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第四章 勝てば官軍、負ければ賊軍

第26話-2 時間は無情に流れ去る

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 スケート場の中は、意外に思うほど空いている。これがいいことなのか悪いことなのか、それは俺には分からないが、好都合であることは確かだ。
 初心者のエイミーに教えるなら、空いてるほうが安全だからな。混んでると人とぶつかって危ねぇんだよ。

 受付で入場料を払い、靴をスケート用に履き替えたらいざ出陣。スケート・リンクへと乗り込む……つもりだったが、乗り込む前から大変だ。エイミーがスケート靴に慣れてないもんで、うまく歩けないんだ。おかげで、俺が助けてやらにゃあならん。

「ほら、俺につかまって! ゆっくり歩くんだ、ゆっくり」
「うん……」
「靴はちゃんと履いたのか?」
「それは大丈夫。靴紐しっかり結んだ」
「かかとは?」
「教えてもらった通りにした。きちんと合わせた」
「了解。まぁとにかく、リンクに出ればなんとかなるから。じゃあ行くぞ、ゆっくり、ゆっくり……」

 しょうがねぇなぁ、こいつは……。ケイトさんはこんな奴の面倒を見てたのか。彼女の苦労がしのばれるぜ……。
 さて、のろのろ歩いてどうにかリンクに到着。エイミーの動きを助けながら乗り込み、まずは手すりへと移動する。

「とりあえずこれにつかまっとけ。そうすれば安定するから」
「うん」
「寒くねーか?」
「だいじょぶ。言われた通り、露出少なめの服装」

 彼女の服装について簡単に述べるなら、黒のロング・パンツ、白のコート、綿毛みたいにモフモフした飾り付きの耳当て、毛糸の帽子に手袋。どれもこれも上質な品に見えるのは、俺の気のせいか? 一言でいうならめかしこんでる印象なんだよ。

「お前さぁ……。別に、文句を言うわけじゃねーけど、ちょっとお洒落しすぎじゃねぇの?」
「ねぇ、かわいい……?」
「うん、可愛い。よく似合ってると思うが」
「本当……?」
「その耳当てとかいいじゃん。雪ウサギみたいで」
「うん!」

 喜んだ拍子に体のバランスを崩すエイミー。

「ほらほら、落ち着けって」
「ごめん……」
「最初はいろいろ仕方ない。俺だって、慣れないうちはダメダメだったからな」
「早く滑れるようになりたい」
「任しとけ、きちんと教えてやるから」

 こうして、俺とエイミー、二人だけのスケート教室が始まった。いやぁ、大変のなんのって。すぐ転ぶし、調子に乗るし、文句言うし。おまけに、何かというと俺につかまってくるしさ。俺は言ったわけ。

「俺はお前の松葉杖じゃないんだからさー。そんなに必死にしがみつくなって」
「ごめん」

 こいつ、口では謝ってるけど顔がニコニコしてやがんだ。なにがそんなに嬉しいんだか。一度なんて、滑ってる途中、俺の胸に飛び込んでくるような形になって、俺まで転びそうになったしよぉ。まぁ、最終的にはどうにか滑れるようにしてやったけどな。



 ある程度スケートを楽しんだ後、俺たちはリンクから上がり、売店なんかがある休憩所でのんびりすることにした。
 俺の目の前にある、カフェの席みたいな机。そこには、サンドイッチだのホット・ドッグだの、オレンジ・ジュースだのが並んでいる。俺はサンドイッチをもぐもぐ食べながら、向かい側で同じようにもぐもぐやってるエイミーに話しかける。

「お前、意外と気前いいんだな。こんなにおごってくるとは思わなかったぜ」
「たくさん迷惑かけた。そのお詫び」
「そんなの気にするなよ。友だちだろ」
「……ともだち……」
「うん? どうした、そんな顔して」
「なんでもない」

 エイミーの顔がしょげたものに変わる。こいつ今日はどうしたんだよ、いきなりニコニコしたり、今みたいになったり。女心と秋の空とはよく言ったもんだぜ。そんなことを考えていると、エイミーが口を開く。

