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七十二話
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「ベルティーユっ……」
彼女の亡骸を抱き締めたレアンドルは身体を震わせていた。顔を伏せているので、その表情は分からないが悲痛な面持ちな事は想像に容易い。
マリユスやモーリス、ロラン、ルネは二人をただ呆然と眺めるしか出来ない。
それはまるで夢でも見ている様だった。きっと誰もがそう感じている。これは悪い夢だ。そう思いたかった……。
ふとディートリヒを見れば、セドリックに抱き起こされている所だったがまだ何かを喚いている。
彼に対して今は憤りしか覚えられない。
今直ぐ殴り付けてやりたい衝動が抑えられない。
「レアンドル⁉︎」
その時彼はふらりと立ち上がると、落ちていた自らの剣を拾い上げた。それだけで何をしようとしているか即座に理解したが、止める気にはならなかった。
「いけません! 彼を殺せば彼女の犠牲が無駄になってしまいます‼︎」
ルネが必死にレアンドルを止めるが、他の誰も止めようとはせず傍観していた。
「っーー」
「レアンドル! 堪えて下さい……。貴方は彼女との約束を果たさなくてはならないんじゃないんですか⁉︎」
暫く葛藤していたレアンドルだが、不意に床に剣を乱暴に投げ捨てた。
顔を上げディートリヒを見る表情は憎しみや悲しみに満ちていた。
歯を食い縛り拳を血が滴る程に握り締め、その姿に恐怖すら感じた。
彼はベルティーユの亡骸を壊物を扱う様にして抱き上げると、無言のまま外へと出て行った。
高台にある城の裏には、王族の眠る墓石がある。無論ベルティーユはそこに埋葬される。
裏切り者だと喚いていたディートリヒはもはや何も言わなかった。
ベルティーユが亡くなってから五日が経つ。
本来ならば直ぐにでも埋葬するべきなのだが、レアンドルがベルティーユの亡骸を頑なに離そうとしなかった為遅くなってしまった。
彼自身は、毒に侵され高熱を出し心身共にボロボロだったというのに見上げた根性だ。だが命には別状はないとルネが話していたので、周囲も彼の気持ちを汲み落ち着くのを待った。
ロランやルネ達は彼を説得し、今日ようやく彼は諦め応じた。
死因が公に出来ないベルティーユの埋葬はレアンドルやマリユス、モーリスやロラン達数人でひっそりと行った。
棺に眠る彼女は綺麗に化粧を施され、大切に保管されていたベルティーユの母のドレスを着せた。その姿は息を呑むほどに美しく、まだ生きている様で見ているのが辛くなる。
マリユスが涙を堪えていると目に涙を浮かべたエミリアがそっと手を握ってくれた。
「ベルティーユ……君との約束は必ず果たすから心配しなくていい。愛している、これからもずっとーー」
レアンドルはベルティーユの唇に自らのそれを重ね合わせ、長い口付けをした。
棺に花を敷き詰め蓋が閉じられる。
レアンドルは最後までベルティーユの名を呼び続け縋り付いていた。その姿は情けなく痛々しく見ているだけで息苦しくなる。それに一国の王のする言動ではない。
だがなりふり構わない姿に、どれ程彼女を愛し想ってくれているのかが伝わり心内で彼に感謝した。
「父上、その後はどうなったんですか?」
「あぁ、彼は……」
更に続きを話そうとした時だった。部屋に彼女が入って来た。
「母上!」
「今日はもうおしまいです。寝る時間ですわ」
彼女がそう言うと息子は素直に返事をして、侍女に連れられ部屋から出て行った。
「頑張りましたわね」
ベッドに腰掛けていたマリユスの隣に彼女は座ると、まるで子供にする様に頭を撫でる。
「エミリア、子供扱いはやめてくれ」
「あらあら、拗ねてしまいましたの?」
「揶揄うな」
「そんな事仰っても、泣き虫は治っていない様ですけど」
「っ……」
「私の前では構いませんわ。沢山甘えて泣いたら、息子や民達の前では立派な国王陛下として振る舞って下さいませ」
ディートリヒはあれから正気に戻り、そして壊れた。
リヴィエ王の弟のロランが、ブランシュが亡くなった後のベルティーユの話をした事と追い討ちをかけたのは『多分、ベルのお腹には子供がいた』その衝撃的な一言だった。
ディートリヒは耐えきれなくなり精神が壊れてしまった。
マリユスも話を聞きながら、怒りや悲しみに震えて暫く立ち直る事が出来ないくらい心を痛めた。
