VRMMO レヴェリー・プラネット ~ユビキタス監視社会~

夏野かろ

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第10章 この社会を革命するために 後編

第158話 メイドだいすき Fack off, fack off bitch

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 住み家のマンションに入る時、治はいつも(牢獄に自ら入っていくみたいだ)と感じる。どうしてだろう? それはきっと、この建物の見た目のせいだ。
 このコンクリートの塊は赤茶の耐火タイルで覆われていて、それが治にアウシュヴィッツ強制収容所を連想させる。

 強制収容所も牢獄も、人権の抑圧された空間という点では類似品だ。そこにいる人は職員の監視下に置かれ、息苦しい思いで暮らすことを強制される。
 今ちょうど住居の玄関をくぐっている最中の治は、リジーという監視者が住むこの家に人権などないことをよく知っている。リビングからリジーの声が響く。

「おかえりなさいませ」

 とりあえず「ただいま……」と返事をするが、それがあまりに疲れた調子だったので治は我ながらひどく驚いてしまう。
 リジーは即座に考える。(社員ナンバーXA1747に異常あり。インターネットに接続、チェスナット社のサーバーから今日の業務記録を検索……)。

 彼女は料理の後片づけをしながら次々にデータを調べる。特におかしな事件は見当たらない。では、なぜXA1747はこうも疲れているのだろう?
 すぐに原因を突き止めて社に報告しなければ。XA1747が働けなくなることは社にとって損失であり、そうならないよう監視して健康管理するのが自分の仕事だ。

 しかし物事には段階がある。帰宅した直後のターゲットにあれこれ質問しても更に疲れさせるだけだ。とりあえず何かやらせて一息つかせるのがいい。

「治さま、夕食の準備はすでに整っております。手洗いうがいを済ませたのち、リビングにお越しください」

 XA1747は「あぁ、そうする……」と答える。その勢いに元気さは感じられず、心身になんらかのトラブルを抱えていることが容易に推察できる。
 リジーは、(どのようにすればうまく原因を把握できるだろう?)と考え、何億もの解決策を生み出しては検討していく。

 その間に治は洗面所にいき、手洗いうがいをすませる。誰にも聞こえないような小声で罵る。
「死ね、監視女。クソビッチ……」



 しばらくして治はテーブルの席に着き、夕食のカレーを食べ始めた。明治時代から作られてきたようなライス入りカレーだ。
 彼の近くの席にはリジーが座り、プラスチック・ボトルからコップに水を注いでいる。程よい量まで入れたのち、治に差し出す。

「こちら、お水です」
「あぁ……。ありがとう」

 リジーは今の会話から得たデータを分析し始める。ところで、こういった場合は言葉に注目すべきではない。むしろ非言語的(ノンバーバル)なデータが大事だ。
 言葉は嘘でごまかせる。だが、表情や声の大きさといった非言語的なデータをごまかすことは難しい。人はどうしてもそういった部分で本心を現してしまう。

 顔を真っ赤にして大声で「自分は冷静だ!」と怒鳴る人物は、果たして本当に冷静なのだろうか? むしろ全く逆、激怒していると評したほうが妥当だろう。
 このように、人を観察する時は言葉ではなく非言語的なデータに注目するべきである。精神科医やリジーはそのことを良く知っていて、だから実行する。

 リジーはXA1747の表情について考える。それはどんな状態だろうか? 声の大きさは? 食べている様子は?
 表情は疲れ気味と判断できる。声量は普段よりも小さい。そして食物を口に運ぶ動きが遅い、食欲が減っている証拠だ。

 やはりXA1747は疲れているのだろう。ではその疲労はどの程度だ? ちょっと休めば回復するのか、もしくはそれ以上か。リジーは探りの質問をする。

「ところで治さま、ご気分が優れないようにお見受けいたしますが、いかがなされましたか?」

 治は即座に不快になり、(クソッタレ!)と叫びたくなる。(このクソビッチの頭をショットガンで粉々にブッ壊して永遠に黙らせてやりたい)と思う。
 クズ鉄め! 僕の調子が少しでも悪いとすぐこれだ! 24時間せっせと働く監視者、鋼鉄の私立探偵、プライヴェート・アイ! クソッ、クソッ、クソッ!

「あの……。治さま?」
「うん? あぁ、最近ちょっと仕事がキツくてさ。疲れ気味なんだ」
「それは確かに辛いですね。お疲れになるのもわかります」

 よく言うぜ、ガラクタめ。こういう種類の受け答えは三流カウンセラーが多用するくだらない会話術に過ぎない、そこには誠意も真心もない。
 この粗大ゴミは、その電子頭脳に書きこまれた心理学・精神医学の受け答えマニュアルにしたがって僕と会話しているだけだ。死んでも信じるな、隙を見せるな!

「治さま、あまり辛いようでしたら、ドクターに診てもらってはいかがですか?」
「ドクター?」
「評判のいい心療内科が隣町にございます。そういえば、最近の治さまは睡眠不足ではありませんか? 以前、「寝つきが悪い」とおっしゃられていたように思います」

 さすがロボット、その圧倒的な記憶力でささいな愚痴すら記録済みってわけか。で、今やってるこの会話だって記録してるんだろ?
 こいつは後で会社(と情報局)にこの記録を送る。梅下はそいつを閲覧して、僕への対応策を考えるに違いない。

 ボスはリジーと同じような提案をするだろう。「治くん、もし精神的に疲れているのなら、心療内科を受診してください」。ハッキリと想像できるぜ。
 今ここで心療内科を拒否しても、どうせ近い未来にこうして再提案される。だったら断る意味はない。自分に許された返答は「イエス」の一語のみ。

 治はコップをつかんで水を飲み干し、怒鳴りたい気持ちを押し流し、無理やり作った笑顔でこう述べる。

「心配してくれてありがとう、リジー。じゃあドクターに診てもらうことにしよう」
「かしこまりました」

 わけがわからないうちにあれこれ質問され、誘導され、気づけば心療内科行きが決定している。
 カレーの皿をぼんやり眺めて治は思う。僕の人生はまるで誰かに盗まれてしまったようだ。僕以外の誰かが僕を乗っ取ってコントロールしてやがる。クソッ!
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