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第12章 すべてを変える時
第186話 ちょっと休憩 Ass-licker
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《赤羽/レッド・マスクの視点》
夜型の人間でもない限り、誰だって夕方になると疲れてきて、ちょっと一息いれたくなるもんだ。
そしてうちの会社には休憩室があり、仕事に差し支えない範囲で使っていいことになっている。
だったら有り難く使わせてもらいましょ。俺はそう考え、先ほどから休憩室にいる。運のいいことに俺一人しかいない、貸し切りってわけだな。
自販機でコーヒーを買い、手近なカウチに腰かけてから飲む。美味い。俺は紅茶よりもコーヒーが好きだ、ジョン・ブルの趣味は御免だね。
室内にはクラシカル・ミュージックが流れている。なんとも悲しく、そして焦燥感のあるピアノ曲だ。タイトルはいったい何だろう、知識がなくてわからん。
ボンヤリと耳を傾ける。このまま終業時刻になればいいのに。そう思った瞬間、休憩室のドアが開いて誰かが入ってくる。誰だ…? ボスだ! 梅下だ!
彼女は目ざとく俺を見つけ、言う。
「ごきげんよう、赤羽さん」
「ハハ……(乾いた笑顔)。ごきげんようっす」
「(険しい顔で)なんでここにいるの?」
「ちょっと休憩を……」
「仕事は?」
「はい! そりゃもうバッチリ一区切りついてます!」
「ふぅん……」
俺はいつも通りにどんどん質問が飛んでくることを覚悟する。だが今日のボスは機嫌がいいらしい。彼女はこれ以上の追及をせず、黙って自販機に行って何かを買う。
恐る恐るたずねる。
「コーヒーですか?」
「紅茶」
「へぇ……」
「だってコーヒーなんて泥水、とても飲めたもんじゃないでしょう?」
「いやまったく、俺もそう思うっすよ! あんなん野蛮人のドリンクです!」
「ふふ……(微笑)」
ボスに対してはとにかくゴマをするに限る。自分の言動が矛盾しようと知ったことか、長生きしたけりゃLMとボスに愛されるよう努めにゃならん。
俺は大急ぎで自分のコーヒーを飲み干し、何を飲んでいたかがボスにバレないようにする。直後、質問が来る。
「ところで、あなたのそれは?」
「紅茶です」
「感想は?」
「めっちゃ美味かったです」
「なら、私が買ったこれもきっと美味しいんでしょうね……」
楽しそうな顔でボスは歩き、俺のすぐ近くのカウチに腰を下ろす。うわぁ、これからの休憩時間はボスと一緒かよ……。サイアク! さっさと帰れよチクショウ!
「赤羽さん、どうしたんですか」
「(満面の笑み)何でもないっす」
「そう?」
とにかく話題を変えねぇと……。
「ボス、ちょっといいすか?」
「うん?」
「この曲が何か、俺わかんないんすよ。ご存知ないっすか?」
「ベートーヴェンの『悲愴』じゃない?」
「詳しいっすね」
「子どもの頃、ピアノを習っててね。先生だった人がよくこれを弾いてた」
「なるほど……」
「優秀な人材になりたければ、いろんな方面の知識を蓄えなさい。一つのことばかり勉強していると、いわゆる専門バカで終わるのが落ちです」
「はい」
「で、話を仕事に戻すけどね。あなた、進捗はどうなの。本当にうまくいっているんですか?」
まぁこの人の性格ならこういう展開になるわなぁ。どうしよう、適当にごまかして……。
「いやマジで順調っすよ、えぇ」
「でもこの前、剣崎くんが突然いなくなって、その影響で誰の仕事も遅れ気味なわけでしょう。あなた……本当に大丈夫なんですか?」
「そりゃ正直にいえばキツいっすけど、まぁこの程度は慣れっこです。どうとでもなるっす」
「だったらいいんですが。まったく、この忙しい時にいなくなるなんて、剣崎くんは……」
「なんでいなくなったんでしょうねぇ、何のメッセージもなしに」
「察しはとっくについてます。おおかたリトル・マザー絡みでしょう」
「えっ!?」
「……この話題はもう終わりです。いいですね?」
「はい」
誰だってLMの話なんかしたくねーよ。くわばら、くわばら、どうか俺にまで災難が降りかかりませんように!