あの時姉は、兄からの言葉をどのような気持ちで聞いていたのだろうか……どんな想いで愛する人を守ったのだろう……考えれば考える程に息苦しくなった。
ただ一ついうならば、姉は自分が思っていた以上に強い人だった。そしてそんな彼女を誇りに思う。
妹を自らの所為で喪ったディートリヒは、自責の念に苛まれ続け、その後はずっと部屋に引き篭もっていたがその僅か一年後に自害した。
朝侍従が部屋を確認しに行くと、ナイフで首を斬り倒れていた。死因は失血だった……。
あんな兄でもやはり喪った悲しみはあったが正直ほっとする自分がいた。
ディートリヒ亡き後は必然的にマリユスがリヴィエの王となった。
まさか自分が玉座に座る事になるとは夢にも思わなかったが、なったからには全身全霊でリヴィエの為に尽くすと誓いを立てた。
エミリアとはマリユスが十八を迎えた年に結婚をして、今から五年前に息子を授かった。
忙しく大変な事も多いが、それでも今は幸せな日々を送っている。
ベルティーユが亡くなってからもう十年以上が経つ。だが未だふとした瞬間に思い出しては今みたいに目の奥が熱くなってしまう。
そんな中で息子に昔話を聞かせる事にした。まだ全てを理解する事は出来ないが、同じ過ちを繰り返さない為にも少しずつ教えていこう思っている。
翌朝ーー。
マリユスが目を覚ますと、侍従が書簡を持って来た。こんな朝から何事だと身構える。
「申し上げます。たった今ブルマリアス国からの使者が此方の書簡を届けに参りました。ブルマリアス国元国王陛下レアンドル・ブルマリアス殿がご逝去されたとの事です」
「……死因は?」
書簡を受け取り中身を確認するが、詳しい事柄は書かれていない。
「ブルマリアス国は伏せておりますが……恐らく自害されたかと」
十年前に、リヴィエとブルマリアスは和平条約を結んだ。
ブルマリアス王は戦の放棄を公言し平和を掲げ今や中立国に名を連ねている。そしてリヴィエもまた同様だ。
彼は名君として名を馳せ、この十年他国へこれまでの行いを謝罪し外交を広げ友好的な関係を築き上げた。
だが今から半年程前、突如彼は玉座を退いた。
彼は一人として妃を迎える事はなかったので甥にあたるアルフォンスに王位を譲り渡した。
まだ隠居する様な歳でもないので周囲からは随分と惜しまれ引き止められたそうだが一切応じなかったという。
きっと彼はベルティーユの事を想い続けていた。そして役目を終え彼女の元へと旅立ったのだろう……そんな風に思った。
彼女の亡骸を抱き締めたレアンドルは身体を震わせていた。顔を伏せているので、その表情は分からないが悲痛な面持ちな事は想像に容易い。
マリユスやモーリス、ロラン、ルネは二人をただ呆然と眺めるしか出来ない。
それはまるで夢でも見ている様だった。きっと誰もがそう感じている。これは悪い夢だ。そう思いたかった……。
ふとディートリヒを見れば、セドリックに抱き起こされている所だったがまだ何かを喚いている。
彼に対して今は憤りしか覚えられない。
今直ぐ殴り付けてやりたい衝動が抑えられない。
「レアンドル⁉︎」
その時彼はふらりと立ち上がると、落ちていた自らの剣を拾い上げた。それだけで何をしようとしているか即座に理解したが、止める気にはならなかった。
「いけません! 彼を殺せば彼女の犠牲が無駄になってしまいます‼︎」
ルネが必死にレアンドルを止めるが、他の誰も止めようとはせず傍観していた。
「っーー」
「レアンドル! 堪えて下さい……。貴方は彼女との約束を果たさなくてはならないんじゃないんですか⁉︎」
暫く葛藤していたレアンドルだが、不意に床に剣を乱暴に投げ捨てた。
顔を上げディートリヒを見る表情は憎しみや悲しみに満ちていた。
歯を食い縛り拳を血が滴る程に握り締め、その姿に恐怖すら感じた。
彼はベルティーユの亡骸を壊物を扱う様にして抱き上げると、無言のまま外へと出て行った。
高台にある城の裏には、王族の眠る墓石がある。無論ベルティーユはそこに埋葬される。
裏切り者だと喚いていたディートリヒはもはや何も言わなかった。
ベルティーユが亡くなってから五日が経つ。
本来ならば直ぐにでも埋葬するべきなのだが、レアンドルがベルティーユの亡骸を頑なに離そうとしなかった為遅くなってしまった。
彼自身は、毒に侵され高熱を出し心身共にボロボロだったというのに見上げた根性だ。だが命には別状はないとルネが話していたので、周囲も彼の気持ちを汲み落ち着くのを待った。
ロランやルネ達は彼を説得し、今日ようやく彼は諦め応じた。
死因が公に出来ないベルティーユの埋葬はレアンドルやマリユス、モーリスやロラン達数人でひっそりと行った。
