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人形魔石を試す

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森に入って進むこと3日目。


普段は日が暮れてから休むのだが、その日は移動をせず、一日中ゆっくりと過ごした。


進みながらする忍者の練習も、植物の採取も、とても楽しいのだが、料理の研究もしたいし本も読みたいので、奏那と相談の上、3日に一度休みをとることに決めた。


私は早速料理の研究に励み、奏那は魔石の効果を確認する。

悪意ある者から自分の身を守ってくれる結界の魔石や、素早く動くことができるようになる肉体強化の魔石、軽い怪我なら治る治療の魔石などがあり、それぞれ一回きりしか使えない物だと聞いた。
しかし、私達には回数制限は関係ないので、常時身につける魔石にその三つを選んだ。


結界の魔石と、治療の魔石は試すことができなかったが、
奏那は、肉体強化の魔石を大変気に入り、瞬間移動のように現れては消える、を何度も試していた。

一度、料理の試食をお願いしようと、奏那を呼んだ瞬間に目の前に現れた為、驚いた私は料理をひっくり返してしまった。

それ以降、奏那は自重し、普段は使用しないことに決めたようだった。


魔法や魔石のことや、攻撃や防御といったことは全て、奏那に任せた。
奏那は元の世界での経験が活かされているようで、危険に対する警戒心が私よりも強かったからだ。

一度、移動中に遭遇したサルのような魔物が、興奮のあまり襲ってきたことがあった。
私は、全く警戒しておらず、目の前から飛びかかってくる魔物に反応出来なかった。
立ち尽くす私とは逆に、奏那は素早く反応し、私の前に飛び出して、サルの首根っこを掴み遠くの方に投げた。


そして、振り返った彼女から、私は多少のお説教をうけることになった。


(あんた、警戒心なさすぎ。危ないと思ったらすぐに、逃げるか反撃するかしないとダメでしょ。わかってる?まったく、しっかりしてるようで抜けてるんだから!そういえば、地球でもあんた警戒心なかったよね。変な女に絡まれて募金したことあったよね?あれ、詐欺だからね。わかってる?もっと、人を疑わなきゃダメだよ。いい顔して近づいてくる人の大半は、利用しようとしてくる人なんだから!まったくもう。今度からはしっかりしてよね。まぁ、私が守ってあげるけど。一人で怖い目にあったら、叫びなさい。飛んでいくから。わかった?)


(はい。わかりました。すみませんでした。)


私は、素直に謝った。


そんなことがあってから、私は攻撃部隊から外された。
もっぱら情報収集と、料理、採取を担当することになったのだ。


(隊長、今日の夕飯は野菜炒めと、ポトフになります。)


(うむ。料理長、お肉はどうしたのだね?)


(もちろん、ステーキはご用意できますが………)

(では、レアで焼いてくれたまえ。)


(隊長、毎日お肉ばかり食べてしまうと、底を尽きてしまいます。)

(それはいかん!!今日のステーキは無しだ。)


隊長は、肉ばかりを食べたがるので、料理を考えるのも一苦労だ。




森で採取した木ノ実や薬草は、料理を作る上で、あまり活躍しなかった。
渋みがあったり、苦味が強すぎたりでどうにも使い勝手が悪い。
そこで、私は様々な効能の薬草を乾燥させてお茶にして飲んでみようと、考えた。

早速、乾燥した薬草にお湯を入れて飲んでみる。

すると、どうだろう。あの、苦味がありとても料理に使えなかった薬草が、もっと不味く、もっと苦い凶器とも言える味になってしまった。

完全に失敗したのだ。

でも、食べ物を粗末にしてはいけないと教えられて育った私は、飲むたびに不快な思いをするそのお茶を、美しいティーカップに移して気分だけでも美味しく飲むことに決めた。

ソファに座り、美しい森の風景と、差し込む光に意識を集中させて飲んでいく。

隣で魔石を選別していた奏那は、私様子を見て、飲んでみたいと申し出たので、ティーカップを渡した。

一口飲んだ奏那は、絶叫して、アイテムバックから取り出した骨付き肉を急いで口に入れ、口の中をリセットしていた。

(料理長!!なんてものを作ってくれたんだ!これ、罰ゲーム以外のなにものでもないわよ!!)

また怒られた。

私は不貞腐れて、"責任持って最後まで飲むもん"と言って、奏那から顔を背けた。


すると、探知に人間の反応が現れた。
鑑定をしてみると、小さな少年が魔物に追われながらこちらに向かってきているようだった。

そのことを奏那に知らせている間に、魔物は散り散りに逃げていき、少年だけがこちらへ向かってきた。

奏那と顔を見合わせて、逃げるかを相談する。
鑑定した結果で、脅威はないと判断したので、そのまま少年と話をすることに決めた。

やってきた少年は、私達の事を天使だと勘違いしたようだった。

『天使様ですか?』

と、たどたどしく聞いてくる少年に、私も奏那も一瞬でメロメロにされた。

可愛い、可愛い、としきりに騒いでいた奏那は、素早く少年をソファに座らせて、作り置きしてあったルリバチの蜂蜜がかけられたパンケーキを少年にご馳走していた。
とても美味しそうに、ガツガツ食べる少年を見つめていると、ふと少年は顔をあげて、奏那が持っている骨付き肉の残骸を見た。
奏那は、ハッとしてすぐにそれをアイテムバックにしまう。

(やべっ、天使はこんなの持ってちゃダメだ!)

首を少し傾げながら、少年は次に、私の持っているティーカップを見た。

私は、瞬時に肉体強化の魔石を使い、ティーカップごとそのお茶を、遠くに放り投げた。

少年に飲ませる訳にはいかない。

私達の怪しい行動に、疑問を持つこともなく、少年は満足そうにパンケーキを完食した。

その後、少年の話を聞き、森の入り口まで送り届けることになった。

奏那がアイテムバックに家具をしまい、木々を元の位置に戻してから、少年の歩きに合わせて進んだ。

少年はよく喋る、いい子だった。父のようになりたい、父のお手伝いをしたい、としきりに話す。
その様子が抱きしめたいほど可愛かった。


ようやく、森の入り口に着いた私達は、お別れを言う少年に、美味しそうに食べてくれたパンケーキのレシピと蜂蜜を渡した。

元気よく手を振る少年に見送られながら、私達は森へ戻った。


奏那は、自分の右手を見つめながら、

(はぁ、連れ去りたいくらい可愛かった。)

と、呟いた。


私も自分の手を見ながら、可愛かったね。と返事をした。


咄嗟に捨ててしまったティーカップのことはすでに頭から消えていた。


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