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第三章 冷酷非情の世界に生きる

第20話 長い物には巻かれろというけれど

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 そんな話をしてから二日後。ついに、ノーリアの外交官がボトム・ロックに来た。嫌な乗り物ひとつに乗ってな。
 嫌な乗り物っていうのは、フライング・シップのことだ。横幅が広くなった戦艦のような形をしているこいつは、重力制御装置(gravity controller)を使って重力を操り、空中を飛んで移動することができる。

 他にもいろいろな特徴があるんだが、ここでグダグダ説明するより、実際に見て確認したほうが早いよな。よし、これからダーカー、エイミーと一緒にそいつを見に行くから、お前もちょっと見ていけよ。



 街の外れ、昔は陸上競技場があったらしいその場所は、今はデカい更地と建物のガレキがあるだけになっている。どうせ大戦時にミサイルか何かで吹き飛ばされたんだろう。そして今ここには、さっき話に出てきたフライング・シップ一隻がでーんと座っている。その周りにはノーリアの警備兵がいて、アサルト・ライフルを手に守りを固めている。
 連中は、あまり厳しく警戒するつもりはないらしく、俺たちや街の住民たちが見物に行っても軽く追い払うだけだ。もちろん、あまりに近づくとヤバい雰囲気になるけどな。

 今、私服姿の俺たちは、望遠鏡なんぞ持ちながらシップをながめている。そいつは船体のあちこちに大砲を備えており、ちょっとしたビルくらいならあっさり破壊できそうな雰囲気を漂わせている。だがちょっと小さいな。それに、どことなくボロい。ダーカーにその理由を聞いてみよう。

「なぁ、なんであれ、小さくてボロいんだ?」
「おそらくもともとは中古の民間用なんだろう。それをどこかから買って、軍事用に改造したんだ」
「へぇ~……」
「いや、買ったとは限らないな。侵略戦争の途中、どこかの街にあった奴を手に入れた……ということかもしれん」
「どっちにしろ、奴らがこれを持ってるって事実は変わらねぇ。やっかいなものを、まったく……」

 エイミーが俺に質問する。

「あれ、ヘリエン搭載できる?」
「たぶんな。軍事用ならそれぐらいできて当然だ」
「すごい……」
「第三次大戦の時は、シップにヘリエン積んで戦場に運んで戦ったって話だ」
「同じこと、あれもできる?」
「間違いなくそうだろ」

 望遠鏡でシップを見ながらダーカーが喋る。

「普通のリグで来ればいいのに、なぜこんなデカブツに乗ってくるんだ」
「俺たちをビビらせたいんだろ。ノーリアは、その気になればいつだってシップを繰り出せる、ボトム・ロックをつぶせる。つぶされたくなければ我々のいうことをきけ、そういうプレッシャーをかけたいんだ」
「嫌な連中だな」
「ふん。そんなの分かりきってることじゃねーか」

 そうさ、嫌な連中さ。力を背景にやりたい放題、傍若無人な野郎どもだよ。そして、こんな奴らに屈するしかない現実も嫌なものさ。クソッタレだクソッタレ、みんなクソッタレだ!



 やがて休暇が終わり、いつもの日常が戻ってきた。訓練、街のパトロール、モンスター狩り、その他いろいろ。その間、市長をはじめとするお偉いさん達は、あぁだこうだと不可侵条約について話し合っていた。そして、フライング・シップが到着してから一週間後。条約はついに結ばれた。
 ある日の昼下がり、仕事が早く終わった日のこと。俺は宿舎の交流室で新聞を読みながら、その内容について確認していた。そんなところにやって来る誰かさん、その人は俺の背後に立ち、両手で俺の両目をふさいで言う。

「ふふ……。クロベーさんに質問です。私は誰でしょう?」

 答えは何か? 考えるまでもない、俺はそれを口にする。

「はいはい、ケイトさんでしょ」
「ずいぶん早く分かりましたねぇ」
「あなたのことなら何だって分かります」
「自信家なんですね」
「そんなこたぁーないッスよ……」

 俺の両目から彼女の手が離れていく。彼女は俺の隣の席に座り、質問してくる。

「何を読んでるんですか?」
「こないだの不可侵条約のことですよ」
「クロベーさん、どう思ってるんです?」
「ロクでもない話ですよ。食料も燃料も武器も、ごっそり持ってかれて……」
「あぁ、それなんですけどね……。これ、内緒にして欲しいんですが、うちの食堂、値上げすることになりそうなんです」
「値上げ?」
「ただでさえ食料不足なのに、ノーリアに取られてさらに不足するって話でしょう。そのせいで野菜も何もかも高くなってしまって……」
「なるほど」
「はぁ……。どうしたらいいんでしょうね」

 憂うつそうな顔をするケイトさん。その姿もまた美しい。美人は何をやってもサマになるのがずるいところだ、俺はいつもそう思う。

「市長がもっとしっかりして、強気に交渉してくれたらよかったんですが」
「どうしてそうならなかったんでしょうね……」
「やっぱ、あのフライング・シップのせいですよ。完全武装のあれを見て、完全にビビったってところでしょう」
「へぇ……」
「うちにはレールガンが十門ある。あれの威力ならシップなんて楽につぶせるんです。だからビビる必要ないのに、勝てないと思い込んで怖気づくから、向こうの言いなりになる」
「そういうものなんですか? 何にせよ、戦いになるのは怖いですよ……」

 彼女の声は不安に満ちている。こういう時、どういう風に振る舞うのがいいんだろうか? そう思っていると、彼女は壁の時計を見ていきなり喋る。

「あっ、もうこんな時間! すみません、私まだ仕事が残ってて……」
「食堂に戻るんですか?」
「いえ、掃除をしないと」
「大変ですね」
「クロベーさん、また後で。それじゃ、失礼します」

 足音を立てながら彼女は去っていく。
 うむ、値上げか……。相手より弱い、そのせいで振り回され、食料を奪われ、ひどい目にあう。クソッタレ、ノーリアめ……。



 人はなぜ他人に対して冷酷になれるのだろう。ホント、なぜなんだろうな?
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