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第六章「結びあう魂」
9、アレイシア
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すでに旗印であるセドリックとリューク王が死んだ今、もうこの戦い自体に意味はないのかもしれない。
それでも私は必死に馬を走らせる。
たった一人の運命の相手を目指して――
結局、私もエルメティアと同じなのだ。
愛していたからこそ耐えられなかった。
デリアンにとって自分が不要どころか、何の影響力もない、取るに足らない存在であることが。
――憎しみと愛はなんと似ていることか――
「そうね、カエイン、私も最早、これが愛なのか執着なのか憎しみなのか、自分でもよく分からない……!
分からないのに、この胸の中で燃えさかる業火は一向に消えそうにないの!」
きっとこの火は、デリアンへの恨みが晴れるまで消えることはない。
「ああっ、どこなの? デリアン、どこにいるの?」
デリアンを呼んで探し求める瞳に舞い上がる粉塵が染み、涙と汗が弾けて飛散する。
闇雲に戦場を駆け回れども、なかなかデリアンには出会えなかった。
すっかり途方にくれて苛立っていたとき、ふいに手中の守護剣が、初めてレスター王子に会った時のように振動し始める。
まるで対になる剣の持ち主の身に何かが起こったことを知らせるように――
昨夜レスター王子はデリアンの元へ直行すると言い切っていた。
もしやと思った私は、守護剣の導きに従って馬を走らせ始める。
カエインがかけた支援魔法によって、あたかも羽が生えて飛ぶような移動速度だった。
距離が近づいていくのを知らせるように、徐々にキィーンとした振動音が高鳴っていき――巻き上がる土埃の中、ようやく地面に横たわる黒づくめの胴体へとたどり着く。
見たところ遺骸には頭部がなかったが、身につけている特徴的な漆黒の鎧から、レスター王子に間違いないようだ。
頭部は首級をあげた証拠として、デリアンが持ち去ったのだろう。
予感はしていたが、やはり剣鳴りは不吉な知らせだったのだ。
レスター王子とは短い付き合いで、しかも揉めることのほうが多かったのに、兄妹剣を持つ影響だろうか――まるで身内を失ったような苦い思いが胸を覆う。
あるいは守護剣の覚醒条件の話をしておけば、前回の勝利で慢心せず、私が到着するぐらいまでは持ったかもしれない。
しかし母の死と同様に、今は感傷的に振り返っている場合ではない。
――デリアンの姿は近くに見えないが、首の断面からまだ血が流れ出ていることからそう遠くまでは行ってないはずだ。
そう判断して周囲を見回す私の瞳に、その時、多くの人馬の向こう側で閃く、魔法剣から放たれる黄金の光が映る。
やっと見つけた!
英雄だけが扱える大剣を奮う、吐きそうなほど愛しい私の元婚約者。
私は鞭を奮って一気に馬で駆け出すと、復讐の女神の剣を派手に振り回し、間にいる邪魔な敵兵をまとめてなぎ倒してゆく。
「デリアーーーーーン!!」
ドスをきかせた声で叫びつつ、我ながら正気を疑ってしまう。
だけどそれほどあなたを愛したのよ。
デリアン。
気がふれるほどあなたを愛していたの。
この胸に残された望みはただ一つ。
私が味わった苦しみをそっくりあなたに返すことのみ!
――忘れ去られるぐらいなら、殺し合うほうが百倍ましだ――
「アレイシア!」
デリアンも私に気がついたようで、野菜のへたでも切るように次々と兵士の首を跳ね飛ばし、こちらへ一目散に駆け寄ってくる。
悲鳴を上げる暇も与えないほどに一瞬にして奪われていく命達――まさに圧巻の強さだった。
そうして至近距離まで来るとお互い馬を止め、真正面からしっかりと睨み合う。
「どれほど、この時を待ちわびてきたことか!
