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第6章 レヴェリー・プラネット運営方針
第104話 グロッタ Unbreakable shelter
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その週の土曜、治は港区の大病院を訪れ、案内係の若い男性に話しかける。
「すみません。健康診断をお願いしたいんですが……」
男性は微笑を浮かべて答える。
「再診の方は、あちらの機械で受付処理を……」
「ですが、僕は”精密総合健康診断”の希望でして」
途端に男性の表情が変わる。彼はやや早口で「かしこまりました。少々お待ちください」と返し、背後のスタッフ・ルームへ行く。
1分もしないうちに戻ってくる。彼は右手に持ったプラスチック・カードを治に渡し、言う。
「こちらです。念のためにお伺いしますが、以降のことは……」
「えぇ、大丈夫です。それじゃ」
治は立ち去る。
院内を歩きながら周囲の天井に目をやると、大量の防犯カメラがあるのがわかる。LMが設置を義務づけた結果だ。不快感がこみあげる。
しかし、まぁいいさ。これから僕がいくところは、あらゆるカメラと無縁の場所。なら、今のうちくらい、好きに撮影させてやろうじゃないか。
そのまま歩き続け、階段を使って地下1階に降りる。MRI検査室がある区画へ向かう。
受付に着き、そこの女性看護師に先ほどのカードと診察券を渡し、伝える。
「精密総合健康診断をお願いします」
看護師は「はい」とだけ答え、手元の機械に診察券を挿しこむ。ランプが青く灯り、情報が正しく読み取られたことを示す。
彼女は次にカードを入れ、数秒待ち、処理が終わったのを確認する。
「受け付けを完了いたしました。しばらくお待ちください」
「ありがとうございます」
治は近くの長椅子に腰かける。体の横にバッグを置き、中からスマホを取り出す。電源を切る。
可能ならバッテリーを抜き取りたいが、残念ながら内蔵型の製品だ。諦めるしかない。
男性看護師がやってくる。彼は治にいくつかの青い袋を渡しながら言う。
「ご存じと思いますが、電波を出すものは電源を切り、袋に入れてください」
「わかりました」
スマホを袋に入れ、しっかり口を閉じる。看護師がたずねる。
「そのスマホだけですか?」
「えぇ」
「耳のソケットは……」
「第三世代です。磁力に反応する恐れはありません」
「なるほど。では、こちらへ」
受付窓口から少し離れた場所に金属製の扉がある。看護師はそこへ治を案内する。
二人は無言で歩き、扉を開け、入室する。看護師が言う。
「着替えをお願いします」
はい、と治は答え、すぐそばの更衣室に入る。ロッカーを開けて荷物を置き、下着以外の服を脱ぎ、ロッカー下部から青い袋を出して服をしまう。
ロッカーの横にはカゴがあり、数枚の検査着が入っているが、治はそれを着る。ロッカーの鍵を閉める。鍵穴からプラスチックの鍵を取ってポケットに入れる。
更衣室を出る。さっきと同じ看護師が、警棒のようなものを手にして話す。
「検査させていただきます……」
彼はその棒を治の体のあちこちにかざす。もし金属の物体や電波を発する何かがあれば、たちまちこの棒が反応する。空港の手荷物検査のようなものだ。
さいわい何の異常もない。看護師は検査を終えることにする。
「問題ありません。では、行きましょう」
二人はMRIのマシンが設置されている部屋に入る。
部屋の隅には木製の大きな棚があり、看護師はそれへ近づいてどかす。棚の下から隠し扉が出てくる。
扉を引き上げる。降り階段が姿を現す。一仕事終えた彼は治へと振り向き、言う。
「確認のために申し上げますが、30分です。よろしいですか?」
「はい。じゃ、使わせてもらいます……」
治は階段へと進む。一段、一段、ゆっくりと降りていく。
降りた先には細長い通路がある。歩いていき、ドアの前に着く。入る。
小さくて殺風景な部屋だ。粗末な机が1台、それと数脚の椅子があるだけ。そして、奥の方の椅子に、治と同じくらいの歳の日本人男性が座っている。
彼は軽く片手をあげてあいさつする。
「よぅ! 久しぶり!」
この人物こそがルーパだ。本名は紙木直矢。高校時代からの治の友達で、大手新聞社で記者の仕事をしている。
では、ルーパ……いや、直矢のメールにあった”グロッタ”とは何か?
