生きてさえいれば、時間は掛かるが何時かまた歩み寄れる可能性は残る。何年何十年、いや何百年先になるかも知れないが、僅かでも可能性が残っていれば希望は失われない。それで良い。
 後の事は優秀な兄が何とかするだろう。自分の役目は此処までだ。

(少しは、役に立てたかな)

 壁に身体を凭れ掛け目を瞑る。

『リヴィエでは死者は船に乗せる事は許されません。島の外で亡くなれば二度と還る事は出来ない』

 ベルティーユの言葉が蘇る。
 それは逆も然りだろう。
 自分もブルマリアスへと還る事は出来ない事を意味するが、どの道処刑されるのだからご丁寧に遺体を引き渡したりはしないだろう。
 遺体は確りと腐敗処理すれば長期間保存出来る。だからブランシュの死後、その亡骸の引渡しを当然リヴィエへ要求をした。だがリヴィエ側が応じなかったのは風習も理由の一つだろう。まあそんな事は今更に過ぎない。

(ブランシュ、クロヴィス兄さん……シーラ、もう直ぐ逢えるから……)

 コツコツと靴音が聞こえロランは目を開けた。
 どうやら何時の間にか眠ってしまっていたらしい。
 
「遅くなりました」
 
 てっきり食事の時間か、もしくは処刑が早まり兵士等が迎えにでも来たのかと思ったが違った。
 ロランは現れた人物を見て目を見張る。

「ベル……」
「今開けますね」

 彼女は冷静にそう言いながら鍵を取り出すと、開錠してくれた。無論隣の牢にいた護衛達も助け出す。

「それで後ろの彼は?」
「弟のマリユスです」

 ロランは思わず笑った。
 成る程、どうりで似ている筈だ。
 顔立ちがそっくりな訳ではないが髪や瞳の色は同じで、なにより雰囲気が似ている。
 
「それにしても、随分と大胆だね。流石に不味いんじゃない?」

 助けに来てくれた事は有り難いが、これからどうするのかが問題だ。向こうは話し合いなどするつもりはないのだ。まさかこの広い孤島で追いかけっこでもするつもりだろうか。

「心配には及びません」
「どういう事?」
「今頃、レアンドル様がお兄様とお会いしている筈です。ですから私達も急ぎましょう」
 



◆◆◆


 ベルティーユ達の乗った船がリヴィエの港へと入港してからもう直ぐ十日経とうとしている。だが何もする事が出来ない。
 何度か島へと近付こう試みたが、何れも失敗に終わった。
 やはり他国の船や人間では、この渦潮を越える事は無理な様だ。

「ベルティーユ……」

 彼女は果たして無事だろうか……。
 レアンドルとロランの入れ替わりが露呈し立場が悪くなっている可能性が高く、正直こんな場所で呑気にしている場合ではない。
 無力な自分が情けない。

「レアンドル!」

 煩いくらいに部屋の扉を叩く音に眉根を寄せる。
 そしてまだ許可もしていないのにルネが勝手に中へと入って来た。

「こんな時間に何だ?」

 時計を見れば夜中の二時を過ぎている。

「それが、小型船が一隻近付いて来ているんです!」
「船だと」

 急いで外套を羽織り、ルネと共に操舵室へと向かった。

「どういう状況だ」
「陛下、それが島から旗を掲げた小型船が此方へと向かって来ております。月明かりのみで薄暗く断言は出来ませんが、恐らく白旗かと。今甲板に人をやり様子を確認させております」

 白旗……その言葉にレアンドルは眉根を寄せた。
 罠か、それともやはりベルティーユ達に何かあったのかも知れない。


「ブルマリアス国王陛下殿でござますね。私はモーリス・ラロ、リヴィエ国王の側近を務める者でございます」

 聞き覚えのある名に思考を巡らせる。
 モーリス……確かベルティーユの面会に来ていた男だった筈だ。それにしてもーー。

「要件は何だ? 態々苦情でも言いに来たか?」

 彼の言動からロランが偽者だと露呈しているのは確実だ。今更誤魔化すだけ無駄だろう。

「陛下はまだ貴方様と彼が入れ替わっている事には気付いてはおりません。彼は今牢に入れられておりまして、三日後には処刑が決まっております」
「っ‼︎」

 可能性を考えなかった訳ではないが、流石にそんな軽率な事はしないと高を括っていた。穏健な思想の持ち主だと聞いていたが、どうやら違った様だ。

「それを知らせる為だけに来たという事か?」
「滅相もございません。私は貴方様をお迎えに上がった次第です」
「そんな話を聞かされて俺が貴殿についていくとでも?」
 
 口では否定的に話しているが、レアンドルの内心は違った。
 どんな理由だろうと、リヴィエへと入国出来るならば罠だろうが関係ない。今レアンドルが恐れている事はこのまま何も出来ず、自国へと帰らなくてはならなくなる事だ。

「信用頂けないかも知れませんが……私は貴方方の味方です。延いてはベルティーユ様の味方と言った方が良いかも知れません」
「……」
「時間は余りございませんが、少し私の戯言をお聞き頂けますでしょうか」

 時間にして十分程、モーリスからの話をレアンドル達は真剣に聞いた。
 簡単に言えばベルティーユや現リヴィエ国王の兄や弟の話だ。
 
「その時、私は誓いを立てました。私の命はベルティーユ様方の為にお使いすると」

 三兄弟姉妹きょうだいの為に人生を捧げてきたと話す彼は、選択を迫られディートリヒではなくベルティーユを選んだ。それが国にとっても最良だと判断したと言う。

「無礼は承知の上ですが、今一度機会をお願い致します。リヴィエ国王にお会い頂けないでしょうか」

 レアンドルは悩むフリをしつつ了承をした。


 
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