今こそ私の恨みを存分にその身に刻みつけ、敗北の土を食らわせたあと、心臓を抉り出してやるわ!」
私はまっすぐ伸ばした復讐の女神の剣の先を相手へ向け、気迫をこめて宣言した。
対峙するのは、たてがみのような黄金の髪と鮮やかな空色の瞳、きりりと整った精悍な顔、長身の鍛え抜かれた鋼のような肉体を持つ英雄デリアン。
「血なまぐさい言葉を吐く、お前は本当に、あの可憐な白百合のごとき乙女のアレイシアなのか?
痛ましい事この上ない。今のお前ときたら、まるで野に住む飢えた獣のようではないか?」
他人事のようなその言いぐさに、思わず私の胸にカッとした怒りの炎が燃え立つ。
「いったい誰がそうさせたのよぉおおっ!!
無責任な約束をした挙句、私の愛を、夢を、全部、踏みにじったのはあなたじゃない!!」
デリアンは、銀のサークルを嵌めた頭を掻きむしり、盛大に溜め息をついた。
「それではやはりお前は、たった今殺したレスター王子が言っていたように、俺に復讐する為だけにセドリックを逃し、この戦いを起こしたと言うのか?」
私はゆっくりと嫌味ったらしく答える。
「ええ、そうよ。ただ、あなたに復讐するためだけに、全てやったのよ」
「だったら、もうここまでで終いにしろ。お前に俺を倒すのは不可能だ。
婚約破棄について謝って欲しいというなら、何度でも頭を下げよう。すまなかった、アレイシア」
いかにも上から目線のデリアンの謝罪を耳にしながら、『雑念は死を呼ぶ』という母の教えが頭をよぎる。
復讐を達成したいなら、相手に何を言われようと心乱されてはいけない。
そう分かっていても怒りと苛立ちが抑えきれず、剣を持つ手がぶるぶると震えてしまう。
「何言ってるの? ふざけないでっ……!
今さらそんな上辺だけの謝罪などいらないし、ここまできたら、もうとことん殺り合うしかないのよ!」
「頼むから、命を粗末にするな、アレイシア」
それでも私は必死に馬を走らせる。
たった一人の運命の相手を目指して――
結局、私もエルメティアと同じなのだ。
愛していたからこそ耐えられなかった。
デリアンにとって自分が不要どころか、何の影響力もない、取るに足らない存在であることが。
――憎しみと愛はなんと似ていることか――
「そうね、カエイン、私も最早、これが愛なのか執着なのか憎しみなのか、自分でもよく分からない……!
分からないのに、この胸の中で燃えさかる業火は一向に消えそうにないの!」
きっとこの火は、デリアンへの恨みが晴れるまで消えることはない。
「ああっ、どこなの? デリアン、どこにいるの?」
デリアンを呼んで探し求める瞳に舞い上がる粉塵が染み、涙と汗が弾けて飛散する。
闇雲に戦場を駆け回れども、なかなかデリアンには出会えなかった。
すっかり途方にくれて苛立っていたとき、ふいに手中の守護剣が、初めてレスター王子に会った時のように振動し始める。
まるで対になる剣の持ち主の身に何かが起こったことを知らせるように――
昨夜レスター王子はデリアンの元へ直行すると言い切っていた。
もしやと思った私は、守護剣の導きに従って馬を走らせ始める。
カエインがかけた支援魔法によって、あたかも羽が生えて飛ぶような移動速度だった。
距離が近づいていくのを知らせるように、徐々にキィーンとした振動音が高鳴っていき――巻き上がる土埃の中、ようやく地面に横たわる黒づくめの胴体へとたどり着く。
見たところ遺骸には頭部がなかったが、身につけている特徴的な漆黒の鎧から、レスター王子に間違いないようだ。
頭部は首級をあげた証拠として、デリアンが持ち去ったのだろう。
予感はしていたが、やはり剣鳴りは不吉な知らせだったのだ。
レスター王子とは短い付き合いで、しかも揉めることのほうが多かったのに、兄妹剣を持つ影響だろうか――まるで身内を失ったような苦い思いが胸を覆う。
あるいは守護剣の覚醒条件の話をしておけば、前回の勝利で慢心せず、私が到着するぐらいまでは持ったかもしれない。
しかし母の死と同様に、今は感傷的に振り返っている場合ではない。
――デリアンの姿は近くに見えないが、首の断面からまだ血が流れ出ていることからそう遠くまでは行ってないはずだ。
そう判断して周囲を見回す私の瞳に、その時、多くの人馬の向こう側で閃く、魔法剣から放たれる黄金の光が映る。
やっと見つけた!
