77 / 78
番外編 3
しおりを挟む
その夜ーー。
城にて舞踏会が開かれた。
身支度を整えたレアンドル達は大広間へと案内をされた。
豪華絢爛な装飾に食事や酒、優雅な演奏、昼間同様に多くの人々で賑わっている。無論顔触れは変わらないが、挙式の落ちた装いとは違い皆華やかに着飾っており大分雰囲気が違った。
「きっとこの広間の何処かに僕の運命の女性がいる」
挨拶をして回っていたが、何しろ参加者が多過ぎて回り切らない。
少し疲れ一息吐いていた所を女性達に取り囲まれ追い回されたレアンドルはげんなりしながら壁際に避難したが、今後はクロード煩くて休めない。あれからずっと運命の女性が云々と騒いでいる。
だが確かに大聖堂にいたとなると、クロードとぶつかった女性も舞踏会に参加しているのは間違いないだろう。ただこんな人混みの中で、素性も知れぬ人間を探すのは容易ではない。現に舞踏会が始まってから既に一時間以上は経過しているが、それらしい人物は見当たらない。
「兄様」
亜麻色の長い髪とヘーゼルの瞳の金色のドレスを身に付けた彼女は妹のブランチェスカだ。
先程妹の夫のディートヘイムと挨拶をした際に顔を合わせたが、なんというか何度見ても派手だ。見ていると目が疲れてくる。
まあディートヘイムはベタ褒めしていたし、本人も気に入っている様子なので別段何かを言うつもりはないが……目につく。
「遠路遥々ありがとう。来てくれて本当に嬉しいわ」
「可愛い妹の為だからね」
「あらでもロイド兄様、そう言えばシーナの姿がないけど連れて来てくれてないの?」
「あー……実はシーナ、出立の数日前に妊娠が分かってさ、来れなくなっちゃったんだよねー」
ヘラっとしながらとんでもない事を言ってのけるロイドに目を見張る。そんな話は初耳だ。
何故連れて来ていないのかは疑問に思ってはいたが、今回は長旅となるのでまだ婚約者である彼女をただ単に連れて来ていないだけだと勝手に思っていた。だがまさかそんな理由だったとは……。
「え、でもまだ結婚してないわよね?」
「うん。だから帰ったら直ぐ結婚する事になるかな」
更に重要な話をまるで世間話でもするくらい軽さで話す弟に呆れた。
だがまあ確りと責任を果たすつもりなら口を出すつもりはない。ロイドだってもう子供ではないのだ。これから父親になるなら尚更だ。
それにしても、妹にも弟にも先を越される兄二人とは情けない。
きっと周りからもこれまで以上に色々と言われるのが目に見える。今から気が重い。
「そっか、おめでとう。シーナにも宜しく伝えて。元気な子供が産まれる様に願ってるわ」
「うん、ありがとう」
「ねぇ、さっきから気になっていたんだけど……あれは、どうしたの?」
ブランチェスカが控えめに指差したのは、クロードだった。
大きな独り言を言いながら血眼になって例の運命の女性とやらを探している。それこそ溺愛する妹の存在にも気付かないくらいに……。
その様子は余りにも必死で、兄から見ても些か不気味だ。やはり重症だ。
「あ、あれは‼︎」
不意に叫ぶクロードはある場所を指差した。
行儀の悪い弟に呆れながらも、その指が示す先を見る。すると広間の奥に若い男ばかりの人集りが出来ていた。
「今、一瞬見えたんだ! 彼女だ!」
「彼女?」
「あぁ、ブランチェスカ、そうだよ! 彼女は昼間出会った僕の運命の女性なんだ!」
妹がいる事に気付き、更にクロードの興奮度合いは上がる。実に分かり易い。
「それって、ベルティーユ様の事?」
「知り合いなのかい⁉︎」
「知り合いも何も、私にとっては義妹だもの」
「は? 義妹って……」
「リヴィエ国、第一王女殿下のベルティーユ様よ。もしかして、まだ挨拶していないの?」