棺に眠る彼女は綺麗に化粧を施され、大切に保管されていたベルティーユの母のドレスを着せた。その姿は息を呑むほどに美しく、まだ生きている様で見ているのが辛くなる。
マリユスが涙を堪えていると目に涙を浮かべたエミリアがそっと手を握ってくれた。
「ベルティーユ……君との約束は必ず果たすから心配しなくていい。愛している、これからもずっとーー」
レアンドルはベルティーユの唇に自らのそれを重ね合わせ、長い口付けをした。
棺に花を敷き詰め蓋が閉じられる。
レアンドルは最後までベルティーユの名を呼び続け縋り付いていた。その姿は情けなく痛々しく見ているだけで息苦しくなる。それに一国の王のする言動ではない。
だがなりふり構わない姿に、どれ程彼女を愛し想ってくれているのかが伝わり心内で彼に感謝した。
「父上、その後はどうなったんですか?」
「あぁ、彼は……」
更に続きを話そうとした時だった。部屋に彼女が入って来た。
「母上!」
「今日はもうおしまいです。寝る時間ですわ」
彼女がそう言うと息子は素直に返事をして、侍女に連れられ部屋から出て行った。
「頑張りましたわね」
ベッドに腰掛けていたマリユスの隣に彼女は座ると、まるで子供にする様に頭を撫でる。
「エミリア、子供扱いはやめてくれ」
「あらあら、拗ねてしまいましたの?」
「揶揄うな」
「そんな事仰っても、泣き虫は治っていない様ですけど」
「っ……」
「私の前では構いませんわ。沢山甘えて泣いたら、息子や民達の前では立派な国王陛下として振る舞って下さいませ」
ディートリヒはあれから正気に戻り、そして壊れた。
リヴィエ王の弟のロランが、ブランシュが亡くなった後のベルティーユの話をした事と追い討ちをかけたのは『多分、ベルのお腹には子供がいた』その衝撃的な一言だった。
ディートリヒは耐えきれなくなり精神が壊れてしまった。
マリユスも話を聞きながら、怒りや悲しみに震えて暫く立ち直る事が出来ないくらい心を痛めた。
あの時姉は、兄からの言葉をどのような気持ちで聞いていたのだろうか……どんな想いで愛する人を守ったのだろう……考えれば考える程に息苦しくなった。
ただ一ついうならば、姉は自分が思っていた以上に強い人だった。そしてそんな彼女を誇りに思う。
妹を自らの所為で喪ったディートリヒは、自責の念に苛まれ続け、その後はずっと部屋に引き篭もっていたがその僅か一年後に自害した。
朝侍従が部屋を確認しに行くと、ナイフで首を斬り倒れていた。死因は失血だった……。
あんな兄でもやはり喪った悲しみはあったが正直ほっとする自分がいた。
ディートリヒ亡き後は必然的にマリユスがリヴィエの王となった。
まさか自分が玉座に座る事になるとは夢にも思わなかったが、なったからには全身全霊でリヴィエの為に尽くすと誓いを立てた。
エミリアとはマリユスが十八を迎えた年に結婚をして、今から五年前に息子を授かった。
忙しく大変な事も多いが、それでも今は幸せな日々を送っている。
ベルティーユが亡くなってからもう十年以上が経つ。だが未だふとした瞬間に思い出しては今みたいに目の奥が熱くなってしまう。
そんな中で息子に昔話を聞かせる事にした。まだ全てを理解する事は出来ないが、同じ過ちを繰り返さない為にも少しずつ教えていこう思っている。
翌朝ーー。
マリユスが目を覚ますと、侍従が書簡を持って来た。こんな朝から何事だと身構える。
「申し上げます。たった今ブルマリアス国からの使者が此方の書簡を届けに参りました。ブルマリアス国元国王陛下レアンドル・ブルマリアス殿がご逝去されたとの事です」
「……死因は?」
書簡を受け取り中身を確認するが、詳しい事柄は書かれていない。
「ブルマリアス国は伏せておりますが……恐らく自害されたかと」
十年前に、リヴィエとブルマリアスは和平条約を結んだ。
ブルマリアス王は戦の放棄を公言し平和を掲げ今や中立国に名を連ねている。そしてリヴィエもまた同様だ。
彼は名君として名を馳せ、この十年他国へこれまでの行いを謝罪し外交を広げ友好的な関係を築き上げた。
だが今から半年程前、突如彼は玉座を退いた。
彼は一人として妃を迎える事はなかったので甥にあたるアルフォンスに王位を譲り渡した。
まだ隠居する様な歳でもないので周囲からは随分と惜しまれ引き止められたそうだが一切応じなかったという。
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