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第2章 2084年

第42話 監視はカメラだけじゃない High-tech hocus-pocus

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 三番会議室は小さな部屋だ。いくつかの椅子と机がある。
 椅子には手すりと背もたれがついており、飛行機や新幹線のシートのように後ろへ倒せる。

 机の上には熊里の私用スマホが置かれている。そして熊里と若海は、椅子に座って真面目な顔をし、机を挟んで向かい合っている。
 静かに熊里が語り出す。

「さっきは荒っぽい言い方をしてすまん。他に方法が思いつかなくてな」
「大丈夫ですよ。それより、いったい何をするつもりなんですか?」
「詳しいことは中で話す。とにかくダイブして」

 言って、熊里は椅子に全身を預け、背もたれを倒して目を閉じる。右耳のソケットの無線子機を使い、脳波をスマホの内部へ送りこむ(ダイブする)。
 日本人男性のアバターがスマホの電脳世界に現れる。もちろん熊里だ。

 彼は早足で歩いていく。やがて立ち止まり、あるアプリを立ち上げる。白く四角い部屋、すなわちつまりチャット・ルームが現れる。
 パスワードを使って入室。若海が来るのを待つ。彼女には事前にパスワードを教えてあるから、ルームを見つけさえすれば入ってこられるだろう。

 数分後にようやくやってくる。

「遅れてすみません!」
「気にするな、たいしたことじゃない。早速だが始めるぞ。単刀直入に聞くけどな、お前は今の社会についてどれだけのことを知ってる?」
「カメラだらけの監視社会。まぁそれくらいは……」
「監視はカメラだけじゃないんだ、他にもいろいろある。お前みたいに社会人になったばかりだと、それが分からない。だからしばしばLMに”怒られる”」
「どういうことですか?」
「詳しく説明してやる。これを見ろ」

 チャット・ルームの空中に、熊里たちが現実世界で着ている作業服とほぼ同じの服が出現する。ただし下のズボンだけだ。
 それが裏返り、腰のあたりが拡大表示される。熊里は話し出す。

「入社した時に説明を受けただろ? ここには小さな機械があって、体温や脈拍といったデータを集め、会社に送ってる。
 で、サーバーのAIが体調の変化を見守り、異常があればすぐに救急車を呼んでくれる。なるほど……ありがたい話だよな」

 熊里は怒気を強める。

「クソッタレ! この機械は、医学的なデータ以外もなんだって記録してやがる。俺たちの声、会話、歩いた距離、他にもいろいろ。
 後は簡単さ。もしサボってそうな気配があれば、AIが調べ、場合によっては人事部に報せる」
「なるほど。サボりがばれるって、そういう仕組みだったんですね……」
「いいか、若海。こいつは社員の健康を守る道具なんかじゃねぇ。俺たち労働者を徹底的に監視し、支配する、そのための道具だ!」
「……はい」
「だからスマホの外じゃ大事な話なんて出来ないんだ。こういう秘密の場所でしっかりプライバシーを確保して、ようやく何でも話せる」
「なるほど……」

 苦い顔になって熊里は言う。

「なぁ、若海。うちみたいな大企業は、なぜ貧乏人を見殺しにするような酷い商売ができると思う?
 答えはもちろん、LMに守られてるからだ。企業はLMに報酬を、つまり、さっきみたいなやり方で集めた個人情報を渡し、かわりに邪魔者を始末してもらう」
「いわゆる”怒る”ってやつですか?」
「イエス」
「”怒る”って、つまり暗殺ですよね?」
「いや。必ず暗殺ってわけじゃなく、程度によっちゃあケガや罰金ですますこともある。
 もっとも、ターゲットの家を燃やすとか、そいつの子どもを犯罪者に襲わせるとか、他にもいろいろあるらしいがな……」
「えっ……」

 若海の口から震え声が漏れる。そんな様子を熊里は黙って見つめている……哀れとも悲しみとも解釈できる顔をしながら。
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