冷徹王太子の愛妾

月密

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番外編 3

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 その夜ーー。

 城にて舞踏会が開かれた。
 身支度を整えたレアンドル達は大広間へと案内をされた。
 豪華絢爛な装飾に食事や酒、優雅な演奏、昼間同様に多くの人々で賑わっている。無論顔触れは変わらないが、挙式の落ちた装いとは違い皆華やかに着飾っており大分雰囲気が違った。

「きっとこの広間の何処かに僕の運命の女性ひとがいる」

 挨拶をして回っていたが、何しろ参加者が多過ぎて回り切らない。
 少し疲れ一息吐いていた所を女性達に取り囲まれ追い回されたレアンドルはげんなりしながら壁際に避難したが、今後はクロード煩くて休めない。あれからずっと運命の女性が云々と騒いでいる。
 だが確かに大聖堂にいたとなると、クロードとぶつかった女性も舞踏会に参加しているのは間違いないだろう。ただこんな人混みの中で、素性も知れぬ人間を探すのは容易ではない。現に舞踏会が始まってから既に一時間以上は経過しているが、それらしい人物は見当たらない。



「兄様」

 亜麻色の長い髪とヘーゼルの瞳の金色のドレスを身に付けた彼女は妹のブランチェスカだ。
 先程妹の夫のディートヘイムと挨拶をした際に顔を合わせたが、なんというか何度見ても派手だ。見ていると目が疲れてくる。
 まあディートヘイムはベタ褒めしていたし、本人も気に入っている様子なので別段何かを言うつもりはないが……目につく。

「遠路遥々ありがとう。来てくれて本当に嬉しいわ」
「可愛い妹の為だからね」
「あらでもロイド兄様、そう言えばシーナの姿がないけど連れて来てくれてないの?」
「あー……実はシーナ、出立の数日前に妊娠が分かってさ、来れなくなっちゃったんだよねー」

 ヘラっとしながらとんでもない事を言ってのけるロイドに目を見張る。そんな話は初耳だ。
 何故連れて来ていないのかは疑問に思ってはいたが、今回は長旅となるのでまだ婚約者である彼女をただ単に連れて来ていないだけだと勝手に思っていた。だがまさかそんな理由だったとは……。

「え、でもまだ結婚してないわよね?」
「うん。だから帰ったら直ぐ結婚する事になるかな」

 更に重要な話をまるで世間話でもするくらい軽さで話す弟に呆れた。
 だがまあ確りと責任を果たすつもりなら口を出すつもりはない。ロイドだってもう子供ではないのだ。これから父親になるなら尚更だ。
 それにしても、妹にも弟にも先を越される兄二人とは情けない。
 きっと周りからもこれまで以上に色々と言われるのが目に見える。今から気が重い。

「そっか、おめでとう。シーナにも宜しく伝えて。元気な子供が産まれる様に願ってるわ」
「うん、ありがとう」
「ねぇ、さっきから気になっていたんだけど……あれは、どうしたの?」

 ブランチェスカが控えめに指差したのは、クロードだった。
 大きな独り言を言いながら血眼になって例の運命の女性とやらを探している。それこそ溺愛する妹の存在にも気付かないくらいに……。
 その様子は余りにも必死で、兄から見ても些か不気味だ。やはり重症だ。

「あ、あれは‼︎」

 不意に叫ぶクロードはある場所を指差した。
 行儀の悪い弟に呆れながらも、その指が示す先を見る。すると広間の奥に若い男ばかりの人集りが出来ていた。

「今、一瞬見えたんだ! 彼女だ!」
「彼女?」
「あぁ、ブランチェスカ、そうだよ! 彼女は昼間出会った僕の運命の女性ひとなんだ!」

 妹がいる事に気付き、更にクロードの興奮度合いは上がる。実に分かり易い。

「それって、ベルティーユ様の事?」
「知り合いなのかい⁉︎」
「知り合いも何も、私にとっては義妹だもの」
「は? 義妹って……」
「リヴィエ国、第一王女殿下のベルティーユ様よ。もしかして、まだ挨拶していないの?」

 ベルティーユーー。

 妹の言葉にレアンドルは目を見開き、呆然とする。
 そうだ、確かにその名は知っていた。だが何故か記憶から抜け落ちていた。

「勿論ベルティーユ王女の事は知っていたよ。ただ彼女がそうだったなんて思いもしなかったんだ」
「それでクロード兄様は、ベルティーユ様に一目惚れしたって事?」
「違う、これは運命なんだ! だからすまない、ブランチェスカ。これまでは君だけのお兄様だったけど、これからは半分は彼女のものになる。許して欲しい」

