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第10章 この社会を革命するために 後編
第167話 再会 Turning point
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自分の仕事部屋に戻った治は、デスクの椅子に腰かけて考えこんでいる。
果たして梅下をごまかせただろうか。いや、おそらく駄目だ。先ほどのやり取りは彼女の疑念をますます強くしたに違いない。
ではどうそれに対処する? なにかグッドな言い訳を用意、あるいは、いったんリーク計画を凍結して先延ばしにするか。
残念ながらどちらも上策とは思えない。しかし、他にアイデアが思い浮かぶわけでもない。
このタイミングで上着の右ポケットの私用スマートフォンが振動する。おそらくメールがきたのだろう、しかし誰からだ?
治はスマートフォンを取り出して指紋ロックを解除し、メールの差出人の名前を見る。リジーだ。内容を確認するために開封する。
”緊急に連絡したいことがございます。お仕事中とは存じますが、しかし中止なさってでも至急ここにお越しください”
メールの末尾にはチャット・ルームへのリンクが貼ってある。ぜんぜん見慣れないURLだ。
直感が(これはおかしい)とささやく。なぜなら、リジーがこんなことをするのは初めてだからだ。これはフィッシング詐欺のメールでは?
だが差出人は間違いなくリジーだし、セキュリティ・ソフトは何も反応していない。つまりこのメールに異常はない。
ならばチャットに出向いてもいいのでは? それに、このメールが火事のようなビッグ・トラブルについての連絡であれば、もたもたせずにすぐ確認すべきだ。
治はメールを信用することに決める。ソケットの無線機を通じて脳波操作でURLを押し、意識を電脳空間へ送りこんでアバターの姿となり、チャット・ルームに入る。
そこは四角い部屋で、色はどこもベージュ、広さは小さなコンビニ程度だ。
部屋の中央にはグレーのスーツを着た日本人男性が立っていて、彼は笑顔で治に話しかける。
「よう、お兄さん! 久しぶり!」
この男はいったい誰なのか、治は即座に気づく。
「シンゴ……!」
「覚えててくれたとは嬉しいねぇ。ありがとう」
「おい、これはどういうことだ?」
「まぁ簡単に言やぁフィッシング詐欺だが、でも悪さをしようと思ってメールしたわけじゃないさ」
「じゃあ何が目的だ?」
「ちょっとお兄さんに警告したいことがあってね……」
シンゴは非常に真面目な顔になり、続ける。
「さっきあんたの上司、えぇと、梅下だっけ? あいつが情報局に通報したぜ。もちろんお兄さんのことをだ」
「なに……!?」
「こないだ俺がお兄さんの会社に忍びこんだ時、電話回線に盗聴プログラムを仕掛けた。おかげで今回の通報もすぐわかったさ」
「盗聴プログラム?」
「俺はそういったのを作るのが得意でね。いわゆる”検出不可能な高度な罠”ってやつだ。発見できるのは世界でただ一人、俺だけ……」
これがサイバー犯罪の恐ろしさだ。こうして新手の罠を使われたら、どれだけ検査しても発見できない。
シンゴがいかに優れたサイバー犯罪者であるかがよくわかる。先ほど治が受け取ったメールもおそらくシンゴが偽造したものだろう。すべてはシンゴの支配下にある。
治は恐怖で黙りこんでしまう。そんな様子に苦笑いしてシンゴは言う。
「そんなビビらんでさ、リラックスしてくれよ。なにもお兄さんを取って食おうってわけじゃないんだし」
「……とりあえずその”お兄さん”って呼び方をやめてくれないか? ちゃんと名前で呼んでくれ、僕は治だ」
