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第9章 この社会を革命するために 前編

第147話 力による解決 Specific medicine

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 やがて力なくドレが言った。

「さて、どうする?」

 パティが実に投げやりな調子で「もう帰ったほうがいいんじゃない?」とこたえた。
 それに呼応するかのように急速に場面が切り替わり、俺たち3人はこのほら穴ではなく映画館の中に移動する。

 俺は自分が席に座っていることに気づく。左の席にはドレがいて、右にはパティだ。他は誰もいない。
 場内が暗くなって映画が始まる。時代劇だ、戦国時代の農村が舞台らしい。藍染めの着物を着た少年が、多くの同世代の男の子たちに囲まれ、いじめられている。

 いじめっ子たちのリーダー格とおぼしきノッポが少年に襲いかかる。殴り、突き飛ばし、罵声を浴びせる。

「どうした、弱虫! かかってこい!」

 少年が「ちくしょう!」と叫んでノッポに突進する。だが、その途中でいじめっ子集団の1人に足払いをかけられて転んでしまう。
 彼は「ワァッ……」と悲鳴を上げて倒れる。その様子を見たノッポたちがはやしたてる。

「バーカ!」「たわけ!」「おたんちん!」「弱虫、弱虫!」「マヌケぇ!」

 いじめはなおも続く。ノッポたちが少年を取り囲んでボコボコに蹴り始める。思わず俺は言った。

「なんだよ、この映画は! クソッ!」

 どんよりとした声でドレが返した。

「まぁ落ち着け。キレてどうする、何が変わる?」

 映画のシーンが別のものに変化する。風景から察するに、同じ村の別の場所だ。そこは広場になっていて、村人たちがたくさん集まっている。
 彼ら彼女らの前には侍の格好をした若い男1人とその取り巻きたちが立っていて、侍は、手にした紙の内容を読み上げている最中だ。

「お前たちも知っての通り、村田の軍が戦さの準備をしているともっぱらの噂だ。よって、我らも備えねばならん。この村の若い男すべてを兵隊に集める!」

 血相を変えた若い女が侍に駆け寄り、悲鳴を上げる。

「お侍様! あちの家は兄さんしか男手がおらんで、それを取られたら野良仕事は……」

 侍が無言で女の胸倉をつかみ上げる。思いっきり全力で殴り飛ばし、そのまま地面に放り捨てて怒鳴る。

「黙れ! 貴様のような粗末な者に、こたびの戦さの何がわかる!? 国が亡びるかどうかの瀬戸際ぞ!」
「でも、兄さんは……」
「黙らんかッ!」

 電光石火の早業で侍は刀を抜く。女は「ひぃっ……!」と驚いて腰を抜かす、その隙に侍は畳みかける。

「よいか! 貴様ら民草が生きていけるのは、我ら侍が命をかけて国を守っているからだ! その我らに楯突くとは何事だ!」
「いや、あちは、ただ……」
「身の程を知れッ!」

 容赦のない一太刀が振るわれ、女の首をはねる。あまりのことに場が静まりかえる中、侍は言い放つ。

「我々に逆らうことは許さん! 分かったかッ!」

 冷たい声でパティが感想を述べた。

「結局ね、あぁこうだ言ってもね。世の中を動かすのは力よ。どこまでいっても弱肉強食……」

 俺は怒りと共に反論する。

「そんな野蛮なことが認められてたまるか!」
「でも事実でしょ? 物事は最終的に力によって解決される、暴力であれ権力であれ経済力であれ、何がしかの力が事態を無理やりにでも終わらせる……」
「違う!」
「じゃあこの例を考えてみて。大企業が下請けの小さな会社に言うわけ、今度そっちから買い取る部品の価格は、この金額で納得してもらいたい、と。
 相場なら500万円の部品を400万で買い取るという、大企業にとってのみ有利なボッタクリ的契約、ようは搾取よ」
「もし下請けが断るとどうなるんだ?」
「大企業はこう切り返す。なら、おたくの会社には頼まない、別のところに依頼する。
 下請けは他に取引できる相手がいないからね、もしそうなったら商売あがったりで倒産しちゃう。だからどんなに嫌でもOKの返事をするしかない。
 まぁつまり、”我々に逆らうことは許さん!”という話よ。こういうのだって力の行使だとわたしは思うけど?」

 言い分はわかる。そして、それが現実世界においてマジでしょっちゅう行われているんだってことも。クソ!
 映画の新たな場面が現れる。今度は合戦だ。誰かが誰かを刀で斬り殺して血しぶきが上がり、別の所では他の誰かが槍で突き殺される。それを見ながらドレは言った。

「とどのつまり、世の中は力のぶつけ合い、どこまでも続くつぶし合いだ。あるいは、「永遠に終わらない戦場」と言うべきかな。強い者にとっては楽園だろう。
 もちろんそれが全てではない。少なくとも人間社会では、強い者の暴走を防ぐ何かが設置される。政治であれば憲法や法律だな。ゲームなら運営ということになる」
「じゃあヘル・レイザーズの暴走は運営がどうにかしてくれるって思うのか?」
「イエス。だが、残念な話だが、提案される解決策は非常に不愉快なものになるだろう」
「なぜ?」
「運営がいちばん大事にしたいのは、重課金がたくさんいるレイザーズだ。もちろんうちだってそれなりに重課金がいるが、レイザーズよりは少ない。
 そういうわけだから、こっちがレイザーズに賠償金を支払うとか、そんなくだらない結末が待ち構えてることだろうさ」
「おかしいぜ、それ!」
「だが現代においては、正義や道徳の面で正しくても勝てない。そうじゃなく、たくさん金を払える者が勝つ。つまりペイ・トゥ・ウィンと拝金主義の時代なんだ」

 唐突に映画が終わる。さっきよりずっと静かになった場内でドレは語る。

「ゴーエンたちがやっていることは、ごく普通に考えれば非常識で非道徳的だ。でも許されてしまう。ソリッド・シルバー、私はこう思うよ。課金とは変則的なワイロだ」
「ワイロ?」
「一般的にはとても許されない行為を課金によって見逃してもらう。犯罪者が裁判官に金を払って無罪判決を手に入れるような話と同じだ。それってワイロだろう?」
「そういうことか……」
「地獄の沙汰も金次第! まったくよく言ったものだ。正直私はこんな世の中にはうんざりさ、もちろんゲームも。そろそろ引退すべきなのかもしれんね……」

 言った直後、ドレの姿がタバコの煙みたいにかき消える。間髪入れずにパティがつぶやいた。

「わたしもうんざり。まぁだからって引退までは考えないけど、でも、本当うんざり……」

 パティが消え去る。映画館までもが消えていく。俺は意識が薄れていくのを感じる、夢が覚めかかっているんだろう。
 だがこの煮えたぎる怒りはまったく消えようとしない。だから俺は何も映っていないスクリーンに向かって叫ぶ。

「ちくしょう! ちくしょうッッッ! こんな世界、俺は認めないッ! クソッタレーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 意識が完全に消失する。この悪夢の世界から放り出され、こことはまた別の悪夢の世界、すなわち現実に引き戻される。
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