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第2章 2084年

第41話 クビにするぞって脅されたって負けません No woman no fight

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 このことがあってからしばらくの間、熊里はへこんでいた。ゲーム自体は続けていたが、以前にくらべるとプレイする時間が短くなった。
 それでも引退はしなかった。なんだかんだでプラネットを愛していたからだ。

 たとえセブンのような人間がいるにせよ、現実世界よりはゲーム世界のほうが楽しい。
 いや、正確に言えば、現実があまりに酷すぎてゲームの方がマシということなのだが。



 その日の昼、熊里と若海は社員食堂で食事をしている。熊里はラザニア、若海はカレーだ。
 どちらも調査員の作業服を着ている。熊里には似合っているが、若海にはぜんぜんだ。

 彼女としても不満なのだが、就業規則である以上、嫌でも従わなくてはならない。気分を変えるために彼女は話し始める。

「主任。実はちょっと、話したいことがあるんですけど」

 熊里は面倒事を予感する。逃げてしまいたい、だがラザニアはまだ残っている。
 なるべく早く食べきってしまえ、そう決めて彼は答える。

「なんだ……いきなり」
「前に話したことありますよね、低所得者の地区の水道管」
「あぁ」
「私、この前あのあたりの水を調べたんです。そしたらやっぱり汚染されてました!
 カドミウム、トリクロロエチレン、他にも有害物質だらけです。
 特に化学工場のあたりが酷くて……。あの工場、ぜんぜん安全対策してませんよ!」
「……それで?」
「なんとかしたいんです! だってこのままじゃ大変ですよ」

 若海の熱い訴えに、熊里は冷たく返す。

「そうだな」
「主任! 主任はなにも感じないんですか!?」
「お前なぁ、じゃあ具体的にどうするつもりだ?」
「とにかく会社に報せますよ。で、すぐにでも工事して、あと、工場に働きかけてきちんと安全対策してもらって。
 それでも手抜きするなら、ネットで汚染の事実を公開して……」
「大騒ぎになるぞ」
「なればいいじゃないですか! だってこれは公害、社会問題ですよ!?」
「でも会社は穏便にすませたいんだ。なおかつ予算も節約したい。つまり、お前が望むような解決策なんてやりゃしねぇよ」
「そんなのおかしい!」
「仕方ないだろ。貧乏人が相手なら、最低限のサービスですます。それが経済的なやり方なんだ」
「だったら私、会社と戦ってでも事態を解決しますよ! クビにするぞって脅されたって負けません!」
「あのなぁ……」

 熊里は呆れ、そのまま天井を見る。いくつもの防犯カメラが設置されているのがわかる。
 あれらはどれだけの音声を拾えるのだろう? 若海の話をどれほど記録できるのだろう?

 おそらく想像以上に多くの情報を収集できる。そしてもし会社やLMがその気になれば、奴らはその記録を漁って若海の言動を調べ、必要なら”怒る”。
 会社に怒られるのならまだいい。LMの場合は冗談ではすまない、彼女は大企業に害を与える存在を絶対に許さない。

 このままでは若海の命が危うい。ではどうしたらいい?
 一つのアイデアが思い浮かび、熊里は言う。

「いいかお前、そもそもそんなことしてる場合じゃないだろ。さっき確認したが、お前が出した報告書はエラーだらけだ」
「えっ? でも、こないだは良くできてるって……」
「バカ、あんなんお世辞だ。あとで三番会議室に来い、指導する」
「でも午後の予定は……」
「あんなんどうとでもなる! いいか、三番会議室だ。ブツクサ言わずに絶対来い! 絶対だ! わかったな?」

 この叱責の裏に隠された真意がわからないほど、若海は愚かではない。

「……はい。わかりました」
「特別授業だからな。期待しとけ」

 言い捨てて彼はラザニアを食べる。だいぶ冷めてしまって、いまいちな味だ。
 カメラはこんな場面すらも記録している。安心して食事がしたければ、どこかの洞くつにでもこもるしかない。
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