「治。へぇ、シャレた名前だな」
「で、もういちど質問するけど……。僕にメールした目的はなんだ?」
「あんたを助けるためさ」
シンゴは話を続ける。
「俺の仲間に頼んであんたのことを調べた。一から十までな。で、率直に質問するが、あんた……何かヤバいネタをリークしようとしてるな?」
「(警戒心むき出しでシンゴをにらむ)……」
「あんたが不安に思う気持ちは分かる。そりゃぁな、自分が知らないうちにあれこれ探られたら怖いよな。
でもよ、俺にせよあんたにせよ、みんながリトル・マザーに監視されてる。トイレでがんばる瞬間すらあの女に監視されてる。そうだろ?」
「まぁ、それは……」
「情報局が使ってる監視システムは実に優秀、なんだって分かっちまう。ところで、もしそいつを革命戦団もこっそり使うことができるとしたら、どうなる?」
「なんでも分かるということか?」
「ご名答。ま、さすがにあのシステムの全部を使えるわけじゃないが、でもあんたの私生活を覗き見するくらいは簡単さ。
そうやってあんたのことを調べさせてもらって、リークのことも知ったわけだ」
治は怒鳴る。
「犯罪じゃないか!」
「あぁそうさ、犯罪さ。だがな、覗き見が犯罪だというならよ……。それを大々的にやってる情報局、そしてリトル・マザーは犯罪者の集まりだろう」
「シンゴの言いたいことは分かる。でも、あいつらは曲がりなりにも合法的にやってるわけで、それを犯罪というのは……」
「法律を守っていれば何でも許されるのか? ルールが認めた範囲であれば何でもやっていいのか? 悪りぃが俺はそう思えねーな。
たとえ法律が認めていても、しかし軽々しくやっちゃいけないことがある。それにそもそもの話、その法律ってのは守るに値するモンなのか?
もし「ユダヤ人を差別していい」という法律ができたら治はそれを守るのか? 「黒人を奴隷として使っていい」という法律ができたらそれにしたがうのか?
俺は死んでもそんな法律は認めない。基本的人権を踏みにじるような法律は根本的に法律でもなんでもねぇよ。権力の暴走が生み出した化け物だ!」
シンゴは苦々しい顔つきになり、ちょっと深呼吸し、言う。
「ふぅ……。すまねぇ、熱くなり過ぎた。この話はひとまず横に置いて、本題に入るぞ。
繰り返して言うが、あんたは情報局に通報された。このままじゃ捕まるぜ。まずそれをしっかりと認識してくれ」
通報。その二文字は窒息するような不安でもって治を圧倒し、震え上がらす。予想していた事態とはいえ、いざこうして現実になると、想像以上にキツいものだ。
果たして梅下をごまかせただろうか。いや、おそらく駄目だ。先ほどのやり取りは彼女の疑念をますます強くしたに違いない。
ではどうそれに対処する? なにかグッドな言い訳を用意、あるいは、いったんリーク計画を凍結して先延ばしにするか。
残念ながらどちらも上策とは思えない。しかし、他にアイデアが思い浮かぶわけでもない。
このタイミングで上着の右ポケットの私用スマートフォンが振動する。おそらくメールがきたのだろう、しかし誰からだ?
治はスマートフォンを取り出して指紋ロックを解除し、メールの差出人の名前を見る。リジーだ。内容を確認するために開封する。
”緊急に連絡したいことがございます。お仕事中とは存じますが、しかし中止なさってでも至急ここにお越しください”
メールの末尾にはチャット・ルームへのリンクが貼ってある。ぜんぜん見慣れないURLだ。
直感が(これはおかしい)とささやく。なぜなら、リジーがこんなことをするのは初めてだからだ。これはフィッシング詐欺のメールでは?
