【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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第六章「結びあう魂」

13、結び合う魂――【後】

 巨大な白亜の城の屋上に降り、建物内に入っていくと、カエインにつき従って廊下を進んでいく。

「ねぇ、カエイン、上から見た庭がとても綺麗だったから、少しだけ散歩してきてもいい?」
「珍しいことを言い出すな」

 カエインが疑うように金色の瞳を細めたとき、ちょうど廊下の向こう側から緋色のマントを広げ、とても長身で立派な体格をした壮年の男性が歩いてきた。

「よく来てくれた、カエイン」

「久しぶりだな、デリアン。かれこれ17年ぶりか?」

 男性と軽く言葉を交わしたあと、カエインは私の肩に手を乗せる。

「これは俺の弟子で婚約者だ――シア、デリアン王に挨拶しなさい」

 どうやら彼はこの国の王らしい。
 私は前に進み出て、低く腰を落としてお辞儀をする。

「初めまして、アレイシアと申します」

「シア……?」

 私の名前を聞いたとたん、なぜかデリアン王は大きく息を飲んで瞳を見張り、上からまじまじと顔を見つめてきた。
 対する私は、以前会ったことがあっただったろうかと首をひねりつつ精悍な顔を観察したが、全く見覚えがない。
 不思議に思いながらじっと見上げていると、突然腕が伸びてきて左手をがしっと掴まれる。

「えっ?」

 デリアン王はわざわざ屈み込んで、私のローブの袖をめくって左手首を近くから確認した。

「……そんな……何も、ない……?」

 動揺したような表情と声で言われたが、どういう意味なのかさっぱり理解できない。

 もしかして誰かと間違われている?

 困惑して固まっていると、後ろから両肩をつかまれ、引き寄せられながら身体の向きを変えられる。
 と、目の前にいきなりカエインの顔が迫っていて、唇を強く重ねられ、いつになく深い口づけを受ける。
 人前で恥ずかしいなと思いながらも、初めての大人のキスに胸が高鳴ってうっとりしてしまう。

 カエインはまるでデリアン王に見せつけるように、たっぷり熱いキスをしてから唇を離すと、ぼーっとしている私の頭を優しく撫で、

「中庭を散歩したいんだったな。行ってくるといい」

 珍しく自由行動の許可を与えてくれた。

「ありがとう。カエイン!」

 嬉しさのあまり私は一瞬でデリアン王のことを忘れ、弾むような足取りで駆け出していた。




 とにかく誰か暇そうな人を捕まえて、カエインのことを質問しなくっちゃ。
 職務中の城の衛兵に話しかけるのは悪いので、とりあえず中庭に飛び出すと、暇そうな人物がいないか物色する。

 石畳が切れて草地に入ったあたりで、木立の向こうから会話が聞こえてきた。
 声のするほうを目指して木々の間を進んでいくと、本を膝に乗せてベンチに座る少年と長い剣を持った少女が見えた。

「こんなにいい天気なんだから、読書なんてしてないで、私の剣の相手をしなさいよ」

「今朝散々しただろう? 頼むから休憩時間ぐらい、本を読ませてよ姉さん」

「んもう、つまらないんだから!」

 怒ったようにベンチの背を殴りつけると、緋色の騎士服を着た少女は長い金の巻髪を翻し、少年を一人残してこちらへと歩いてきた。
 合わせて立ち止まったところ、彼女にキッとした瞳で睨まれ、出かかった挨拶の言葉を飲み込む。
 
 少女とすれ違った私は、溜め息をついてから再び足を進め、

「こんにちは、少しいいかしら?」

 声かけしながら少年に近づいていく。
 するとまばゆい黄金色の髪が揺れ、甘く整った麗しい顔が上げられた。

「こんにちは、構わないよ」

「あっ」

 ー―その陽だまりのような、温かい空色の瞳を向けられた瞬間――
 なぜか全身に衝撃が走り、完全に動きが止まってしまう。
 間違いなく初めて会う相手なのに、昔から知っているような懐かしさがこみ上げ、胸が熱く震えて涙が込み上げてくる。

「君は誰?」

 少年も大きく見開いた瞳を潤ませながら、震える声で問いかけてきた。

「私は、アレイシア」

「アレイシア」

 少年はさらに驚いたような表情をする。

「どうかしたの?」

「いや、有名な女騎士と同じ名前だったから……」

 理由を口にしてから、少年は気を取り直したように笑顔を浮かべる。

「僕はこの国の王子のレイモンド、今去って行ったのは双子の姉のカティアだ」

 そこで私も我に返り、手の甲で涙を拭って笑い返した。
 そのまま少し無言で顔を見合わせているうちに本来の目的を思い出し、カエインのことを知っているか尋ねてみた。


「もちろんだよ。カエイン・ネイル様といえば、このアスティリア王国の伝説の魔法使いだからね」

 私は自分がカエインの養い子であると明かしたうえでお願いする。

「何でもいいから知っていることを話してほしいの。カエインがこの国にいたときのことを全然知らないから……」

「そうか、僕の知っている範囲で良ければ聞かせてあげるよ。
 ――と、言っても、当時者の一人である父は何も教えてくれないから、王国に広く伝わっている話になるけどね」

「お願い、聞かせて!」

 力を込めて言った私に、少年はクスッと笑いかけてから「いいよ、座ってゆっくり話そう」と自分の横の座面を叩いて示す。

 そうして気持ちの良い風が吹き抜ける木陰のベンチに、二人で並んで腰掛けると、

「これは戦姫と呼ばれたエルメティア姫を巡る、一騎当千の英雄である父と、伝説の大魔法使いカエイン・ネイル様の物語なんだ……」

 少年は優しく澄んだ空色の瞳で私を見つめながら、穏やかな口調で語り始める。

 ――それは戦姫と英雄と魔法使い、三人の恋物語であると同時に、つねに周囲に見下され続けた廃太子が剣を手に立ち上がり、みごと勇気を示して名誉を取り戻す物語。

 そして英雄に捨てられた一人の哀れな女騎士の、破滅的で鮮烈な恋の復讐物語――



FIN
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