ベルティーユーー。
妹の言葉にレアンドルは目を見開き、呆然とする。
そうだ、確かにその名は知っていた。だが何故か記憶から抜け落ちていた。
「勿論ベルティーユ王女の事は知っていたよ。ただ彼女がそうだったなんて思いもしなかったんだ」
「それでクロード兄様は、ベルティーユ様に一目惚れしたって事?」
「違う、これは運命なんだ! だからすまない、ブランチェスカ。これまでは君だけのお兄様だったけど、これからは半分は彼女のものになる。許して欲しい」
話の通じないクロードに、顔を引き攣らせたブランチェスカが「気持ち悪い」と呟いたのが聞こえた。レアンドルもロイドも苦笑する他ない。
だが当の本人だけは聞こえていないらしく、一人盛り上がっているので放っておく事にする。
「ベルティーユ様って凄く人気があるのよ。でもこれまで誰とも踊った事がないそうなの。なんだかレアンドル兄様みたいだと思わない?」
悪戯を企んでいる子供の様な顔で笑う妹に、昔から変わらないと思った。
レアンドル達兄弟は皆腹違いだが、ロイドとブランチェスカだけは母親が同じだ。その為性格や考え方も良く似ている。二人共に陽気であると同時に、たまに悪ふざけが過ぎる事もあった。
「どんな素敵な殿方の誘いも断る事で有名で、それが却って男性達の闘争心に火を付けているなんて言われてて。もしレアンドル兄様が誘ったらどうなるかしら」
「何故そこで俺が出てくるんだ……」
そんな下らないやり取りをしていた時だった。
その彼女が人集りを抜け出し姿を見せた。その後では「姉上に近付くな‼︎」と喚いている少年が、男性達を蹴散らしている。それを見て、意外とクロードみたいな人間は世の中に沢山いるのだろうかとしみじみ思った。
「‼︎」
戸惑った様子の彼女は周りから注目されている事に気が付き恥ずかしそうに身を縮めていた。
その時、彼女は不意に此方へと視線を向ける。
蒼く大きな瞳と目が合ったーーその瞬間、分かった。
(あぁ、彼女だーー)
ずっとずっと、会いたくて仕方がなかった彼女だ。
絹糸の様に美しい白金の長い髪も宝石と見紛う大きな蒼眼も、触れたら簡単に壊れてしまいそうな華奢な身体も、全て変わらない。
時が止まった様に互いに見つめ合った。
演奏の音や騒がしい人々の声も、妹や弟達の声も何も聞こえない。
全身全霊、全ての意識を彼女に向けた。
不安気に揺れる瞳すら愛おしくて仕方がない。
「ベルティーユ」
自制なんて出来る筈がない。
余計な事を考える間もなくレアンドルの足や身体は勝手に動いていた。
迷う事なく彼女の元へと駆け寄ると、形振り構わず掻き抱いた。
「ベルティーユっ」
「っ‼︎」
涙が出るくらい懐かしい彼女の温もりに、レアンドルの心は喜びに打ち震える。
もう絶対に離したくない。
ただ反応のない彼女にレアンドルは一抹の不安が頭を過った。
彼女がレアンドルを認識していなかったらーー。
そうなるとレアンドルはうら若き初対面の女性に許可もなくいきなり抱き付いた変態になってしまう。
周囲から何と思われ様と構わないが、彼女から軽蔑されるのだけは耐えられない。
今更ながらに背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「レアンドル、様……」
その時だった。ずっとされるがままだったベルティーユが身動ぐと遠慮がちにレアンドルの背中へと腕を回してきた。
「ベルティーユ……」
顔を覗き込めば、瞳に涙を溜め頬を赤く染め泣き笑いの様な顔をしていた。
彼女はおずおずとレアンドルの胸に顔を埋めると「レアンドル様」と何度となく名前を呼び続ける。