 話の通じないクロードに、顔を引き攣らせたブランチェスカが「気持ち悪い」と呟いたのが聞こえた。レアンドルもロイドも苦笑する他ない。
 だが当の本人だけは聞こえていないらしく、一人盛り上がっているので放っておく事にする。

「ベルティーユ様って凄く人気があるのよ。でもこれまで誰とも踊った事がないそうなの。なんだかレアンドル兄様みたいだと思わない?」

 悪戯を企んでいる子供の様な顔で笑う妹に、昔から変わらないと思った。
 レアンドル達兄弟は皆腹違いだが、ロイドとブランチェスカだけは母親が同じだ。その為性格や考え方も良く似ている。二人共に陽気であると同時に、たまに悪ふざけが過ぎる事もあった。

「どんな素敵な殿方の誘いも断る事で有名で、それが却って男性達の闘争心に火を付けているなんて言われてて。もしレアンドル兄様が誘ったらどうなるかしら」
「何故そこで俺が出てくるんだ……」

 そんな下らないやり取りをしていた時だった。
 その彼女が人集りを抜け出し姿を見せた。その後では「姉上に近付くな‼︎」と喚いている少年が、男性達を蹴散らしている。それを見て、意外とクロードみたいな人間は世の中に沢山いるのだろうかとしみじみ思った。

「‼︎」

 戸惑った様子の彼女は周りから注目されている事に気が付き恥ずかしそうに身を縮めていた。
 その時、彼女は不意に此方へと視線を向ける。
 蒼く大きな瞳と目が合ったーーその瞬間、分かった。

(あぁ、彼女だーー)

 ずっとずっと、会いたくて仕方がなかった彼女だ。
 絹糸の様に美しい白金の長い髪も宝石と見紛う大きな蒼眼も、触れたら簡単に壊れてしまいそうな華奢な身体も、全て

 時が止まった様に互いに見つめ合った。
 演奏の音や騒がしい人々の声も、妹や弟達の声も何も聞こえない。
 全身全霊、全ての意識を彼女に向けた。
 不安気に揺れる瞳すら愛おしくて仕方がない。

「ベルティーユ」

 自制なんて出来る筈がない。
 余計な事を考える間もなくレアンドルの足や身体は勝手に動いていた。
 迷う事なく彼女の元へと駆け寄ると、形振り構わず掻き抱いた。

「ベルティーユっ」
「っ‼︎」

 涙が出るくらい懐かしい彼女の温もりに、レアンドルの心は喜びに打ち震える。
 もう絶対に離したくない。
 ただ反応のない彼女にレアンドルは一抹の不安が頭を過った。

 彼女がレアンドルを認識していなかったらーー。

 そうなるとレアンドルはうら若き初対面の女性に許可もなくいきなり抱き付いた変態になってしまう。
 周囲から何と思われ様と構わないが、彼女から軽蔑されるのだけは耐えられない。
 今更ながらに背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「レアンドル、様……」

 その時だった。ずっとされるがままだったベルティーユが身動ぐと遠慮がちにレアンドルの背中へと腕を回してきた。

「ベルティーユ……」

 顔を覗き込めば、瞳に涙を溜め頬を赤く染め泣き笑いの様な顔をしていた。
 彼女はおずおずとレアンドルの胸に顔を埋めると「レアンドル様」と何度となく名前を呼び続ける。
 そんな様子に胸を撫で下ろした。
 そして安堵すると今度は邪な思いが込み上げてくる。

(無理だ、こんなの我慢出来る筈がないだろう……)

 頭では流石に節操がないと考えながら、手は彼女の柔らかな頬に触れ顎を持ち上げるとそのまま唇を重ねた。

 


◆◆◆


 身支度を整え、迎えに来てくれた弟と一緒に大広間へと向かった。
 昼間の挙式同様、多くの人々で既に賑わいを見せていた。

「危険なので姉上は絶対に僕の側から離れないで下さい!」

 何時も夜会や舞踏会の前には同じ様な事を言われるが、ベルティーユには未だに弟が何を言っているのか不明だ。

 初めに今夜の主役であるディートヘイムとブランチェスカに挨拶に行き、その後は順番に回っていたが途中途中で色んな男性に呼び止められ全然進まない。ただその都度マルセルが間に入ってくれるので助かっている。

