喪女がビッチな悪役令嬢になるとか、無理ゲー過ぎる!

黒塔真実

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第三章

後悔と幸福と

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 気がつくと、私は本当にエルファンス兄様の傍にいた――

 エルファンス兄様は長い脚を持て余すように革張りの椅子に座り、マホガニーの机の上で分厚い魔導書を広げていた。
 銀髪によく合う魔導省の漆黒の制服姿は、背が高くなったせいかますます様になっている。
 より大人っぽくなった切れ長の深い青の瞳が、私のハートを射抜くようだった。
 お兄様ってば、さらに恐ろしいほど素敵になっている!
 そうか、もう今年で20歳になるんだ。

 ああ、やっぱりエルファンス兄様は世界一格好いいなぁ。

 ふらふらと引き寄せられるように私はエルファンス兄様に抱きつき、瞬間、するっと、すり抜けてしまう。

 そこでようやく自分が魂の状態でこの場いることに気がつく。

 ああ……そうだった。私、自殺しちゃったんだ。
 つまり幽霊になったそばから、お兄様に会いたさに飛んで来ちゃったのか。
 我ながら単純過ぎる。

 重い肉体を脱ぎ去った魂は酷く軽くてたよりなく、私はふわふわと浮かんだ落ち着かない状態で考える。
 死んでも意識は、魂は消えなくて、存在し続けるものなんだと。
 これって死なないとわからないことだよね。

「フィー?」

 そこでなぜかエルファンス兄様が私の名を呼んで本から顔を上げる。

「俺だ」

「殿下……」

 部屋の入り口に腕組みして立っていたのは、黒髪に青灰色の瞳――クリストファーだった。
 雰囲気的にどうやらここは魔導省の建物内みたい。

 クリストファーは現れるなり、エルファンス兄様にきつい眼差しと言葉を吐く。

「エル、お前正気なのか?
 皇女であるミーシャとの婚約を断わって、公爵の爵位の継承権も放棄するって――」

「別に俺自身、爵位などにこだわったことはない。
 イトコのジェイドも充分優秀だ。
 魔導省をクビになったら、俺は軍の魔導部隊にでも入るから問題ない」

「優秀って、魔導省次官までのぼりつめたお前と並ぶほどにか?
 何でそんなに妹のミーシャとの婚姻を嫌がるんだ?
 子供過ぎるからか?」

「そういうことじゃないし、この話はもうしたくない」

 話を横で聞いていた私は驚愕する――なんと! お兄様は私のために婚約を断ってくれていたんだっ。
 皇族からの婚約って普通は断われない。
 だから公爵家の跡継ぎから降りたんだ……。

 それなのに私、死んでるしっ!!

 ごめんね、お兄様っ。

 二人の会話を聞きながら、私は自分の情けなさに床にどべっと落ちたというかメリこんだ。

 エルファンス兄様はきちんと約束を守っていてくれていたのに、私はこんな状態になってしまって……。

 この事実を知ったらショックを受けるなんてものじゃないよね。

 死んだ瞬間は幸福感にすら包まれていた私の心が、今や後悔の思いで満ち満ちていた。

 お父様は私の死をかなり嘆き悲しむだろうし、エルファンス兄様いたっては想像もしたくない。
 こうしている今もセイレム様は相当傷ついているだろうし……。

 自殺をした人間の周囲の者は皆不幸になる、って言葉は真実だったんだ!

 死後に分かった辛過ぎる現実に、私は立ち直れないぐらい深く落ち込む。




「何だか、酷く、今夜は胸騒ぎがする……」

 馬に乗って帰宅する途中、お兄様が独り言を言った。

「お前に何かあったのか? フィー、しかも先刻からなぜかお前の気配を感じる。
 俺はお前に会いたいあまり、頭がおかしくなったのか?」

 凄い、お兄様って霊感あるのかも!



 エルファンス兄様は公爵家に帰って一人遅い夕食を終えると、寝室へ直行した。
 そしてすぐに下着姿になって寝台に横たわった。
 もうそのまま寝るのかなと思いきや、時折、ハッとしたようにこちらを睨みつけては、私を驚かす。

 でも最後に神経質な瞳でこちらを凝視したあと、深いため息をついてかぶりを振り、銀髪の頭を枕に沈めて目を瞑った。

 ようやく眠りについたのを確認すると、私はそろそろと近くに寄っていく。

 エルファンス兄様の顔は昔より精悍な感じになっていて、それはそれは素敵だった。

 ベッドの傍で寝顔を見下ろしながら、やっと会えた感動ともう結ばれることがないという悲しみが、心の中でないまぜになる。

 私は銀色の睫毛の伏せられた目元にそっと唇を落とした。
 実際に触れる事ができなくても、それだけで充分幸せな気がした。

 その晩、私はエルファンス兄様に寄り添って、一晩中寝ている姿を観察し続けた。
 お兄様は悪夢を見てるのか、寝たまま時々眉根を寄せたり歯ぎしりして、苦々しい表情を浮かべていた。

 私には魂が永遠のものかいつか消えてしまうのかわからないけど、一刻でも永くこうして一緒にいられるようにと、切に願った。
 たとえエルファンス兄様の瞳に私の姿が映ることがなくても――。

 その日以来、私は毎朝お兄様と一緒に魔導省に出勤し、夜遅くに帰宅したあと寝顔を見守る毎日を送った。

 エルファンス兄様何をしていても素敵だけど、仕事中をしている姿は格別だった。
 難しい魔導書を解読してみせたり、魔導兵器の開発に携わったり。
 お兄様はすでに指導者的な立場みたいで、部下の人達にきびきびと指示をしていた。

 何も知らないエルファンス兄様を見てるのは切なく辛かったけれど、それでも毎日ずっと一緒にいられるのは幸せだった。
 お風呂の時や着替えの時だけは、さすがに恥ずかしいので背中を向けたり、浴室から出るようにしたけどね。
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