そんな様子に胸を撫で下ろした。
そして安堵すると今度は邪な思いが込み上げてくる。
(無理だ、こんなの我慢出来る筈がないだろう……)
頭では流石に節操がないと考えながら、手は彼女の柔らかな頬に触れ顎を持ち上げるとそのまま唇を重ねた。
◆◆◆
身支度を整え、迎えに来てくれた弟と一緒に大広間へと向かった。
昼間の挙式同様、多くの人々で既に賑わいを見せていた。
「危険なので姉上は絶対に僕の側から離れないで下さい!」
何時も夜会や舞踏会の前には同じ様な事を言われるが、ベルティーユには未だに弟が何を言っているのか不明だ。
初めに今夜の主役であるディートヘイムとブランチェスカに挨拶に行き、その後は順番に回っていたが途中途中で色んな男性に呼び止められ全然進まない。ただその都度マルセルが間に入ってくれるので助かっている。
「大変だわ」
うっかりしていた。
ブランチェスカの兄君達にも挨拶しなくてはと思った矢先、沢山の男性に取り囲まれてしまった。
マルセルは先程の男性と話していて戻って来ないし、ここは自分で乗り切る他ない。
だが自分の背丈よりも高く体格もいい男性達に囲まれて萎縮してしまう。
「ベルティーユ様、今宵こそ私と踊って下さいませんか?」
「おい、抜け駆けするつもりか⁉︎」
「実はベルティーユ姫に、お見合いを申し込ませて頂こうと考えておりまして……」
「僕の事、覚えてますよね? 半年程前にお見合いをした……」
四方八方から話しかけられ、困惑しながらもハッキリとベルティーユは断る。
「申し訳ございません。私は何方とも踊るつもりはないので……」
「何故ですか、理由をお聞かせ下さい。納得出来ません!」
「やはり想われている男性がいらっしゃるのですか⁉︎」
「それは……」
食い下がる男性達に言葉が詰まる。
(い、言えない……ダンスが下手過ぎるからなんて、そんな事……)
ベルティーユは昔からダンスのセンスが壊滅的だった。
講師から面白い動きと言われてからすっかり自信がなくなって人前でなんて絶対に踊れない。怖くなってしまった。
因みにその講師はその日の内に暇を出されていた。
(それに……)
もしどうしても踊らなくてはならないなら、彼がいい。上手く説明は出来ないが、彼となら踊れる気がする。
だがそれも夢の中の話だ。現実じゃない。彼なんて存在しないーー。
そんな事分かり切っている筈なのに、酷く落胆している自分がいる。
「姉上に近付くな‼︎」
返答に困っているとマルセルがやって来て男性達へ対応をしてくれる。そしてそのままベルティーユを輪の中から外へ押し出してくれた。
戸惑いながらも胸を撫で下ろす。ただマルセルの叫び声の所為でかなり目立ってしまっている。
そんな時、何となく視線を向けた先にいた灰色の瞳の青年と目が合った。
その瞬間、分かったーー彼だ。
青みを帯びた銀色の艶やかな髪、鋭く美しい灰色の瞳、眉目秀麗で凛とした佇まいーー何もかも変わらない。
会いたくて会いたくて仕方がなかった彼がそこにはいた。
時が止まった様に互いに見つめ合った。
優雅な演奏の音も賑やかな人々の声も、何も聞こえない。
ただ只管に彼に意識を向けた。
射抜く様な強い瞳に絡め取られて目が離せない。
「ベルティーユ」
彼の唇が私の名前を呼ぶ。それだけで目の奥が熱くなる。
今直ぐに駆け出して彼に抱き付き温もりを全身で感じたい。そんな衝動に駆られるが、あの頃とは違う。もし拒絶されたら……そう思うと怖くて動けない。臆病者な自分に情けなくなる。
だがそんな不安を彼が一瞬にして取り払ってくれた。
真っ直ぐにベルティーユを見つめながら、迷いなく彼は駆けて来ると勢いよく抱き締めてくれた。
