未来に向かって突き進め!

夏野かろ

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第3章 仲間たちと共に

古傷が痛む日(下)/Good day!

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墓地でリョウへの祈りを捧げた後、2人は学校がある街へと戻った。
今、時刻は夕方の手前。太陽はあと2時間以内に沈むだろう。
そして2人は、学校へと続く道を歩いている。
虎太郎の肩には彼自身が使っているトート・バッグが掛けられていて、
彼の両手には例の女性服が入った紙袋が握られている。
虎太郎はぶつくさ文句を言っている。

「なんだって歩きで帰る必要が……」
「バス代の節約よ」
「今日一日でだいぶ使ったのに、いまさら節約かよ」
「あのねぇ、あたしはちゃんと、使っていい金額を決めてあるの。
 毎月ちゃんと家計簿つけて、黒字になるよう管理してるんだから」
「へぇへぇ、そりゃあ凄いことで」
「予定ではね、レストランでご飯食べたら解散だった。
 けど、リョウのお墓に行くことになったでしょ?
 電車代、バス代、余分なお金を使っちゃった。
 だからその分、学校へ帰るバスのお金、節約しなくちゃならないのよ。
 たいした距離でもないんだし、これくらい大丈夫でしょ?」
「そりゃ、お前は手ぶらなんだし、大丈夫でしょうよ。
 俺は大丈夫じゃねぇよ、これ意外と重いんだぞ?
 ったく、スカートだのなんだの、こんなに買いこんで……」
「別にいいでしょ、あたしのお金なんだし。
 だいたいあんた、ステーキおごってもらったでしょうが。
 あたしのお金で美味しいもの食べて、文句言える立場なワケ?」
「それを言われると反論できないけどよ……」
「そもそも、今のあんたはあたしの家来なのよ。
 ちゃんと言うこと聞きなさい! ほら、ちゃきちゃき歩く!」
「はいはい、了解ですよ……」

しばらくの間、2人は歩き続ける。
ふと、虎太郎が喋る。

「なぁ、お前とリョウって、今みたいな関係だったのか?」
「……何が?」
「つまりだな、お前がこういう感じに振る舞って、強気な姉貴……っていうのか?
 それに逆らえなくて、リョウがお前に振り回される、お前の言うことをきく。
 そういう感じだったのかって、俺は質問してるんだよ」
「そうね……。まぁ、そうだったかもしれない。
 別に、振り回したつもりはないけどね」
「ホントかよ。なんか最近のことを考えると、どうしても見えちまうんだよな。
 お前が弟を振り回して、あぁだこうだと無理難題を言ってる。
 そんな場面が見えちまう。なぁ、リョウってどんな奴だったんだ?
「いい子だったよ……。本当に。優しい子でさ、誰にでも平等に接した。
 あたしん家って、実は、少しだけお金持ちなんだけどさ。
 召使いとかもいて、まぁ、ちょっとドジなメイドとかもいるわけよ。
 そいで、そのメイドが何かしくじるでしょ。
 そういう時、あの子はメイドをかばってあげて、
 メイドが落っことしたお皿なんかを一緒に片づけてあげる。そういう子だった」
「そのメイドに惚れてたから、そういうことをしたんじゃねぇの?」
「別に、メイドだけじゃなかったよ。
 庭師だって、運転手だって、あの子は誰にでも優しかった。
 本当、なんでリョウが死ななくちゃならなかったんだろう……。
 別に、悪いことなんかしなかったのに……」

2人の間に沈黙が訪れる。だが、虎太郎はそれを長引かせないようにする。
彼は少し考えてから喋り出す。

「実はさ、俺の親父、軍人だったんだけど。
 俺が子どもだったころ、戦争に行ってさ。死んじまったんだ」
「そうなんだ……」
「親父の、冷たくなった体を見ながら、子ども心に思ったよ。
 なんで人は死ぬんだろう、って。
 この疑問、今でも答えは出てないんだけどさ。
 ただ、ときどき思うよ。
 俺は、死んだ親父に誇れるような、そういう生き方をしているか?
 毎日がんばって、天国の親父が安心できるように成長しているか?
 きっと、それが大事なことなんだよ。
 死んだ人にちゃんと報告できるような、立派な生き方をする。
 それがいちばん大事なんだ。
 そして、こういう生き方をずーっと続けていけば、
 なぜ人は死ぬのか、それに対する答えが見つかるはず。俺はそう思う」
「……あんたにしちゃ、結構いいこと言うのね」
「リン、元気に行こうぜ。どうせ、未来に行く以外、道はないんだ。
 過去には戻れない。同時に、死んだ人もこの世に戻ってこない。
 ならせめて、胸張って未来へ頑張ることで、死んだ人の魂を慰めたい。
 俺、まだお前のこと、詳しく理解してるわけじゃないけどさ。
 きっと、お前の頑張ってる姿、弟さんは誇りに思ってくれてるはずだぜ」
「……。ありがとう。そう言ってもらえて、なんか少し、楽になった気がする」

2人の行く手の先に、学校の姿が見えてくる。
リンが喋る。

「そろそろお別れね」
「あぁ」
「言っとくけど、明日からはまた、ビシビシ行くからね。
 それと、今日の話は絶対、秘密だから」
「分かってるよ」
「もぉ、本当? なんかそういう口の利き方が、リョウっぽいんだよね」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
「ふーん……」
「あと、これも言っておくけど。
 いい、忘れちゃダメ。あんたはあたしの家来。あたしはご主人様。
 あんたはあたしの言うこと、全部きかなくちゃいけないんだから」
「へいへい」
「あたしの許可なく、勝手なことしたら許さないんだから。
 分かったら、ちゃんと今日も早く寝るのよ」
「了解」
「それじゃ、また明日ね」

ついに学校に着いた2人は、別れの挨拶を交わし合う。
虎太郎は両手の荷物をリンに渡す。それを受け取って、リンは自分の宿舎へ帰る。
その姿を少しの間、見送ってから、虎太郎も自分の宿舎へ向かう。



すべてはより良い明日のために。
第3章、終わり。
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