おそらくだが、治さんはLMに殺されちまったんだろう。会社に戻ってくることは二度とない。じゃあもう彼のことは忘れ、ボスを頼りに仕事を進めた方がいいな。
俺は、ヤバい話なんて何も耳にしなかったというような、平然とした態度で話す。
「そういえば、ちょっと前に白木から連絡を受けました。あいつが言うには、ヘル・レイザーズは勢いづいてクラン全体の課金額も増加傾向とか……」
「いいことじゃないですか。で、あなたの受け持ちの連合軍は?」
「こっちもなかなかの勢いっす。レイザーズに負けるな追いつけ追いこせ、みんなそう叫んでガンガン課金してるっすよ」
「ふふ……。思った以上に儲けられそうですね」
そりゃぁボスとしては嬉しくてたまらんだろうな。こんだけ儲かりゃそんだけ社長の覚えもめでたい、どんどん出世して、そうなりゃおこぼれで俺の給料も良くなる。
結構な話だ。後は戦争がうまく決着してくれれば大団円、そしてそれがいちばん大変。だって現実の戦争もそうだけど、始めることより終わらすことのが難しい。
ボスはどうやってこのパズルを解決するつもりなんだ? 聞いてみよう。
「ところでボス、今回の戦争、結局どういう幕引きにするつもりなんすか?」
「自然の流れが生み出す自然の結果、それを採用する予定です」
「えー、つまり……?」
「まず決戦自体ですが、我々が何か操作を加えることはしません。こっそり誰かにバフをかけるとか、そういうのは却下。どちらの軍も実力のみで戦うように仕向ける」
「なぜです?」
「ここまで大きな戦いでは、そんな小細工をする余裕などないからです。それよりむしろ、戦いの監視をしなくては」
「監視なんていつもやってるじゃないすか」
「あくまで私の個人的な予想ですが、今回はきっとビッグ・トラブルが起きる。だからいつも以上に念入りに監視しないといけない。
特にアンドリューは何をしでかすか分かりませんからね。アカウント抹消を覚悟でチート行為に及ぶ危険すらある」
「たしかにあいつの性格ならやりそうですね……」
「姉川さんの報告によると、アンドリューの攻撃性はもはや精神病じみたレベルにまで高まっているとか」
「やばいっすね……」
「決戦当日、場合によっては彼を強制ログアウトさせなさい。ハイ・リスクな手段ですが、やむを得ません」
「了解っす」
困ったヤローだな、まったく……。まぁ病的なほど怒り狂ってレイザーズを憎めば憎むほど、課金欲に火がついて俺らの儲けになるわけだが……。
とはいえ物事には限度があらぁな。ここはボスの指示通りにやることにしよう。アンドリューのせいで俺が責任を問われる事態になるとか、死んでも御免だ。
お目付け役の姉川はきちんと仕事してんのかな。あいつがちゃんとアンドリューを見張ってくれんと困るんだが……。
夜型の人間でもない限り、誰だって夕方になると疲れてきて、ちょっと一息いれたくなるもんだ。
そしてうちの会社には休憩室があり、仕事に差し支えない範囲で使っていいことになっている。
だったら有り難く使わせてもらいましょ。俺はそう考え、先ほどから休憩室にいる。運のいいことに俺一人しかいない、貸し切りってわけだな。
自販機でコーヒーを買い、手近なカウチに腰かけてから飲む。美味い。俺は紅茶よりもコーヒーが好きだ、ジョン・ブルの趣味は御免だね。
室内にはクラシカル・ミュージックが流れている。なんとも悲しく、そして焦燥感のあるピアノ曲だ。タイトルはいったい何だろう、知識がなくてわからん。
ボンヤリと耳を傾ける。このまま終業時刻になればいいのに。そう思った瞬間、休憩室のドアが開いて誰かが入ってくる。誰だ…? ボスだ! 梅下だ!
彼女は目ざとく俺を見つけ、言う。
「ごきげんよう、赤羽さん」
「ハハ……(乾いた笑顔)。ごきげんようっす」
「(険しい顔で)なんでここにいるの?」
「ちょっと休憩を……」
「仕事は?」
「はい! そりゃもうバッチリ一区切りついてます!」
「ふぅん……」
俺はいつも通りにどんどん質問が飛んでくることを覚悟する。だが今日のボスは機嫌がいいらしい。彼女はこれ以上の追及をせず、黙って自販機に行って何かを買う。
恐る恐るたずねる。
「コーヒーですか?」
「紅茶」
「へぇ……」
「だってコーヒーなんて泥水、とても飲めたもんじゃないでしょう?」
「いやまったく、俺もそう思うっすよ! あんなん野蛮人のドリンクです!」
「ふふ……(微笑)」
ボスに対してはとにかくゴマをするに限る。自分の言動が矛盾しようと知ったことか、長生きしたけりゃLMとボスに愛されるよう努めにゃならん。
俺は大急ぎで自分のコーヒーを飲み干し、何を飲んでいたかがボスにバレないようにする。直後、質問が来る。
「ところで、あなたのそれは?」
「紅茶です」
「感想は?」
「めっちゃ美味かったです」
「なら、私が買ったこれもきっと美味しいんでしょうね……」
楽しそうな顔でボスは歩き、俺のすぐ近くのカウチに腰を下ろす。うわぁ、これからの休憩時間はボスと一緒かよ……。サイアク! さっさと帰れよチクショウ!