英雄だけが扱える大剣を奮う、吐きそうなほど愛しい私の元婚約者。
私は鞭を奮って一気に馬で駆け出すと、復讐の女神の剣を派手に振り回し、間にいる邪魔な敵兵をまとめてなぎ倒してゆく。
「デリアーーーーーン!!」
ドスをきかせた声で叫びつつ、我ながら正気を疑ってしまう。
だけどそれほどあなたを愛したのよ。
デリアン。
気がふれるほどあなたを愛していたの。
この胸に残された望みはただ一つ。
私が味わった苦しみをそっくりあなたに返すことのみ!
――忘れ去られるぐらいなら、殺し合うほうが百倍ましだ――
「アレイシア!」
デリアンも私に気がついたようで、野菜のへたでも切るように次々と兵士の首を跳ね飛ばし、こちらへ一目散に駆け寄ってくる。
悲鳴を上げる暇も与えないほどに一瞬にして奪われていく命達――まさに圧巻の強さだった。
そうして至近距離まで来るとお互い馬を止め、真正面からしっかりと睨み合う。
「どれほど、この時を待ちわびてきたことか!
今こそ私の恨みを存分にその身に刻みつけ、敗北の土を食らわせたあと、心臓を抉り出してやるわ!」
私はまっすぐ伸ばした復讐の女神の剣の先を相手へ向け、気迫をこめて宣言した。
対峙するのは、たてがみのような黄金の髪と鮮やかな空色の瞳、きりりと整った精悍な顔、長身の鍛え抜かれた鋼のような肉体を持つ英雄デリアン。
「血なまぐさい言葉を吐く、お前は本当に、あの可憐な白百合のごとき乙女のアレイシアなのか?
痛ましい事この上ない。今のお前ときたら、まるで野に住む飢えた獣のようではないか?」
他人事のようなその言いぐさに、思わず私の胸にカッとした怒りの炎が燃え立つ。
「いったい誰がそうさせたのよぉおおっ!!
無責任な約束をした挙句、私の愛を、夢を、全部、踏みにじったのはあなたじゃない!!」
デリアンは、銀のサークルを嵌めた頭を掻きむしり、盛大に溜め息をついた。
「それではやはりお前は、たった今殺したレスター王子が言っていたように、俺に復讐する為だけにセドリックを逃し、この戦いを起こしたと言うのか?」
私はゆっくりと嫌味ったらしく答える。
「ええ、そうよ。ただ、あなたに復讐するためだけに、全てやったのよ」
「だったら、もうここまでで終いにしろ。お前に俺を倒すのは不可能だ。
婚約破棄について謝って欲しいというなら、何度でも頭を下げよう。すまなかった、アレイシア」
いかにも上から目線のデリアンの謝罪を耳にしながら、『雑念は死を呼ぶ』という母の教えが頭をよぎる。
復讐を達成したいなら、相手に何を言われようと心乱されてはいけない。
そう分かっていても怒りと苛立ちが抑えきれず、剣を持つ手がぶるぶると震えてしまう。
「何言ってるの? ふざけないでっ……!
今さらそんな上辺だけの謝罪などいらないし、ここまできたら、もうとことん殺り合うしかないのよ!」
「頼むから、命を粗末にするな、アレイシア」
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