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第五話「現実はクソだ」と少女は思っていた

Chapter 2、ラブホ内で

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 ラブホの玄関へと先に立って入っていくわたしの背に、保が質問を投げかけてくる。

「なあ、このラブホ内のゾンビを全部片付け終わったら、今夜こそ、部屋でお楽しみだよな?」

 わたしは振り返りもせず「無理」と素っ気なく答える。

「――って!? いい加減にしろよっ。昨日も拒否って、また今日もかよ?」
「まだ二日目じゃない」
「お前、若い健康な男が一晩我慢することが、どれほどの辛い拷問だか分かって言ってんのか?」
「……おかげで昨夜泊まった商店が、朝になってもゾンビの大群に囲まれていなかったのだとしたら?」
「あん? なんだよ、それ?」

 ズガーン、ズガーンと、ショットガンを撃つ片手間に、わたしは昨夜閃き今朝確信を深めた、ある法則の話を保に語って聞かせた。

 その事実に気がついたのは、懐かしのカメハドラッグストアに立ち寄った昨日の夜。
 商店の二階で、怜との思い出を振り返るうちにうとうとしていたところを、いきなり保に襲われたのがきっかけだった。

 反射的に男の急所を蹴り上げながら思いついたのは、ゾンビの群れが襲ってくるのが、必ずわたしが男と深い関係になった直後だということ。

 初めてゾンビの大群に襲われたとき、共同生活を初めて二週間は平和そのものだった。
 仲が悪い圭と二人きりだった一ヶ月間も同じく。
 二回目の保と出会ったときも、夜になるまで周囲に異変はなかった。
 三回目の山頂のホテルでも、わたしがやって来るまで姫達は平穏に暮らしていた。

 そして保を拒否って一晩明けた今朝の平和な目覚め。

 わたしと並んでサブマシンガンを撃ちながら、そこまで話を聞いていた保が顔をしかめる。

「なんで、そんなあほみたいな法則が成り立つんだよ?」
「それについてはわたしも、まだなんとも言えないんだけど……」

 たとえこの世界が仮想現実ゲームだとしても、どうしてそんな法則が存在するかの理由が思いつかない。

「とにかく、三回偶然が重なれば、それは必然だと思わない?」
「思わないね! だいたい俺にとってはまだ二回目だ。生憎、自分の目で見たものしか信じられない性分でね」
「二回じゃ不十分?」
「ああ、同じことが偶然重なることはよくあることだ」
「ふうん」
「それに百歩ゆずってお前の仮定がその通りだとしても、禁欲生活の上に成り立つ平和などクソくらえだ!!」

 力を込めて言うと、保は苛立ちをぶつけるようにサブマシンガンを連射した。
 わたしは少し考えてから、提案する。

「だったら、駄目押しの実験をしてみる?」
「駄目押しの実験?」
「そう」
「つまりヤラせてくれるってことか?」
「単純に言えばね。ただし、階数がそこそこあって、数ヶ月間安全に立てこもれる建物があればの話だけど」

 保は最後のゾンビを蜂の巣状にしたあと、にやっと笑った。

「――それなら、うってつけの建物がある」
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