それはこの部屋のことだ。MRI検査室の地下に作られた、プライバシーの完全保護をうたう密室だ。
MRIは強力な磁気を使う検査である。したがって、検査に悪影響を与えないため、金属の持ちこみが禁止される。
よって病院側は、いくらLMがカメラ設置を義務づけようと、「技術的な問題によってそれはできない」と拒否できる。
おかげで検査室には一台のカメラもない。そんな場所の地下に作られたグロッタは、カメラに対してほぼ安全だ。
ではカメラ以外の危険な機械、たとえば盗聴マイクやGPS発信機などは? それらは事前検査で発見できるから、もちろん対策できる。
また、スマホなどの電波を出す機械は、先ほど登場した青い袋に入れてしまえばいい。袋はあらゆる電波をシャット・アウトして、絶対に外部に漏らさない。
つまり、グロッタは監視網から完全に外れているのだ。ここなら好きなことを好きなだけ喋れる。LM批判だろうと、情報局の悪口だろうと。
そして病院は、このありがたい部屋を貸し出す闇ビジネスを行っている。運営は会員制で、密告防止のため、信頼できる人物だけに加入を許す。
治と直矢は会員で、高級ホテルのスイートに一泊できるだけの金と引き換えに、30分だけここを借りた、というわけだ。
「すみません。健康診断をお願いしたいんですが……」
男性は微笑を浮かべて答える。
「再診の方は、あちらの機械で受付処理を……」
「ですが、僕は”精密総合健康診断”の希望でして」
途端に男性の表情が変わる。彼はやや早口で「かしこまりました。少々お待ちください」と返し、背後のスタッフ・ルームへ行く。
1分もしないうちに戻ってくる。彼は右手に持ったプラスチック・カードを治に渡し、言う。
「こちらです。念のためにお伺いしますが、以降のことは……」
「えぇ、大丈夫です。それじゃ」
治は立ち去る。
院内を歩きながら周囲の天井に目をやると、大量の防犯カメラがあるのがわかる。LMが設置を義務づけた結果だ。不快感がこみあげる。
しかし、まぁいいさ。これから僕がいくところは、あらゆるカメラと無縁の場所。なら、今のうちくらい、好きに撮影させてやろうじゃないか。
そのまま歩き続け、階段を使って地下1階に降りる。MRI検査室がある区画へ向かう。
受付に着き、そこの女性看護師に先ほどのカードと診察券を渡し、伝える。
「精密総合健康診断をお願いします」
看護師は「はい」とだけ答え、手元の機械に診察券を挿しこむ。ランプが青く灯り、情報が正しく読み取られたことを示す。
彼女は次にカードを入れ、数秒待ち、処理が終わったのを確認する。
「受け付けを完了いたしました。しばらくお待ちください」
「ありがとうございます」
治は近くの長椅子に腰かける。体の横にバッグを置き、中からスマホを取り出す。電源を切る。
可能ならバッテリーを抜き取りたいが、残念ながら内蔵型の製品だ。諦めるしかない。
男性看護師がやってくる。彼は治にいくつかの青い袋を渡しながら言う。
「ご存じと思いますが、電波を出すものは電源を切り、袋に入れてください」
「わかりました」
スマホを袋に入れ、しっかり口を閉じる。看護師がたずねる。
「そのスマホだけですか?」
「えぇ」
「耳のソケットは……」
「第三世代です。磁力に反応する恐れはありません」
「なるほど。では、こちらへ」
受付窓口から少し離れた場所に金属製の扉がある。看護師はそこへ治を案内する。
二人は無言で歩き、扉を開け、入室する。看護師が言う。
「着替えをお願いします」
はい、と治は答え、すぐそばの更衣室に入る。ロッカーを開けて荷物を置き、下着以外の服を脱ぎ、ロッカー下部から青い袋を出して服をしまう。
ロッカーの横にはカゴがあり、数枚の検査着が入っているが、治はそれを着る。ロッカーの鍵を閉める。鍵穴からプラスチックの鍵を取ってポケットに入れる。
更衣室を出る。さっきと同じ看護師が、警棒のようなものを手にして話す。
「検査させていただきます……」
彼はその棒を治の体のあちこちにかざす。もし金属の物体や電波を発する何かがあれば、たちまちこの棒が反応する。空港の手荷物検査のようなものだ。
さいわい何の異常もない。看護師は検査を終えることにする。
「問題ありません。では、行きましょう」
二人はMRIのマシンが設置されている部屋に入る。
部屋の隅には木製の大きな棚があり、看護師はそれへ近づいてどかす。棚の下から隠し扉が出てくる。
扉を引き上げる。降り階段が姿を現す。一仕事終えた彼は治へと振り向き、言う。
「確認のために申し上げますが、30分です。よろしいですか?」
「はい。じゃ、使わせてもらいます……」
治は階段へと進む。一段、一段、ゆっくりと降りていく。
降りた先には細長い通路がある。歩いていき、ドアの前に着く。入る。
小さくて殺風景な部屋だ。粗末な机が1台、それと数脚の椅子があるだけ。そして、奥の方の椅子に、治と同じくらいの歳の日本人男性が座っている。
彼は軽く片手をあげてあいさつする。
「よぅ! 久しぶり!」
この人物こそがルーパだ。本名は紙木直矢。高校時代からの治の友達で、大手新聞社で記者の仕事をしている。
では、ルーパ……いや、直矢のメールにあった”グロッタ”とは何か?
それはこの部屋のことだ。MRI検査室の地下に作られた、プライバシーの完全保護をうたう密室だ。
MRIは強力な磁気を使う検査である。したがって、検査に悪影響を与えないため、金属の持ちこみが禁止される。
よって病院側は、いくらLMがカメラ設置を義務づけようと、「技術的な問題によってそれはできない」と拒否できる。
おかげで検査室には一台のカメラもない。そんな場所の地下に作られたグロッタは、カメラに対してほぼ安全だ。
ではカメラ以外の危険な機械、たとえば盗聴マイクやGPS発信機などは? それらは事前検査で発見できるから、もちろん対策できる。
また、スマホなどの電波を出す機械は、先ほど登場した青い袋に入れてしまえばいい。袋はあらゆる電波をシャット・アウトして、絶対に外部に漏らさない。
つまり、グロッタは監視網から完全に外れているのだ。ここなら好きなことを好きなだけ喋れる。LM批判だろうと、情報局の悪口だろうと。
そして病院は、このありがたい部屋を貸し出す闇ビジネスを行っている。運営は会員制で、密告防止のため、信頼できる人物だけに加入を許す。
治と直矢は会員で、高級ホテルのスイートに一泊できるだけの金と引き換えに、30分だけここを借りた、というわけだ。
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