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六十九話
しおりを挟む夜が明ける前に船を入港させると言い、モーリスは操舵手と代わり自ら舵を取った。
そんな彼の後ろ姿を眺めながらレアンドルは先程の話を思い出す。
リヴィエでは死者を船に乗せる事は許されす、島の外で亡くなれば二度と還る事は出来ないそうだ。それ故にベルティーユは母の亡骸と逢う事は出来なかったという。
こんな世だ、戦など常時であり兵士が亡くなればその亡骸など持ち帰る事は略略ない。それと何等変わらない。
他所の国の風習に口を出す権利はないが……やるせなくなった。
きっと幼い彼女は深く傷付き、戦の意味をその身を持って感じただろうーー。
「此処がリヴィエか」
(そして彼女の故郷……)
彼の船を操る様は実に巧みだった。側で見ていた船長や船員等が食い入る様に見ていたくらいだ。ただ残念ながら素人のレアンドルにはその凄さや感動は実感しきれなかった。
そして驚く程簡単にブルマリアスの船は無事入港出来た。
リヴィエ入国するには、どうやら船に秘密があるのではなく単純に操縦の技術が必要らしい。
「夜が明ければ気付く者がおりましょう。皆様、お早くお願い致します」
心から信用した訳ではないが、だが今は彼に従うのが最善だろう。
レアンドル達はモーリスの後に続き、城へと急いだ。
「ラロ卿、これは一体……ゔッ‼︎」
他国からの侵入が不可能な為か、警備が異様に甘い。
城門前には数人の見張りの兵がいたが、その中の半数はモーリスの配下の様で仲間内で動きを封じていた。
「リヴィエは一枚岩ではない様だな」
想像よりも遥かに簡単に城内へと侵入出来た事に拍子抜けしてしまう。
それにしても、ずっと船内にいた所為で身体が鈍っている。肩慣らしでもしようかと思っていたが、出る幕はなさそうだ。
「情けない話ではございますが……。元々ブルマリアス国との和平条約に反対する者達もおりまして……。それに加えブランシュ様の一件から更に臣下から陛下への不信感は増すばかりでして、正直な所今のリヴィエの中枢は不統一でございます」
モーリスから衝撃的な話を聞かされた。
ディートリヒとブランシュが恋仲であった事や結婚の約束までしていたという。
かく言う自分も似た様な立場であるので何も言えない。ただ分かった事が一つある。
穏健主義かと思われたディートリヒの変わり様だ。確かにブルマリアスの裏切り行為は赦し難いものだろう。だが同じ国王の立場から言えば、寝首を掻かれるくらいの事は容易に想像は出来る。実際問題、敵国云々の話ではない。内輪でも良くある話だ。それに実害があった訳ではなく、言い方は悪いが結果敵国の姫が一人死んだという事だけだ。言葉にすれば酷い話だが、それだけの事で国を巻き込むには些か安易過ぎる。だが、ブランシュと恋仲であったら腑に落ちる。本来ならば私情を挟むべきではないが、もし自分が彼の立場でブランシュがベルティーユだったならば正気を保てる自信はない。
「リヴィエ国王にはこの事は説明してあるのか?」
「いえ、ございません。ただ謁見の間にてお待ち頂ける様には手配してございます」
「ベルティーユはどうしている?」
「後程、いらっしゃる筈です」
城内も外同様に手薄で、難なく目的の場所へと辿り着いた。
モーリスが重圧のある大きな扉を徐に開くと同時に、レアンドルは腰の鞘を握り締め前を見据えると中へと足を踏み入れた。
金色の髪と彼女と同じ蒼い瞳が無数の洋燈の灯に照らし出され、彼は玉座の前で佇んでいた。側には護衛や侍従等数人の姿もある。
「モーリス、こんな時間に私を呼びつけるなんて余程の事なんだろうね」
「陛下、お待たせ致しまして申し訳ございません」
レアンドルはゆっくりとした足取りでディートリヒへと向かい、数メートル手前で立ち止まった。
「随分と不躾な事だ。貴方もそう思われませんか? ブルマリアスの新王殿」
「どうやら全て承知の様だな」
「こんな小国でも、幸にして私には優秀な配下がおりますので直ぐに報告が上がってくるんですよ。それより無事入国出来て何よりです」
小馬鹿にした様に鼻を鳴らすディートリヒにレアンドルは顔を顰める。
「それで私に何用かな」
「リヴィエ国王、書簡にも認めた通り俺は謝罪と和平の話し合いに来た」
「知ってか知らずかは分からないが、あんなのは貴方を誘き寄せる為の罠だ。私はブルマリアスとは和平を結ぶつもりはない」
一見すると冷静に見えるが、その目を見れば分かる。かなり興奮している。余り刺激するべきではないだろう。話し合いにならなくなる。
「ディートリヒ殿、先ずは謝罪をさせて欲しい。リヴィエの誠実さを踏み躙る事をした事、本当に申し訳なかった」
「……謝罪されたとしても、もう遅い。彼女はいない」
「モーリス殿からお伺いした。ブランシュの事をとても大切にして下っていたと。ブルマリアス王としてではなく、兄として礼を言いたい」
「っーー」
ブランシュの名を口にした瞬間、ディートリヒの表情が歪んだ。恐ろしい程の形相で此方を睨みつけてくる。
「何が兄としてだ! 心にもない事を言うなっ! ブランシュは貴様等に殺されたも同然なんだ‼︎」
「仰る通りだ。ブランシュは前国王に利用され捨て駒にされた。そうとも気付かず何もしてやれなかったと今は悔いている。そしてそれは俺の責任でもある」
極力ディートリヒを刺激しない様に慎重に言葉を選びながらレアンドルは会話をする。
「貴様に彼女の苦しみが分かるか? 分からないだろう⁉︎ 人質として過ごしていた六年、どんなに辛かった事か……」
精神が不安定なのか、憤慨していたのが嘘の様に今度は項垂れ大人しくなった。
俯きながらブツブツと独り言を言っているが、良く聞き取れない。
様子のおかしいディートリヒにリヴィエ側の侍従等も困惑を隠せずにいるのが分かる。
仕えるべき主君がこんな様なら、どんな人間だろうと不信感を抱くだろう。国が乱れるのは当然だ。
「それに比べて妹のベルティーユは……温温と過ごし、挙句命惜しさに貴様にその身を差し出した裏切り者だ。アレはリヴィエの裏切り者だ! 穢らわしい売女だ‼︎」
「ーー」
(この男は一体何を喚いているんだ……。ベルティーユが温温過ごしてきた? 裏切り者? 売女、だと……?)
「何を言っているんだ。貴方の、妹だろう……」
怒りで震える腕を逆手で抑える。気を抜いたら鞘から剣を抜き斬りつけてしまいそうだからだ。
「あんなのはもう妹でも何でもない! 裏切り者だっ! 穢く卑怯で臆病者だ! どうしてブランシュが死んでアレが生きている⁉︎ ベルティーユが死ねば良かったんだ‼︎‼︎」
薄暗く広い謁見の間にディートリヒの声が響いた時、扉が開いたのが分かった。中へ入って来たのはーー彼女だった。
その瞬間、ディートリヒは剣を抜くとその剣先をレアンドルへと突き付けた。
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