VRMMO レヴェリー・プラネット ~ユビキタス監視社会~

夏野かろ

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第10章 この社会を革命するために 後編

第166話 予防的措置 Nip the seed before it grows

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 それからの二日間、土曜と日曜は、治にとってまさに生き地獄だった。リジーにいつ通報されるかと怯えながら作業を進めるのは、ストレス以外の何ものでもない。
 しかし彼はどうにかリジーをごまかしきった。平穏無事に月曜の朝を迎えることができた。ひとまずこれでいいだろう。

 もちろんピンチはまだ続いている。今の治はトラの近くを忍び歩くウサギのような状態だ、ちょっとのアクシデントで容易にトラに気づかれ、殺される。 
 会社へ続く道を歩いている途中の治は、必死に自分に言い聞かす。

 落ち着け、とにかく落ち着いて振る舞え。誰にも何も気づかれないようにしろ。もう少しだけ頑張れば作業が完了し、リークを実行できるのだ。それまで耐えろ!
 リーク後の僕は間違いなく情報局に暗殺されるだろう。しかしそれはとっくに覚悟して受け入れた運命だ、どうでもいい。

 リークの前に殺されてしまうのが最悪なのだ。目的を果たすまでは非合法な手段を使ってでも生き抜かなければ。神よ、もし存在するならどうか僕を守ってくれ。
 治は交差点にさしかかる。ちょうど赤信号が灯った直後だ、しばらく待つしかない。その暇な時間に今度は別なことを思う。

 あのクソメイドは僕に関する報告を梅下に送ったに違いない。そして今ごろ梅下は、会社のデスクでその報告をじっくり読んでいるだろう。
 ボスはこの件を見逃してくれるか? いや、そんな可能性はゼロだ。僕が出社すると同時にすぐ呼び出しをかけてくるに決まっている。

 だったら今のうちに言い訳を考えておこう。真に厄介なのはリジーよりもボスだ、こいつをどうにかしないといずれ通報されてしまう。
 どんなことを言えばいいかな……。そこまで考えて、信号が青になったことに気づき、歩き出す。まったく、月曜の朝から憂うつなことだ。



 梅下の執務室に梅下と治がいる。彼女たちはそれぞれ椅子に座り、治は右手にコーヒー入りの小さなプラスチック・ボトルを持っている。
 凪いだ海のように静かな雰囲気が支配する中、梅下は単刀直入に話を切り出す。

「剣崎くん。最近、体調はどうですか?」

 この程度は予想済みだ。治は淡々と答える。

「特に問題ありません。健康そのものです」
「でも、前に比べて少し太ったんじゃありませんか? 私にはそう思えますが」
「そいつはボスの気のせいですよ。毎週1回は体重を測ってますが、増えていないし減ってもいません」
「本当にそう? こうしてあなたを見ていると、運動不足な体って印象がするけどね……」

 治は心の中で毒づく。クソッ、この女がこんなことを言えるのは、リジーの報告で僕の状態を把握しているからだ。
 やっぱり僕の人生にはプライバシーなんて無い。些細なことすらこうして他人に筒抜けで、丸見え、丸聞こえ! 何もかもバレてしまっている。

 さて、次はどんな言葉で僕に攻めこんでくる? どんな質問を始める?

「剣崎くん。私はあなたが心配なんですよ。だから正直に答えて欲しい、本当に健康は大丈夫?」
「えぇ、問題ありません。お気遣いありがとうございます」
「さっきから「問題ない、問題ない」って言ってるけど、じゃあ、その割にどこか疲れた表情なのはなぜ? それも私の気のせい?」
「まぁ確かに疲れ気味ではありますね。とはいえ仕事が立てこんでるのはボスだってご存知の通りです、これくらいはしょうがない」
「その”しょうがない”という油断、慢心がよくないんです。そういう気持ちだとついつい無理をしがちで、それで疲労が重なって倒れるわけですから」
「はい」
「あなた、ひょっとして休みの日になにか余計なことをしてるんじゃない? たとえば政治活動とか……」
「僕は政治には興味ありませんよ。学生の頃からずっとそうです」
「じゃあどうして疲れてるの?」
「それは仕事が忙し……」
「(無理に割りこんで、)剣崎くん、どうも私にはね、あなたが何かを隠しているように思えるんだけど」

 梅下は鋭い視線を治に浴びせる。治は気づかぬふりを装って右手のボトルのふたを開け、中身をひとくち飲む。
 飲みながら考える。思った以上に追及が厳しい、ちょっとまずいことになってきた。適当な理由をつけてさっさと逃げてしまおう。

 治はボトルのふたを閉め、梅下へ顔を向け、言う。

「ボスが心配してくださるは有り難いと思ってます。でも、体調は実際ぜんぜん大丈夫ですから。平気ですよ。
 ところで、今日は急ぎの仕事がいくつかあるんです。ボスの話がこれで終わりなら、もう仕事に戻らせていただけませんか?」

 こう言われてはさすがの梅下もやり辛い。彼女は「……わかりました。帰って構いません」とそっけなく返し、治が退室していく様を見守る。
 そして彼が完全に去ってから考える。きちんとした証拠は無いが、しかしどうにも治は怪しい。間違いなく何かを隠している印象だ。

 念のために情報局に通報すべきだろう。彼が何かやらかす前に先手必勝でつぶしてしまえ。
 梅下は業務用のスマートフォンを取り出し、局へのナンバーを打ちこむ。だが発信する前にこう思う。

 現代の監視社会では電話なんてあっさり盗聴される。果たしてこのまま発信していいのか?
 いや、しかしよく考えると、仮に盗聴されても大した問題はない。自分はちょっと気にし過ぎなのだ、彼女はそう結論づけて発信する。

「もしもし、情報局ですか? はい、えぇ、はい。確かに緊急ではありませんが、しかしお伝えしたいことがございまして……」

 梅下はまだ何も気づいていない。
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