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第8章 マフィア・ラプソディ

第131話 たのしいウォーターボーディング Extreme rapture

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 馬場英知が住む下民地区を一台の車が走っている。廉価生産の大衆車だ、ゆえに目立たない。少なくともミュルザンヌよりはあたりの風景になじんでいるだろう。
 運転しているのはウーファンだ。ジェーンは助手席に座っている。後部席にはダーク・スーツの男たちが2人。ジェーンは彼らに対してやや固い声で言う。

「そろそろ目標地点です。捕獲チームはスタンバイしてください」

 男たちは鋭く「はい」と答える。車内に緊張した雰囲気が漂う……それを和らげようとウーファンが喋る。

「まぁまぁ、あんま力んでもよくないんで……。リラックス、リラックス。ね、姐さん?」
「あなたはもう少しシャキッとしなさい!」
「分かってますよぉ、大丈夫です」

 車が交差点にさしかかる。赤信号につき停車する。青に替わるにはちょっと時間がかかりそうだ。ウーファンはこの暇をつぶすために新しい話題を切り出す。

「にしてもピーターはすごいですよね。あいつが調べた通り、やっぱり馬場たちが犯人じゃないですか」
「彼にとっては楽な仕事です。それより、私はブリキ野郎に感心しますよ。これだけ徹底的に馬場たちを調べ上げるなんて」
「まぁあたしらとしちゃ、確実な証拠があがって有り難いですが。でもマジ、どうやってこれだけの個人情報を調べたんだか……。不気味ですねぇ」
「そこに深入りするのはよしましょう。虎の尾を踏む必要はありません」
「同感です」

 青信号が灯る。ウーファンは車を発進させる。直線を少し走ってから三叉路を右折し、住宅地に乗り入れ、速度を落として進む。
 前方に誰かを見つける。

「……いたっ!」

 馬場がコンビニへ続く道を歩いている。まだこちらに気づいていないらしい。捕まえるチャンスだ。
 ジェーンたちの緊張が高まる。ウーファンが車を飛ばす、馬場との距離を詰める。停車。後部席の男たちがドアを開けて飛び出す。

 ようやく異変を察知した馬場が振り向く。男たちが足早に近づく。馬場は危険を感じて逃げる、駆けだす。男たちが追いかける。
 彼らは素早く馬場の横まで走り寄って左右から挟みこむ。そして彼の腕をつかんで動きを封じる。一人の男が言う。

「馬場英知だな?」
「なんだよ! 離せ!」

 この3人のすぐそばにウーファンの車がやってくる。助手席からジェーンが降りて馬場の前に立ち、言い放つ。

「君、どうしてこうなったか覚えがあるでしょ? じゃあちょっと来てもらうから……」

 彼女はポケットから電気ショック銃を出して構える。60年ほど前はテイザー・ガンと呼ばれていた物の発展形だ。
 引き金をひく。ダーツに使うような矢が何本か発射されて馬場の体に刺さり、電撃を流しこんで気絶させる。ジェーンは男たちに言う。

「連れていって」

 車の後部ドアが自動的に開く。男たちが力技で馬場を車内に入れる。



 それはコンクリート製の薄暗い地下室だ。電波や音の出入りを完全に遮断する造りになっていて、中の人間がどれだけ悲鳴をあげようと決して外に漏らさない。
 奥の方にストレッチャーに似た台が3つある。馬場英知、加瀬マサル、鈴川亮太の3人がそこに仰向けで寝ている。誰もが拘束具によって自由を奪われた状態だ。

 彼らの頭の側にある壁には水道の蛇口がついていて、近くにある棚にはジョウロやバケツ、ナイフ、小型ハンマーといった道具が載っている。
 ジェーンとウーファンは馬場の頭のそばに立っている。ウーファンは左手に白い布を持っているが、それを軽くもてあそびながら話す。