「赤羽さん、どうしたんですか」
「(満面の笑み)何でもないっす」
「そう?」
とにかく話題を変えねぇと……。
「ボス、ちょっといいすか?」
「うん?」
「この曲が何か、俺わかんないんすよ。ご存知ないっすか?」
「ベートーヴェンの『悲愴』じゃない?」
「詳しいっすね」
「子どもの頃、ピアノを習っててね。先生だった人がよくこれを弾いてた」
「なるほど……」
「優秀な人材になりたければ、いろんな方面の知識を蓄えなさい。一つのことばかり勉強していると、いわゆる専門バカで終わるのが落ちです」
「はい」
「で、話を仕事に戻すけどね。あなた、進捗はどうなの。本当にうまくいっているんですか?」
まぁこの人の性格ならこういう展開になるわなぁ。どうしよう、適当にごまかして……。
「いやマジで順調っすよ、えぇ」
「でもこの前、剣崎くんが突然いなくなって、その影響で誰の仕事も遅れ気味なわけでしょう。あなた……本当に大丈夫なんですか?」
「そりゃ正直にいえばキツいっすけど、まぁこの程度は慣れっこです。どうとでもなるっす」
「だったらいいんですが。まったく、この忙しい時にいなくなるなんて、剣崎くんは……」
「なんでいなくなったんでしょうねぇ、何のメッセージもなしに」
「察しはとっくについてます。おおかたリトル・マザー絡みでしょう」
「えっ!?」
「……この話題はもう終わりです。いいですね?」
「はい」
誰だってLMの話なんかしたくねーよ。くわばら、くわばら、どうか俺にまで災難が降りかかりませんように!
おそらくだが、治さんはLMに殺されちまったんだろう。会社に戻ってくることは二度とない。じゃあもう彼のことは忘れ、ボスを頼りに仕事を進めた方がいいな。
俺は、ヤバい話なんて何も耳にしなかったというような、平然とした態度で話す。
「そういえば、ちょっと前に白木から連絡を受けました。あいつが言うには、ヘル・レイザーズは勢いづいてクラン全体の課金額も増加傾向とか……」
「いいことじゃないですか。で、あなたの受け持ちの連合軍は?」
「こっちもなかなかの勢いっす。レイザーズに負けるな追いつけ追いこせ、みんなそう叫んでガンガン課金してるっすよ」
「ふふ……。思った以上に儲けられそうですね」
そりゃぁボスとしては嬉しくてたまらんだろうな。こんだけ儲かりゃそんだけ社長の覚えもめでたい、どんどん出世して、そうなりゃおこぼれで俺の給料も良くなる。
結構な話だ。後は戦争がうまく決着してくれれば大団円、そしてそれがいちばん大変。だって現実の戦争もそうだけど、始めることより終わらすことのが難しい。
ボスはどうやってこのパズルを解決するつもりなんだ? 聞いてみよう。
「ところでボス、今回の戦争、結局どういう幕引きにするつもりなんすか?」
「自然の流れが生み出す自然の結果、それを採用する予定です」
「えー、つまり……?」
「まず決戦自体ですが、我々が何か操作を加えることはしません。こっそり誰かにバフをかけるとか、そういうのは却下。どちらの軍も実力のみで戦うように仕向ける」
「なぜです?」
「ここまで大きな戦いでは、そんな小細工をする余裕などないからです。それよりむしろ、戦いの監視をしなくては」
「監視なんていつもやってるじゃないすか」
「あくまで私の個人的な予想ですが、今回はきっとビッグ・トラブルが起きる。だからいつも以上に念入りに監視しないといけない。
特にアンドリューは何をしでかすか分かりませんからね。アカウント抹消を覚悟でチート行為に及ぶ危険すらある」
「たしかにあいつの性格ならやりそうですね……」
「姉川さんの報告によると、アンドリューの攻撃性はもはや精神病じみたレベルにまで高まっているとか」
「やばいっすね……」
「決戦当日、場合によっては彼を強制ログアウトさせなさい。ハイ・リスクな手段ですが、やむを得ません」
「了解っす」
困ったヤローだな、まったく……。まぁ病的なほど怒り狂ってレイザーズを憎めば憎むほど、課金欲に火がついて俺らの儲けになるわけだが……。
とはいえ物事には限度があらぁな。ここはボスの指示通りにやることにしよう。アンドリューのせいで俺が責任を問われる事態になるとか、死んでも御免だ。
お目付け役の姉川はきちんと仕事してんのかな。あいつがちゃんとアンドリューを見張ってくれんと困るんだが……。
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