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人形秋の味覚になる

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人々は、興奮冷めやらぬ様子で隣にいる人に話しかけたり、手元にある紙になにやら書き込んでいた。

目の前の男も満足気に周りをゆっくりと見回し、たっぷりと間を取った後で、また話し出した。


『ええ。ええ。皆様の反応はもっともでございます。先日、賢者様にこれらを見せていただいた際には、私は涙を流し千切れんばかりに拍手をいたしました…!こほんっ。えーっ。失礼しました。では話の続きを。』


男は掌をぎゅっと握りしめ、震えながら力説したが、王様の前だということに気がつき、恥ずかしそうに取り繕い、また話し出した。
恥ずかしそうな様子の男に、奏那はいつもの毒舌を発揮し、


(気持ち悪い!)


と、野次を飛ばしていた。


『こちらの人形は対になっておりまして、この二つは意思疎通が可能となります。探索や鑑定を使用し、情報確保につとめるこの人形を "イモ"と名付けました。どこまでも広がる大地に蔦を広げ、古代リアカ語ですべてを掌握する者という意味でございます。そして、こちらの人形は時止めに消去と、攻撃特化の魔石をはめ込んでおります。名前は "クリ" と申します。雄大なる山々に潜む魔物から大切な者を守り。針のように尖り、敵を一網打尽にする。古代リアカ語で勇猛果敢という意味でございます。』


『おお~!なんと深い名前じゃ!』


男が満足気に言い切った言葉を聞き、周りの観客は口々に賞賛の声を上げ、中には目を瞑り、言葉を噛みしめるように頷く人もいた。


(ねぇ、"くり" だって。)


(うん、"いも" だって。)


悔しさと、恥ずかしさが入り混じる。変なあだ名を付けられてしまった。古代リアカ語は、日本人が面白半分で作った言葉なんじゃないかと思った。もしかしたら、大昔にここへ日本人が来たのではないだろうか。きっとその日本人は、秋の味覚が大好きだったのではないだろうか。

過去の偉人に合掌をしつつ、キノコご飯って古代リアカ語でどんな意味なんだろう?と思った。



『さて、さて、双人形の名前もお気に召して頂けたようでなによりでございます。続けてご説明させていただきます。こほんっ。こちらの人形の手をご覧下さい。』


そう言いながら、男は私の右手を掴み、手の甲が観客席へ見えるように高く持ち上げた。


(ちっ。全然、これっぽっちもお気に召してないけどね。)


奏那は、クリという名前が相当気に入らなかったようだ。さっきから、ブツブツとなにが勇猛果敢だとか、なにが一網打尽とか言葉を呟いている。
不機嫌そうではあるものの、熱い意思を持つ彼女は、勇猛果敢や一網打尽と言う言葉自体はお気に召したんではなかろうか?
下手に気に入ったの?なんて言葉をかけたら、しばらくの間、不貞腐れそうなので言わないけど。


私の右手を勝者のように高く掲げながら、男は親指から順番に爪の部分を指して話し出した。


『こちらから順番に炎の魔石、水の魔石、風の魔石、土の魔石、雷の魔石、がはめ込んであります。現在はどちらの人形もこの四種類しか付けてはおりませんが、後々あらゆる魔石を両手両足にはめ込んでゆく仕組みになっております。この四つの場所以外には無魔石がはまっており、お好きな用途に合わせて使用していただけます。魔石職人へご注文頂いて、どうぞ自分好みにお作りください。』


ほぉ~。魔石ね~。魔石職人って人もいるのか。どんな効果でもつけられるってこと?ほぉ~。

(奏那はどんな魔石がいいと思う?)

(かっこいいのがいいなっ!)

うんうん。わかるよ。チートいいよねチート。


『こほんっ。さて、ご説明はこのくらいでしょうか。後は国王陛下自ら、この人形をお作りくだされば幸いでございます。何か不具合な点などございましたら、なんなりとお申し付けください。長々とお時間を頂きありがとうございました。』


恭しく頭を下げた男は、私達の方に向き直ると、いやらしく唇を歪めて命令を下した。

『イモ、クリ。国王陛下並びに、王家に使える人々の手となり足となり仕えることを命ずる。危害を加えてはならぬ。敵を打ち滅ぼし、その身をもってお守りせよ。"動け"』


途端に石のように固まって佇んでいた身体が、緩やかに膝をつき頭を下げる。
自分の意思をじゃないのに、こんな奴に頭なんて下げたくないのに、従順な配下のように乱れぬ動きだった。


(下克上だ!!絶対下克上してやる!!覚えてろよ!)


苦々しくコノヤロー!っと思っていた私に届いたのは、烈火のごとく怒る奏那の声。
本当に、腹立たしい。
この男に膝をついて頭を下げるなんて。

先程の説明だけではまだ足りない。前の世界がどうなっているのか、その事だけは何があっても知りたい。知らなきゃならない。
もし、全てを壊されていたなら、今度はこっちがぶち壊してやる。

こんな煮え繰り返る怒りも、一人だったら抑えきれなかったと思う。手当たり次第壊して、自分自身も壊してしまったかもしれない。復讐だけに全てを捧げてしまっていただろう。

奏那がいたから、怒りが二等分になって心の余裕が出来たんだ。
奏那がいたから、笑い飛ばすことが出来たんだ。
人形の意思疎通の能力のおかげだ。一人じゃないから、私は私でいられるのだ。


ぐっと、力を込めて奏那に声を送る。


(奏那。すべてわかったら、ぶち壊してやろうね。)


(うん、ぶち壊してやる。)





目の前の男は、舞台の上の役者のように、観客席から大きな拍手と歓声を受けていた。
その顔に満足気な笑みを浮かべ、手を広げて礼をした。


こいつの顔は絶対忘れない。
二人はそう誓った。


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