「大変だわ」

 うっかりしていた。
 ブランチェスカの兄君達にも挨拶しなくてはと思った矢先、沢山の男性に取り囲まれてしまった。
 マルセルは先程の男性と話していて戻って来ないし、ここは自分で乗り切る他ない。
 だが自分の背丈よりも高く体格もいい男性達に囲まれて萎縮してしまう。

「ベルティーユ様、今宵こそ私と踊って下さいませんか?」
「おい、抜け駆けするつもりか⁉︎」
「実はベルティーユ姫に、お見合いを申し込ませて頂こうと考えておりまして……」
「僕の事、覚えてますよね? 半年程前にお見合いをした……」

 四方八方から話しかけられ、困惑しながらもハッキリとベルティーユは断る。

「申し訳ございません。私は何方とも踊るつもりはないので……」
「何故ですか、理由をお聞かせ下さい。納得出来ません!」
「やはり想われている男性ひとがいらっしゃるのですか⁉︎」
「それは……」

 食い下がる男性達に言葉が詰まる。

(い、言えない……ダンスが下手過ぎるからなんて、そんな事……)

 ベルティーユは昔からダンスのセンスが壊滅的だった。
 講師から面白い動きと言われてからすっかり自信がなくなって人前でなんて絶対に踊れない。怖くなってしまった。
 因みにその講師はその日の内に暇を出されていた。

(それに……)

 もしどうしても踊らなくてはならないなら、彼がいい。上手く説明は出来ないが、彼となら踊れる気がする。
 だがそれも夢の中の話だ。現実じゃない。彼なんて存在しないーー。
 そんな事分かり切っている筈なのに、酷く落胆している自分がいる。

「姉上に近付くな‼︎」

 返答に困っているとマルセルがやって来て男性達へ対応をしてくれる。そしてそのままベルティーユを輪の中から外へ押し出してくれた。

 戸惑いながらも胸を撫で下ろす。ただマルセルの叫び声の所為でかなり目立ってしまっている。
 そんな時、何となく視線を向けた先にいた灰色の瞳の青年と目が合った。
 その瞬間、分かったーー彼だ。

 青みを帯びた銀色の艶やかな髪、鋭く美しい灰色の瞳、眉目秀麗で凛とした佇まいーー何もかも
 会いたくて会いたくて仕方がなかった彼がそこにはいた。

 時が止まった様に互いに見つめ合った。
 優雅な演奏の音も賑やかな人々の声も、何も聞こえない。
 ただ只管に彼に意識を向けた。
 射抜く様な強い瞳に絡め取られて目が離せない。

「ベルティーユ」

 彼の唇が私の名前を呼ぶ。それだけで目の奥が熱くなる。
 今直ぐに駆け出して彼に抱き付き温もりを全身で感じたい。そんな衝動に駆られるが、あの頃とは違う。もし拒絶されたら……そう思うと怖くて動けない。臆病者な自分に情けなくなる。
 だがそんな不安を彼が一瞬にして取り払ってくれた。
 真っ直ぐにベルティーユを見つめながら、迷いなく彼は駆けて来ると勢いよく抱き締めてくれた。

「ベルティーユっ」
「っ‼︎」

 心臓が跳ねた。
 嘘みたいだ。どうしてもこれが現実だと思えない。ずっとずっと苦しくなる程に会いたかった彼がいる。名前を呼ばれて、彼の腕の中にいる。
 ベルティーユは微動だに出来ずにいた。
 本当は彼を抱き締め返して縋り付きたい。でもこのまま手を伸ばした瞬間、夢から覚めて彼がいなくなってしまうかも知れない……そう思うと怖かった。

「レアンドル、様……」

 だがベルティーユは覚悟を決め勇気を振り絞り、恐る恐るレアンドルの背中へと腕を伸ばす。

「ベルティーユ……」

(良かった……夢じゃないっ……)

 目の奥が熱くなり嬉しくて安堵して涙が溢れてしまいそうになる。

(きっと今私、変な顔してる……)

 だがそんな事を気にする余裕などない。
 ベルティーユはレアンドルの胸に顔を埋め、彼の温もりを確かめる。
 
(温かくて、懐かしい……彼の匂いだ)

「レアンドル、様……レアンドル様……」

 彼の存在を確かめる様に幾度となく彼の名を呼んだ。
 すると不意に彼の手が優しく頬を撫で顎に触れて、上を向かされた。そしてそのまま唇が重なった。


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