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2話
しおりを挟むソーニャに全てを奪われた私にも、いくつか手に残ったものがある。
一つは知識。
学園に入れなくても、家で本を読んで必死に勉強した。
両親、ソーニャ共に本に興味が無く、書庫から持ち出してもバレなかった。
二つ目は経験。
実は私は貴族だが働いていた。
ソーニャばかり優遇され、いつからか両親から必要な服も買ってもらえず、お小遣いの類も貰えなくなった私は、自分で働いて稼ぐしか無かった。
いろいろな場所で身分を隠しながら働いたので、経験は豊富だ。
そしてこの時、私はたくさんの人脈を作ることに成功していた。
三つ目は商会。
知識と経験と人脈を手に入れた私は商会を作っていた。
障害はたくさんあったが、努力して経営し、その商会は今や急成長を遂げていた。
これが愛情を与えられず育てられて、何もかも奪い取られたあの家で得られた物だった。
◯
「ウェンディ様、モイヤー家がショッピングローンを組みました」
「よくやったわ。それにしても、ローンを組んでまで買い物なんて、まだソーニャに甘いのね」
私は秘書の報告を聞いて満足に頷いた。
そして、未だに尽きない両親のソーニャへの愛に、私は薄く笑う。
「私にはそんなものくれなかったくせに」と付け加えて。
「……まぁいいわ。それにしてもバカね、あの人たちは。ローンなんて組んだら利息で真綿で首を絞めるように搾り取られるのがオチなのに」
急成長を遂げた私の商会は、ついにモイヤー家を顧客とした。
今、ソーニャへプレゼントを送り続けている両親は私の商会でお金を散財している。
加えて、ローンまで組ませたのでこれからモイヤー家は私の商会にお金を搾り取られていくことだろう。
「もっとローンを組ませてちょうだい。モイヤー家が身動きを取れなくなるくらい」
「了解しました」
◯
一年後。
モイヤー家は組んだローンの金利でもはやお金を全て使い果たしていた。
そしてついにお金を払えなくなったモイヤー家は、「一ヶ月待ってほしい」と頼むために私の商会までやって来た。
扉をあけて、私は商談部屋に入る。
すでに部屋の中で待っていた両親とソーニャが、私を見て驚愕で目を見開く。
私をこの商会の当主だとは知らなかったのだから当然だろう。
「お久しぶりですね」
「お、お前……」
「おやおや、私の名前を忘れてしまいましたか? あなたの娘ですよ。元ですけど」
「な、なんでここに……」
「それは当然私が商会の主だからです」
「で、デタラメを言うな!」
父が喚き散らす。
私は現実を見ようとしない父に、不快に眉をひそめた。
ため息をつき、紙を取り出す。
それはこの商会の権利書だった。私の名前が書かれている。
「これで理解できましたか?」
「ど、どうやって……」
「努力したんですよ。あなたに家を追放されてから」
そう言うと父は押し黙った。
父も貴族の端くれ、権利書については理解出来たようだ。
「では、お話を始めましょうか」
私は対面の椅子に座って足を組む。
貴族に対して傲慢な態度と言われるかもしれないが、今は私のほうが立場は上だ。
「まず、あなた達の金利の支払いですが、──一日たりとも待ちません!」
「なっ……!」
「当たり前でしょう? 待って私に得があるとでも? あるなら提示してください。ビジネスの基本ですよ」
両親もソーニャも何も言わない。
「はい、無いんですね。なら、あなた達の家財や、最悪家を売っても払って貰います」
「い、家まで!? あそこはお前の家でもあるんだぞ! そんな──」
「は? 私の家? あなた達が追放したんでしょう? どの口が言っているんです? それに、あんな家に思い入れなんてあるはずないじゃないですか。あるのは絶望と誰からも愛されなかった惨めな記憶だけ」
「絶望……?」
不思議そうに首を捻る両親。
私はハッ、と笑った。