「さて、これからいくつか質問に答えてもらうんだけど……」

 怯えた表情の亮太が返す。

「(不安げに)何についてだ?」
「分かってんでしょ? うちらの金をパロった件だよ。証拠は揃ってんだから言い逃れなんて無意味、だからさっさとウタってくんない?」

 ウタうというのは裏社会の隠語で”自白する”の意味だ。彼女はシケたツラで続ける。

「そこの君は加瀬マサルくんだっけ? 情報によれば、ゲームにたっぷり課金したとか……」
「あぁ、そうだ! そうなんだ! 素直に何でも喋るから、頼む、許してくれ!」
「ほぉ~、殊勝な態度だねぇ。そーゆうの好きよ? で、こっちの君は馬場英知くんか。お友達みたいにちゃんとお話ししてくれるよね?」
「はぁ!? 話すもなにもねぇよ! あんたらは人違いをしてる、俺たちは犯人じゃねぇ! さっさと解放してくれ!」

 ウーファンはため息をつく。「ふぅ……。姐さん、どうします?」。ジェーンはゆっくりと穏やかに言う。「やりなさい」「了解~」。
 馬場の載ったストレッチャーがシーソーのように傾き始め、彼の頭部を下側に、両足を上側にする。いきなりの展開に動揺した彼はウーファンに叫ぶ。

「おい! 何をする気だ!」
「ウォーターボーディングって知ってるぅ?  拷問の一種なんだけどさ……」
「やめろ! おい、やめっ……(ウーファンが彼の顔を布で覆い、発言を封じる)」
 
 ヤバいと感じた馬場は必死に顔を動かして布をふるい落とそうとする。だが拘束具に邪魔されてどうすることもできない。ウーファンはその間に準備を進める。
 蛇口をひねってジョウロに水を満たす。それを持って馬場の頭のそばに立ち、言う。

「いっくよぉ~」

 ジョウロから顔へ水を注いでいく。水は布を通過して馬場の鼻や口の中に入り、咽頭反射を誘発し、結果として彼の肺はすべての空気を吐き出してしまう。
 溺れた経験のある人なら、「このままでは溺れ死ぬ」という恐ろしさがわかるはずだ。それとまったく同じ恐怖が馬場の心を打ちのめして叫ばせる。

「ヒュッ、ヴッ! ァ゛ァアァッ! ッヴッアァア゛!」

 いったん注入を止める。「まだやる?」「ゴホッ、や、やめ、ゴホッ!」「やって欲しいの?」「やめ、や……」「じゃ、リクエストにお応えしまぁす」。

「ッグッァアァ! ア゛! ヴォ、ッァ゛ッ、ア゛ア゛!  ゲ、ッ゛、ヴッ、オ゛! ッア゛! アッヴ!」
「(中断して、)満足した?」
「ゲッ、ゲホッ、やめて、ッ、グッ……」
「あんたの言うことなんか聞かないよ?(再開する)」
「ッア゛! ヴ、ッグ、ア、ア゛! ゴホッ、ッグ、ッ゛! ヴッ、ァ、ッ!」
「ありゃ、空っぽ?(ジョウロに水を足しに行く)」
「ゲホッ、ゲッ、やめて、やめてくれ! もうやめて、頼む、やめて、許して、許してください!」
「は? 誰がやめるかよ、馬ぁぁぁぁぁ鹿! おらァ!(また注ぎ始める)」
「ヴア゛、ッ゛アッ! ア゛グッ! ァァ゛アァ゛ヴ! ゴ、ッ゛ッ゛、ァヴォ゛、ッオァ゛! ヴッ、ァ゛、グッ゛、ッオ゛、ァ゛ッア゛!」
「あッはははははははははははは! 楽ぁーのしぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃぃい!」


 ジェーンもくすくすと笑いながら、さすがに止めに入る。

「ちょっと、アハハ、やめて、アハハハハ! やめたげなさい! これからバラすんだから、あまり痛めつけちゃ駄目!」
「えぇ~……。わかりました」

 拷問が中断される。これ以上はないというほど機嫌のよい顔をしたジェーンが感想を述べる。

「いつも拷問のたびに思うけど、ニーチェの主張は本当に正しい! 苦しむのを見ることは快適! 苦しませることは一層快適!
 これだからマフィアはやめられない、だってまともな商売してたらこんな面白いことできないでしょ!?」

 強い者がその力を思う存分に振るって弱い者をぶちのめす、いじめる。マウントをとる。
 至上の快楽とはまさにこれである。
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