「ベルティーユっ」
「っ‼︎」
心臓が跳ねた。
嘘みたいだ。どうしてもこれが現実だと思えない。ずっとずっと苦しくなる程に会いたかった彼がいる。名前を呼ばれて、彼の腕の中にいる。
ベルティーユは微動だに出来ずにいた。
本当は彼を抱き締め返して縋り付きたい。でもこのまま手を伸ばした瞬間、夢から覚めて彼がいなくなってしまうかも知れない……そう思うと怖かった。
「レアンドル、様……」
だがベルティーユは覚悟を決め勇気を振り絞り、恐る恐るレアンドルの背中へと腕を伸ばす。
「ベルティーユ……」
(良かった……夢じゃないっ……)
目の奥が熱くなり嬉しくて安堵して涙が溢れてしまいそうになる。
(きっと今私、変な顔してる……)
だがそんな事を気にする余裕などない。
ベルティーユはレアンドルの胸に顔を埋め、彼の温もりを確かめる。
(温かくて、懐かしい……彼の匂いだ)
「レアンドル、様……レアンドル様……」
彼の存在を確かめる様に幾度となく彼の名を呼んだ。
すると不意に彼の手が優しく頬を撫で顎に触れて、上を向かされた。そしてそのまま唇が重なった。
城にて舞踏会が開かれた。
身支度を整えたレアンドル達は大広間へと案内をされた。
豪華絢爛な装飾に食事や酒、優雅な演奏、昼間同様に多くの人々で賑わっている。無論顔触れは変わらないが、挙式の落ちた装いとは違い皆華やかに着飾っており大分雰囲気が違った。
「きっとこの広間の何処かに僕の運命の女性がいる」
挨拶をして回っていたが、何しろ参加者が多過ぎて回り切らない。
少し疲れ一息吐いていた所を女性達に取り囲まれ追い回されたレアンドルはげんなりしながら壁際に避難したが、今後はクロード煩くて休めない。あれからずっと運命の女性が云々と騒いでいる。
だが確かに大聖堂にいたとなると、クロードとぶつかった女性も舞踏会に参加しているのは間違いないだろう。ただこんな人混みの中で、素性も知れぬ人間を探すのは容易ではない。現に舞踏会が始まってから既に一時間以上は経過しているが、それらしい人物は見当たらない。
「兄様」
亜麻色の長い髪とヘーゼルの瞳の金色のドレスを身に付けた彼女は妹のブランチェスカだ。
先程妹の夫のディートヘイムと挨拶をした際に顔を合わせたが、なんというか何度見ても派手だ。見ていると目が疲れてくる。
まあディートヘイムはベタ褒めしていたし、本人も気に入っている様子なので別段何かを言うつもりはないが……目につく。
「遠路遥々ありがとう。来てくれて本当に嬉しいわ」
「可愛い妹の為だからね」
「あらでもロイド兄様、そう言えばシーナの姿がないけど連れて来てくれてないの?」
「あー……実はシーナ、出立の数日前に妊娠が分かってさ、来れなくなっちゃったんだよねー」
ヘラっとしながらとんでもない事を言ってのけるロイドに目を見張る。そんな話は初耳だ。
何故連れて来ていないのかは疑問に思ってはいたが、今回は長旅となるのでまだ婚約者である彼女をただ単に連れて来ていないだけだと勝手に思っていた。だがまさかそんな理由だったとは……。
「え、でもまだ結婚してないわよね?」
「うん。だから帰ったら直ぐ結婚する事になるかな」
更に重要な話をまるで世間話でもするくらい軽さで話す弟に呆れた。
だがまあ確りと責任を果たすつもりなら口を出すつもりはない。ロイドだってもう子供ではないのだ。これから父親になるなら尚更だ。
それにしても、妹にも弟にも先を越される兄二人とは情けない。
きっと周りからもこれまで以上に色々と言われるのが目に見える。今から気が重い。
「そっか、おめでとう。シーナにも宜しく伝えて。元気な子供が産まれる様に願ってるわ」
