冷徹王太子の愛妾

月密

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エピローグ

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 半年程前ーー。

「本当に隠居するのか?」

 これで一体何度目か分からない。いい加減耳にたこが出来そうだ。
 レアンドルが玉座を退く事を公言してからというもの、毎日様々な人間が入れ替わり立ち替わりやってきては同じ様な事を口にする。

「もう決めた事です」
「そうか、なら仕方がないな。だが皆酷く残念がっているぞ」

 珍しく真剣な表情を浮かべるジークハルトにレアンドルは苦笑した。

「俺の役目は終わりました。後は貴方の息子に託しますよ。アルフォンスは貴方と違って真面目で正義感もある。きっと俺なんかより、いい王になる筈です」
「おいおい、アルフォンスはまだ十六なんだぞ。隠居したって少しは力になってやってくれよ」
「退いた人間があれこれ口を出すべきじゃない。側近等は皆優秀で頼りになる。それに叔父上だっているんです。もう俺は必要ない」

 十年前、リヴィエとの和平条約を結んだ。それからは他国にも働きかけ、外交に力を入れて武力行使は廃止した。平和を掲げ近年では中立国に名を連ねる様になり政権も落ち着いて来た。
 ようやくだ。ようやく此処まできた。
 高々十年だが、レアンドルにとっては酷く長く……苦行の様に思えた。
 王として責務を果たせば果たす程、周囲からは期待を寄せられ更なる責務を求められる。そのいい例が妃だ。
 周囲からは妃を娶れと毎日の様に言われ続け、レアンドルはそれをのらりくらりと躱してきた。後継者はジークハルトの息子のアルフォンスと決めていたので、問題がないと何度説明をしてもその声が止む事はなかった。
 戦がなくなっても、人から野心がなくなる事はないと実感した。だが別に否定するつもりはない。ただ不愉快極まりなかった。

 俺は彼女以外を娶るつもりはないーー。

 
 あの日、彼女を喪った。
 ベルティーユはレアンドルを庇い、ディートリヒの剣に胸を貫かれた。
 未だに鮮明に覚えている。生々しいくらいに……息絶える彼女を抱き締めた手の感触を、身体から力が抜け落ちたその重さを。
 たまに夢に見てはうなされる。忘れる事など出来ない。忘れたくない。

『多分、ベルのお腹には子供がいた』

 ロランのあの言葉を聞いた時、気が狂いそうになった。
 今更だが思い当たる節はあった筈なのに、どうして気付かなかったのか……。
 自分の甘さや愚かさを責めて責めて、死にたくなった。
 後悔してもしきれない。やはりあの時、彼女を連れて行くべきではなかった……。そうすれば彼女が死ぬ事はなかった筈だ。無論お腹の子もーー。

 レアンドルはディートリヒを八つ裂きにしてやりたい程に憎んだが、彼女の思いを無駄にしない為にも耐えるしかなかった。
 それに彼は完全に精神崩壊を起こし一年後に自ら命を絶っている。

 この十年余り、いきようのない怒りや悲しみを抱えながらどうにか生きて来た。それも全て彼女との約束を果たす為だ。



 一ヶ月後ーー。

 レアンドルの退陣と共に、アルフォンスの戴冠式が執り行われた。
 若き新王の就任に、民は未来への期待や希望を抱き国中は祝福に包まれた。
 
 その後レアンドルは城から去り、かつて暮らしていた屋敷へと戻った。

「お帰りなさいませ」

『お帰りなさいませ』

 屋敷の扉を開けるとそこには、ホレスやヴェラが待っていた。
 一瞬昔の記憶が蘇り彼女が重なった。

「あぁ、ただいま」

 それからレアンドルは何をするでもなく平穏な日々を過ごした。
 そんな中、何をしていても彼女を思い出す。
 この屋敷の全てに彼女と過ごした記憶が刻まれているのだから当然だ。
 花が咲き誇る中庭や共に食事をした食堂も、ダンスを踊った広間、香り袋を作った彼女の部屋、愛し合った寝室……息苦しく心地が良い。

 そんな暮らしを続け半年が過ぎたが、ブルマリアスの新政権は安定し別段問題もない様で安堵した。これで本当に自分はお役御免だ。


「それでは私は下がらせて頂きます」
「……ホレス」

 ある夜、何時もと変わらない光景がそこにはあった。
 寝床を整えたホレスが、部屋から下がる。
 だが何時もと違い部屋から出て行こうとするホレスをレアンドルは呼び止めた。