だが差出人は間違いなくリジーだし、セキュリティ・ソフトは何も反応していない。つまりこのメールに異常はない。
ならばチャットに出向いてもいいのでは? それに、このメールが火事のようなビッグ・トラブルについての連絡であれば、もたもたせずにすぐ確認すべきだ。
治はメールを信用することに決める。ソケットの無線機を通じて脳波操作でURLを押し、意識を電脳空間へ送りこんでアバターの姿となり、チャット・ルームに入る。
そこは四角い部屋で、色はどこもベージュ、広さは小さなコンビニ程度だ。
部屋の中央にはグレーのスーツを着た日本人男性が立っていて、彼は笑顔で治に話しかける。
「よう、お兄さん! 久しぶり!」
この男はいったい誰なのか、治は即座に気づく。
「シンゴ……!」
「覚えててくれたとは嬉しいねぇ。ありがとう」
「おい、これはどういうことだ?」
「まぁ簡単に言やぁフィッシング詐欺だが、でも悪さをしようと思ってメールしたわけじゃないさ」
「じゃあ何が目的だ?」
「ちょっとお兄さんに警告したいことがあってね……」
シンゴは非常に真面目な顔になり、続ける。
「さっきあんたの上司、えぇと、梅下だっけ? あいつが情報局に通報したぜ。もちろんお兄さんのことをだ」
「なに……!?」
「こないだ俺がお兄さんの会社に忍びこんだ時、電話回線に盗聴プログラムを仕掛けた。おかげで今回の通報もすぐわかったさ」
「盗聴プログラム?」
「俺はそういったのを作るのが得意でね。いわゆる”検出不可能な高度な罠”ってやつだ。発見できるのは世界でただ一人、俺だけ……」
これがサイバー犯罪の恐ろしさだ。こうして新手の罠を使われたら、どれだけ検査しても発見できない。
シンゴがいかに優れたサイバー犯罪者であるかがよくわかる。先ほど治が受け取ったメールもおそらくシンゴが偽造したものだろう。すべてはシンゴの支配下にある。
治は恐怖で黙りこんでしまう。そんな様子に苦笑いしてシンゴは言う。
「そんなビビらんでさ、リラックスしてくれよ。なにもお兄さんを取って食おうってわけじゃないんだし」
「……とりあえずその”お兄さん”って呼び方をやめてくれないか? ちゃんと名前で呼んでくれ、僕は治だ」
「治。へぇ、シャレた名前だな」
「で、もういちど質問するけど……。僕にメールした目的はなんだ?」
「あんたを助けるためさ」
シンゴは話を続ける。
「俺の仲間に頼んであんたのことを調べた。一から十までな。で、率直に質問するが、あんた……何かヤバいネタをリークしようとしてるな?」
「(警戒心むき出しでシンゴをにらむ)……」
「あんたが不安に思う気持ちは分かる。そりゃぁな、自分が知らないうちにあれこれ探られたら怖いよな。
でもよ、俺にせよあんたにせよ、みんながリトル・マザーに監視されてる。トイレでがんばる瞬間すらあの女に監視されてる。そうだろ?」
「まぁ、それは……」
「情報局が使ってる監視システムは実に優秀、なんだって分かっちまう。ところで、もしそいつを革命戦団もこっそり使うことができるとしたら、どうなる?」
「なんでも分かるということか?」
「ご名答。ま、さすがにあのシステムの全部を使えるわけじゃないが、でもあんたの私生活を覗き見するくらいは簡単さ。
そうやってあんたのことを調べさせてもらって、リークのことも知ったわけだ」
治は怒鳴る。
「犯罪じゃないか!」
「あぁそうさ、犯罪さ。だがな、覗き見が犯罪だというならよ……。それを大々的にやってる情報局、そしてリトル・マザーは犯罪者の集まりだろう」
「シンゴの言いたいことは分かる。でも、あいつらは曲がりなりにも合法的にやってるわけで、それを犯罪というのは……」
「法律を守っていれば何でも許されるのか? ルールが認めた範囲であれば何でもやっていいのか? 悪りぃが俺はそう思えねーな。
たとえ法律が認めていても、しかし軽々しくやっちゃいけないことがある。それにそもそもの話、その法律ってのは守るに値するモンなのか?
もし「ユダヤ人を差別していい」という法律ができたら治はそれを守るのか? 「黒人を奴隷として使っていい」という法律ができたらそれにしたがうのか?
俺は死んでもそんな法律は認めない。基本的人権を踏みにじるような法律は根本的に法律でもなんでもねぇよ。権力の暴走が生み出した化け物だ!」
シンゴは苦々しい顔つきになり、ちょっと深呼吸し、言う。
「ふぅ……。すまねぇ、熱くなり過ぎた。この話はひとまず横に置いて、本題に入るぞ。
繰り返して言うが、あんたは情報局に通報された。このままじゃ捕まるぜ。まずそれをしっかりと認識してくれ」
通報。その二文字は窒息するような不安でもって治を圧倒し、震え上がらす。予想していた事態とはいえ、いざこうして現実になると、想像以上にキツいものだ。
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