「うん、ありがとう」
「ねぇ、さっきから気になっていたんだけど……あれは、どうしたの?」
ブランチェスカが控えめに指差したのは、クロードだった。
大きな独り言を言いながら血眼になって例の運命の女性とやらを探している。それこそ溺愛する妹の存在にも気付かないくらいに……。
その様子は余りにも必死で、兄から見ても些か不気味だ。やはり重症だ。
「あ、あれは‼︎」
不意に叫ぶクロードはある場所を指差した。
行儀の悪い弟に呆れながらも、その指が示す先を見る。すると広間の奥に若い男ばかりの人集りが出来ていた。
「今、一瞬見えたんだ! 彼女だ!」
「彼女?」
「あぁ、ブランチェスカ、そうだよ! 彼女は昼間出会った僕の運命の女性なんだ!」
妹がいる事に気付き、更にクロードの興奮度合いは上がる。実に分かり易い。
「それって、ベルティーユ様の事?」
「知り合いなのかい⁉︎」
「知り合いも何も、私にとっては義妹だもの」
「は? 義妹って……」
「リヴィエ国、第一王女殿下のベルティーユ様よ。もしかして、まだ挨拶していないの?」
ベルティーユーー。
妹の言葉にレアンドルは目を見開き、呆然とする。
そうだ、確かにその名は知っていた。だが何故か記憶から抜け落ちていた。
「勿論ベルティーユ王女の事は知っていたよ。ただ彼女がそうだったなんて思いもしなかったんだ」
「それでクロード兄様は、ベルティーユ様に一目惚れしたって事?」
「違う、これは運命なんだ! だからすまない、ブランチェスカ。これまでは君だけのお兄様だったけど、これからは半分は彼女のものになる。許して欲しい」
話の通じないクロードに、顔を引き攣らせたブランチェスカが「気持ち悪い」と呟いたのが聞こえた。レアンドルもロイドも苦笑する他ない。
だが当の本人だけは聞こえていないらしく、一人盛り上がっているので放っておく事にする。
「ベルティーユ様って凄く人気があるのよ。でもこれまで誰とも踊った事がないそうなの。なんだかレアンドル兄様みたいだと思わない?」
悪戯を企んでいる子供の様な顔で笑う妹に、昔から変わらないと思った。
レアンドル達兄弟は皆腹違いだが、ロイドとブランチェスカだけは母親が同じだ。その為性格や考え方も良く似ている。二人共に陽気であると同時に、たまに悪ふざけが過ぎる事もあった。
「どんな素敵な殿方の誘いも断る事で有名で、それが却って男性達の闘争心に火を付けているなんて言われてて。もしレアンドル兄様が誘ったらどうなるかしら」
「何故そこで俺が出てくるんだ……」
そんな下らないやり取りをしていた時だった。
その彼女が人集りを抜け出し姿を見せた。その後では「姉上に近付くな‼︎」と喚いている少年が、男性達を蹴散らしている。それを見て、意外とクロードみたいな人間は世の中に沢山いるのだろうかとしみじみ思った。
「‼︎」
戸惑った様子の彼女は周りから注目されている事に気が付き恥ずかしそうに身を縮めていた。
その時、彼女は不意に此方へと視線を向ける。
蒼く大きな瞳と目が合ったーーその瞬間、分かった。
(あぁ、彼女だーー)
ずっとずっと、会いたくて仕方がなかった彼女だ。
絹糸の様に美しい白金の長い髪も宝石と見紛う大きな蒼眼も、触れたら簡単に壊れてしまいそうな華奢な身体も、全て変わらない。
時が止まった様に互いに見つめ合った。
演奏の音や騒がしい人々の声も、妹や弟達の声も何も聞こえない。
全身全霊、全ての意識を彼女に向けた。
不安気に揺れる瞳すら愛おしくて仕方がない。
「ベルティーユ」
自制なんて出来る筈がない。
余計な事を考える間もなくレアンドルの足や身体は勝手に動いていた。