「クロベー、なんで警備隊員になった?」
「なんでって、給料いいしな。それに、昔からロボット好きだったし。いろんなロボット・アニメを見たもんさ」
「それだけ?」
「ホント言うと、もう少し理由があるな」
「知りたい」
「そんな大した理由じゃねーよ」

 俺は、なんとなく恥ずかしい気持ちになりながら喋り始める。

「俺の親父はもう死んじまってるんだけど、あの人も警備隊の仕事しててさ。俺と同じように、ヘリエン乗りだったよ。それが理由かな」
「憧れてたの?」
「そういう気持ちもあったし、なんかこう、ライバルっていうのか……。いつか戦って勝つべき相手、そういう競争の気持ちもあったよ。だから、学生のころから体を鍛えてさ。警備隊に入ったらヘリエン乗りになって、親父と勝負して勝つ。そんなことを夢に見てた」
「うん」
「俺が警備隊に入る前のことだ。ある日、ヘル・キャットの大群が街に攻めてきてさ。警備隊が全力で戦って、親父も出撃して。その戦いで死んだ」
「……」
「街を守るため、命を落とす。そう言えばカッコいいけどよ、後に残された俺とお袋は大変だったぜ。当時は不況で、どこもかしこも金がなかったし。まぁ、どうにか今日まで生きてこれたけどな」
「クロベーのお母さん、どうしてる?」
「あの人も死んじまったよ。俺が警備隊に入って、一年ぐらいしてからな」
「病気……?」
「そうだ。いや、正確には少し違うな。ずーっと昔、間抜けなチンピラがいてさ。そいつは兄貴分の命令で病気のウイルスを運んでたんだが、その途中、それを壊しちまったのさ」
「わざとやったの?」
「事故だとさ。ちなみにそのウイルスは、どこかの街に生物兵器として売りつけるつもりだったらしい。大事なのはここからだ」
「うん」
「それは大戦時代に作られた新型のアンスラックス(anthrax)、炭そ菌で、感染力が強く、あっという間に街を汚染した」
「もしかして、クロベーのお母さん、それが原因?」
「ご名答。その通りさ、感染して死んじまった」

 そこでいったん話を切り、俺はオレンジ・ジュースを飲む。話を続ける。

「俺には兄弟姉妹なんていないしさ。だから、今は一人暮らしだ」
「ごめん……。悪いこと聞いてしまった」
「いいんだよ、気にするな。とっくに昔に終わっていた話なんだから」
「でも、ごめん」
「まぁいいじゃねか、細かいことは……」

 昔のことか。思い出すと、本当にいろいろあったな。別に涙もろいわけじゃないが、少し感傷的な気分になったぜ。

「何にせよ、俺は今の仕事が好きだし、親父みたいに街を守れて誇りに思ってるよ。そりゃ、戦ってケガしたり、訓練で隊長にしごかれたり、キツく感じる時もある。それでもやっぱ、警備隊やってて良かった思ってる」
「それはとってもいいこと。仕事が好き、毎日が楽しい。そう思う」
「いや、楽しいことばかりじゃないけどな。でも、お前をからかって遊ぶのは楽しいよ」
「からかっちゃダメ!」
「おうおう、怖い怖い」

 顔をザリガニの色にして怒るエイミーを見ていると、気分がすっきりしていくのを感じるよ。これからもよろしくな、エイミー。



 その後、心ゆくまでスケートを楽しんだ俺たちは、一緒に警備隊宿舎へ帰ることにした。その途中、待ち合わせ場所に使った時計台のところに来た時、ある男に出くわした。
 彼は「号外! 号外!」と叫びながら、道行く人々に新聞を配っていた。そしてその新聞の見出しにはこんなことが書かれてあった。

『戒厳令 発令』

 このタイミングでこれが発令ということは、冗談抜きで戦争が始まるということだ。その時、新聞紙を握り締めながら、俺は思ったのさ。



 どんな結果になろうと必ず勝つ、ってな。
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