「如何なさいましたか」

 レアンドルは黙り込み暫し彼を凝視すると、ゆっくりと口を開いた。

「お前には本当に感謝している。無論ヴェラや他の者達にもだ」
「レアンドル様……」
「ありがとう」
「ーー……私などに、勿体無いお言葉でございます」

 長い間仕えてくれていたが、ホレスの涙は初めて見た。
 彼は涙を流しながらレアンドルに向き直り背筋を正すと深々と長いお辞儀をした。
 顔を上げた彼と目が合うと、思わず笑ってしまった。流石だ。何もかも分かっている。聡い彼は誤魔化せない。






「ベルティーユ……もう、赦してくれ」

 ベルティーユの生前のまま維持されている彼女の部屋に入り、レアンドルは窓辺に腰掛けた。
 窓を開けると夜の涼やかな風が部屋の中へと流れ込んでくる。空を見上げれば眩しいくらいに月が輝いて見えた。
 懐からある物を取り出すと手の平に乗せた。
 彼女から貰った香り袋だ。大分年季が入り、疾うの昔に香りもしなくなった。
 レアンドルがベルティーユに贈った香り袋や指輪は彼女と共に埋葬した。本当は形見としてとっておこうかとも悩んだが、やはりあれは彼女に持っていて欲しいと諦めた。

「もう君の側に逝かせて欲しい……」

 用意していたナイフを取り出すと、迷う事なくそれを胸に突き付ける。
 本来ならば毒を飲むのが簡単だが、生憎自分には免疫があるので死にきれない。
 こういう時、不便な身体と笑ってしまう。

 ベルティーユと初めて出会った日からの事が、走馬灯の様に頭の中を駆け巡る。
 思えば彼女と過ごせた時間はほんの僅かだった。時間だけでいうならば、弟達の方がレアンドルの何倍もの時間を一緒に過ごしていた。
 それでもレアンドルにとってベルティーユと過ごした時間は何よりも大切で何時までも自分の中に刻まれている。

「っーー」

 心臓へ狙いを定め力の限り突き立てた。 
 鋭い痛みは一瞬で、徐々に鈍い痛みに変わる。

「もし、生まれ変われたら……今度こそ、君を幸せにする……」

 意識が朦朧として身体から力が抜けていく中、香り袋だけは確りと握り締めた。

『レアンドル様』

「ベル、ティーユ……?」

『お疲れ様でした』

(これは、幻影か……?)

 彼女はゆっくりと此方へと歩いて来ると、優しく抱き締めてくれた。

『約束、守って下さってありがとうございます』

「ベルティーユ」

『でも、私少し怒ってます。命を粗末にされて……』

「弱い俺を赦してくれ、すまない……」

『……そんな顔されるのは狡いです。これ以上怒れなくなっちゃいます』

「ベルティーユ、っ……」

 額を合わせ頬に触れられ彼女が笑った。
 そして唇が重ねられ、レアンドルはゆっくりと瞳を伏せた。






◆◆◆


「今朝、お部屋に行きましたら姿がありませんでしたので屋敷の中を探しましたら此方に……」

 レアンドルが王を退いてから半年余り、ホレスから連絡を受け屋敷を訪れた。すると兄は既にいなかった。

「レアンドルっ」

 先に到着していたルネが床に膝をつき涙を流していた。
 かつての彼女の部屋の窓辺で、自ら命を絶っていた。胸から血を流し、側には血がついたナイフが落ちていた。

「本当、兄さんは莫迦みたいに一途だよね……。あれ、これ……」

 ロランはレアンドルの握り締めた手に気付き触れるが、硬くなり解く事は出来ない。
 ただ隙間から見えたのは小さな布袋の様だった。

「お疲れ様、兄さん。……ベルに宜しく伝えて。今度は俺達がこの国の未来を守っていくから」

 レアンドルの顔はとても穏やかで満足そうだったーー。

 ブルマリアスとリヴィエの和平が結ばれてから十年と半年余りーー元ブルマリアス国王レアンドル・ブルマリアスは亡くなった。享年三十七歳、自害だったがその死因は彼の名誉の為に伏せられた。


 遥昔から続いたリヴィエ国とブルマリアス国の長い争いはこれまで沢山の犠牲を出してきた。そしてそれは両国の二人の姫の死によって終幕を迎えた。
 その名や史実が風化しようとも、彼女達が命を懸けて繋いだ平和な世はこれからも続いていくだろうーー。




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