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閑話、少年A

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その日は、朝から浮かれていた。
ようやく、森への立ち入りが許可されたからだ。

少年の父は傭兵団の一員で、誰もが一目置くほど強くて逞しい男だった。
そんな父を少年はとても尊敬し、将来は父と肩を並べて働くことを夢見ていた。
いつか魔物を倒し、父に認めてもらうんだ!っと毎日毎日剣を振り、走り込みをし、体を鍛えた。

そして、ようやく努力が実を結び、森の入り口付近のみの立ち入りが許可された。

夢にまでみた魔物退治に、少年は胸をときめかせ、森に入った。


この年齢の少年が狩ってもいいと許可が出されている魔物は、ホワイトラビットという兎のような、小さな魔物である。
少年は、緊張しつつも順調にホワイトラビットを狩っていった。

しかし、順調すぎたのがいけなかった。
少年はもっと強い魔物を狩りたいと思ってしまったのだ。



少年は立ち入りが許可されていない、森の奥へと足を進ませた。

森の奥へと進んでいくうちに、太陽が遮られるほど、木々が鬱蒼と茂っていく。

薄暗い場所に、不安を感じ始めた少年は、引き返そうと踵を返した。
すると、木々の間から、1メートルもあるシルバーウルフが近づいてくるのを発見した。
すぐに、剣を構えたが、シルバーウルフが二匹、三匹と増えていくのを確認し、慌てて逃げることにした。

シルバーウルフ達は、森の奥へと少年を追い立てるように走り、狩を楽しむかのように少し距離を取りながら追い詰めていく。

獲物が走り疲れ、抵抗力を少なくしてから狩ろうというのだ。


少年は、どうにか街に逃げられるようにと、進路をとろうとするが、シルバーウルフはそれを許してくれなかった。

必死に考えながら走っていたが、慣れない山道に限界が近づく。

もはやこれまでか、と諦めかけた時に、遠くの方で陽の光が差し込む空間を見つけた。

なんだろう?と疑問を持ちながら、そこを目指して走っていると、シルバーウルフ達が突然追いかけるのをやめて、散り散りに走り去っていった。


少年は、シルバーウルフがいなくなったことに安堵し、足を止めて、息を整えた。


しばらくして、少年は緊張しながらも、光が差す場所へ歩き出した。




そこは、この世の物とは思えないほど美しい空間だった。

そこだけ丸く切り取られたかのような、その空間は、木々に遮られることなく、太陽の光が差し込み、キラキラと輝いていた。


真ん中には、淡い緑色の絨毯がひかれ、その上にはテーブルと深緑の美しいソファ、少年の胸ほどの高さの棚が置かれていた。

現実離れしたその空間には、驚くべきことに2人の天使がおり、天使はソファに腰掛けてこちらを見ていた。

白い肌に、黒い髪、美しい顔が瓜二つの天使。

目の色だけは異なっていたが、どちらも同じ黒いワンピースを身に纏っていた。


一つの絵画でも見ているような美しい光景に、少年はしばらく固まっていた。

最初に動いたのは天使で、二人は顔を合わせて、声を出さずに会話しているような様子だった。


銀と青の目の天使は、ティーカップを持ち、金と緑の目の天使は白い棒のような物を口元に当てていた。


ようやく、我に返った少年は、ゆっくりと近づきながら、話しかけた。


『あ、あ、あの、あなた方は天使様ですか?』


思わず、口をついて出た自分の言葉に恥ずかしく思いながら、天使をじっと見つめる。


天使達は、またお互いに目を合わせた後、素早く動いた。

少年はいつの間にか、天使達に挟まれる形で、ソファの真ん中に座らされていた。


奇跡ともいえる速さに、少年はこの二人は天使であると確信する。


そして、また瞬きをした一瞬の間に、目の前のテーブルに見たこともない食べ物が現れた。

とても美味しそうな匂いがして、ごくんっと喉がなる。

それを聞き、右側に座っていた金と緑の目の天使が、食べなさいと、促してきた。
左側の銀と青の目の天使も、素早く紙に何かを書き、見せてきた。


【たんと、お食べ。】

それを見て、少年はおずおずと目の前の食べ物を食べ始めた。

一口、それを食べ驚愕した。
これほど美味な食べ物があったなんて!

少年は、手がとまらず食べ続けた。
ようやく、全てを食べ終わってから、少年は二人の天使にお礼を言う。

すると、そんな事気にするな、とでも言うように、首を軽く振り、また紙にを見せられた。


【どこからきたの?どうしてこんなところにいるの?】

少年は、少々うつむきながら、今日起こった全ての事を包み隠さず話した。


全てを聞き終わった天使は、怖い思いをしたね、もう大丈夫だからね、と少年を慰めてくれた。


そして天使は、"森の入り口まで送ってあげる"と言い、少年の手を握った。

銀と青の目の天使に促され、光の空間から出て歩く。ほんの少しだけ歩いたところで、周りが少し薄暗くなった。
驚き、後ろを振り返ると、先ほどまで光輝いていた空間が無くなっており、木が鬱蒼と茂る空間に様変わりしていた。
後から付いてきた、金と緑の目の天使に、"えっ、どうやって?"と尋ねると、ゆっくりと頭を撫でられた。




そして、少年は無言を貫き通す天使二人を気にすることもなく、様々なこと話しながら歩いた。
父のこと、父の仕事のこと、将来の夢のこと、母のこと、そして父のこと。
少年が話す内容のほとんどが、父についてのことだった。
それでも、不快な表情もせず、たまに相槌を打ち、頭を撫でてくれた。

しばらく進むと、入り口にたどり着き、少年は二人にお礼を言った。

天使は、最後に何かが入った小さめの皮袋と、一切れの紙を少年に渡してから、手を振り、また森の中へ入って行った。


少年は手渡された皮袋を確認すると、中には先ほど食べた食べ物にかかっていた、甘くて美味しい金色のソースが入っていた。


それに大喜びをして、今度は紙を見た。

そこには、先ほどの食べ物の材料や作り方が書かれていた。
そして下の方の角に、小さく"シュガー"とサインがしてあった。

『あの天使様はシュガー様と言うんだ!』

少年は紙を握りしめ、嬉しそうに家に帰った。



家に帰り着いた少年は、早速家族に今日起こったことを全て話して聞かせた。
途中、森の奥へと入り込んだことに、両親から怒られながらも、嬉しそうに続きを話し続けた。

両親は困惑しつつも、嬉々として話をする息子の話を聞き、微笑みながら"よかったね"と言った。



後日、その街では《シュガーのパンケーキ》という料理が大流行した。



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