「まだ気づいていなかったんですか。私のあの空っぽ部屋を見ても何かおかしいと思わなかったんですか?」
その言葉に両親はいまいちピンと来ていないようだった。
まぁ、分かっていたら追放なんかしないか。
「虐められていたのはソーニャ、ではなく、私なんですよ。信じていただけますか?」
「嘘だ! ソーニャがそんなことをする訳ない!」
「そうよ下らない嘘をつかないで!」
両親は信じていないようだった。
まぁ信じないならそれでいい。
自分の娘の潔白を信じながら地獄に落ちるなら、親として本望だろう。
次に私は青い表情のソーニャに話しかけた。
「今までよくやってくれたわね、ソーニャ。たっぷりと仕返ししてあげるから、期待しててね。──家が無くなる瞬間って、どういう気持ちになるか教えてあげる」
唯一自分のせいでこうなったことが分かっているソーニャは震え始めた。
しかし今になって公後悔してももう遅いのだ。
何もかも過去には戻らない。
「それでは、何を売り払っても支払っていただく、ということで。まぁ金額的に何もかも売り払うことになるでしょうけど」
私はクスクスと笑う。
そこに父が割って入った。
「ま、待て! 私達は家族だろう! 少しは勘弁してくれ!」
「……家族? ……あなたがそれを言うんですね」
私の心の底から怒りがこみ上げる。
私は許せなかった。
何も与えなかったのに。
何も愛さなかったのに。
何も信じてくれなかったのに。
今になって家族だなんて情に訴えかけようとしている父を、私は許せない。
「ふざ、けるな!」
いきなり怒鳴りだした私に、父は驚いて言葉を引っ込ませた。
「今まで散々疎外して、信じなくて、愛さなくて私を捨てたのに、今さらそんなことを言うな! 家族を語るな!」
怒鳴りながら、あの家にいた時の惨めな記憶が蘇って、私の目からは涙が溢れてきた。
「私がどんな気持ちで今まで過ごしてきたと思っているんだ! 愛して欲しかったのに! ソーニャだけ見て! あんた達なんか嫌いだ!」
私の怒声はもはや子供の駄々の様になっていた。
近くにあるものを手に取り、投げつける。
それは父に当たって、コツンと床に落ちた。
私が投げたものはペンダントだった。
昔、本当に小さい頃、父から貰ったものだ。
別に高いものでは無かったが、それは私の唯一の宝物だった。
「……まさか」
その中で、父だけが何かに気づいたように呆然として、ポツリと呟いた。
「帰れ! 絶対に一日も待たない! 嫌な思い出しかない家なんか売り払ってやる!」
「帰れ!」の言葉と共に扉をあけて商会のスタッフたちが入ってくる。
そして両親とソーニャの肩を掴んで連れて行こうとする。父たちはそれに抵抗することもなく外へと連れ出されていく。
連れて行かれる最中、父はまだ呆然として私を見続けていた。
「……すまなかった」
すれ違い様にそんな声が聞こえた。
私はその声を無視した。
◯
そして、モイヤー家の土地と家は売り払われた。
私の手には莫大なお金が入ってきたが、どうでも良かった。
モイヤーは没落した。
お金が無く、土地も家も無くなり貴族としての体裁を保てなくなった為だ。
両親もソーニャは平民として生きることとなった。
三人とも庶民として働いて暮らしているらしい。
「ウェンディ様、またお父上から手紙が来ています」
「……捨てておいて」
秘書が手紙を持ってやってくる。
私はそれを捨てておくように命令した。
週に一度、こうして父から手紙がくる。
いつも読む前に捨てているので、その内容がどんな物なのかは知らない。
しかしいつも決まって封筒には「親愛なるウェンディへ」と書かれていた。
手紙はまだ送られ続けている。
私がいつかその手紙を読む日が来るのかは分からない。
ただ、今もペンダントは大事に持っている。
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