迷う事なく彼女の元へと駆け寄ると、形振り構わず掻き抱いた。
「ベルティーユっ」
「っ‼︎」
涙が出るくらい懐かしい彼女の温もりに、レアンドルの心は喜びに打ち震える。
もう絶対に離したくない。
ただ反応のない彼女にレアンドルは一抹の不安が頭を過った。
彼女がレアンドルを認識していなかったらーー。
そうなるとレアンドルはうら若き初対面の女性に許可もなくいきなり抱き付いた変態になってしまう。
周囲から何と思われ様と構わないが、彼女から軽蔑されるのだけは耐えられない。
今更ながらに背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「レアンドル、様……」
その時だった。ずっとされるがままだったベルティーユが身動ぐと遠慮がちにレアンドルの背中へと腕を回してきた。
「ベルティーユ……」
顔を覗き込めば、瞳に涙を溜め頬を赤く染め泣き笑いの様な顔をしていた。
彼女はおずおずとレアンドルの胸に顔を埋めると「レアンドル様」と何度となく名前を呼び続ける。
そんな様子に胸を撫で下ろした。
そして安堵すると今度は邪な思いが込み上げてくる。
(無理だ、こんなの我慢出来る筈がないだろう……)
頭では流石に節操がないと考えながら、手は彼女の柔らかな頬に触れ顎を持ち上げるとそのまま唇を重ねた。
◆◆◆
身支度を整え、迎えに来てくれた弟と一緒に大広間へと向かった。
昼間の挙式同様、多くの人々で既に賑わいを見せていた。
「危険なので姉上は絶対に僕の側から離れないで下さい!」
何時も夜会や舞踏会の前には同じ様な事を言われるが、ベルティーユには未だに弟が何を言っているのか不明だ。
初めに今夜の主役であるディートヘイムとブランチェスカに挨拶に行き、その後は順番に回っていたが途中途中で色んな男性に呼び止められ全然進まない。ただその都度マルセルが間に入ってくれるので助かっている。
「大変だわ」
うっかりしていた。
ブランチェスカの兄君達にも挨拶しなくてはと思った矢先、沢山の男性に取り囲まれてしまった。
マルセルは先程の男性と話していて戻って来ないし、ここは自分で乗り切る他ない。
だが自分の背丈よりも高く体格もいい男性達に囲まれて萎縮してしまう。
「ベルティーユ様、今宵こそ私と踊って下さいませんか?」
「おい、抜け駆けするつもりか⁉︎」
「実はベルティーユ姫に、お見合いを申し込ませて頂こうと考えておりまして……」
「僕の事、覚えてますよね? 半年程前にお見合いをした……」
四方八方から話しかけられ、困惑しながらもハッキリとベルティーユは断る。
「申し訳ございません。私は何方とも踊るつもりはないので……」
「何故ですか、理由をお聞かせ下さい。納得出来ません!」
「やはり想われている男性がいらっしゃるのですか⁉︎」
「それは……」
食い下がる男性達に言葉が詰まる。
(い、言えない……ダンスが下手過ぎるからなんて、そんな事……)
ベルティーユは昔からダンスのセンスが壊滅的だった。
講師から面白い動きと言われてからすっかり自信がなくなって人前でなんて絶対に踊れない。怖くなってしまった。
因みにその講師はその日の内に暇を出されていた。
(それに……)
もしどうしても踊らなくてはならないなら、彼がいい。上手く説明は出来ないが、彼となら踊れる気がする。
だがそれも夢の中の話だ。現実じゃない。彼なんて存在しないーー。
そんな事分かり切っている筈なのに、酷く落胆している自分がいる。
「姉上に近付くな‼︎」
返答に困っているとマルセルがやって来て男性達へ対応をしてくれる。そしてそのままベルティーユを輪の中から外へ押し出してくれた。
