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第6章 レヴェリー・プラネット運営方針

第99話 ドローンが生み出すプレッシャー Like caught in the Panopiticon

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 剣崎・ジョシュア・治(けんざき・じょしゅあ・おさむ)は29歳の日本人男性だ。平均よりも少し背が高く、天然の金髪で、ふち無し眼鏡をかけている。
 日本人男性と白人女性の子として生まれた彼は、高校を出た後にコンピューター科学の専門校へ進み、優秀な成績で卒業し、ゲーム会社に就職した。

 会社の名前はチェスナット・ツリー・エンターテインメント(chestnut tree entertainment)。世間では、レヴェリー・プラネットの企業として有名だ。
 治はここで、プラネットの12号サーバー担当チームのリーダーとして働いている。

 今日も今日とてオフィスの隅で、サーバー内データの調査業務だ。
 彼の右耳のソケットからはケーブルが伸び、デスクトップ型パソコンの筐体に刺さっていて、彼はこのケーブルを介してパソコンを脳波コントロールする。

 したがって、モニターは必要だがキーボードは要らない。2020年の大昔には想像すらされていなかったような光景だが、2084年では当たり前だ。
 テクノロジーの進歩が日常風景を変えた好例といえる。これは喜ばしいことなのだろうか? きっと多くの人は、「イエス」と答えるだろう。

 ならば続けて考えよう。テクノロジーの進歩は、”絶対に”喜ばしいと言い切れるのか?
 治は「ノー」と考えている。なぜなら、テクノロジーは今日(こんにち)のような、大規模かつ無差別な監視社会を生み出したからだ。

 仕事の手を休め、彼は視線を窓の外へ向ける。ここは高層ビルの上層階だが、それゆえに空を飛び交う無人ドローンの姿がいくつも見える。
 こういう機械を見るたび、治は「監視の象徴」と思ってしまう。事実その通りで、ドローンは雨でも雪でも24時間365日ずっと働き、国民を監視している。

 だが、実はそれは表の目的にすぎない。真の目的は、「監視されている」というプレッシャーをかけることで人々を委縮させ、思考の自由を奪うことにある。
 ほとんどの人間は、「監視者が見ている」と感じたが最後、反抗の先に待ちうける厳罰を予想し、怯える。

 そういうことが日常風景になると、やがて人々は批判的な思考を放棄し、かわりにゲームやスポーツといった娯楽ばかりを考えるようになる。
 なるほど、環境に適応するという意味では、それは優れたやり方だ。

 しかし、そんな生き方を長く続けると、「リスクを負ってでも政府の暴走に反対する」という精神が消滅する。人は政府の言いなりになってしまうのだ。
 治は時たまこう思う。

(僕は、人々をプラネットに熱中させることで、現実逃避を助長しているのでは?)

 そうかもしれない。だが、この仕事を辞めたとして、それにどんな意味があるのだ。そんなことをしてもLMはダメージを受けないし、監視社会が止むこともない。
 圧政者たちは支配を確立し、人々の反撃を封じている。もはや何も変えられない。そう思うと治は悲しくなり、「ふぅ……」とため息をつく。

 とにかく仕事に集中しよう。そう思った時、社内無線で上司からの連絡が来る。

(もしもし、剣崎くん。このあいだ君が報告した件だけどね。詳しく聞きたいから、私の部屋に来てください)
(かしこまりました)

 治は椅子から腰を上げる。ちょっと面倒なことになりそうだと思いながら。
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