戸惑いながらも胸を撫で下ろす。ただマルセルの叫び声の所為でかなり目立ってしまっている。
そんな時、何となく視線を向けた先にいた灰色の瞳の青年と目が合った。
その瞬間、分かったーー彼だ。
青みを帯びた銀色の艶やかな髪、鋭く美しい灰色の瞳、眉目秀麗で凛とした佇まいーー何もかも変わらない。
会いたくて会いたくて仕方がなかった彼がそこにはいた。
時が止まった様に互いに見つめ合った。
優雅な演奏の音も賑やかな人々の声も、何も聞こえない。
ただ只管に彼に意識を向けた。
射抜く様な強い瞳に絡め取られて目が離せない。
「ベルティーユ」
彼の唇が私の名前を呼ぶ。それだけで目の奥が熱くなる。
今直ぐに駆け出して彼に抱き付き温もりを全身で感じたい。そんな衝動に駆られるが、あの頃とは違う。もし拒絶されたら……そう思うと怖くて動けない。臆病者な自分に情けなくなる。
だがそんな不安を彼が一瞬にして取り払ってくれた。
真っ直ぐにベルティーユを見つめながら、迷いなく彼は駆けて来ると勢いよく抱き締めてくれた。
「ベルティーユっ」
「っ‼︎」
心臓が跳ねた。
嘘みたいだ。どうしてもこれが現実だと思えない。ずっとずっと苦しくなる程に会いたかった彼がいる。名前を呼ばれて、彼の腕の中にいる。
ベルティーユは微動だに出来ずにいた。
本当は彼を抱き締め返して縋り付きたい。でもこのまま手を伸ばした瞬間、夢から覚めて彼がいなくなってしまうかも知れない……そう思うと怖かった。
「レアンドル、様……」
だがベルティーユは覚悟を決め勇気を振り絞り、恐る恐るレアンドルの背中へと腕を伸ばす。
「ベルティーユ……」
(良かった……夢じゃないっ……)
目の奥が熱くなり嬉しくて安堵して涙が溢れてしまいそうになる。
(きっと今私、変な顔してる……)
だがそんな事を気にする余裕などない。
ベルティーユはレアンドルの胸に顔を埋め、彼の温もりを確かめる。
(温かくて、懐かしい……彼の匂いだ)
「レアンドル、様……レアンドル様……」
彼の存在を確かめる様に幾度となく彼の名を呼んだ。
すると不意に彼の手が優しく頬を撫で顎に触れて、上を向かされた。そしてそのまま唇が重なった。
12
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない
望月 或
恋愛
◆第18回恋愛小説大賞で【優秀賞】を戴きました。
ありがとうございました!
「どちらかが“過ち”を犯した場合、相手の伴侶に“人”を損なう程の神の『呪い』が下されよう――」
ファローダ王国の国王と王妃が事故で急逝し、急遽王太子であるリオーシュが王に即位する事となった。
まだ齢二十三の王を支える存在として早急に王妃を決める事となり、リオーシュは同い年のシルヴィス侯爵家の長女、エウロペアを指名する。
彼女はそれを承諾し、二人は若き王と王妃として助け合って支え合い、少しずつ絆を育んでいった。
そんなある日、エウロペアの妹のカトレーダが頻繁にリオーシュに会いに来るようになった。
仲睦まじい二人を遠目に眺め、心を痛めるエウロペア。
そして彼女は、リオーシュがカトレーダの肩を抱いて自分の部屋に入る姿を目撃してしまう。
神の『呪い』が発動し、エウロペアの中から、五感が、感情が、思考が次々と失われていく。
そして彼女は、動かぬ、物言わぬ“人形”となった――
※視点の切り替わりがあります。タイトルの後ろに◇は、??視点です。
※Rシーンがあるお話はタイトルの後ろに*を付けています。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる