2LDKの聖者様

おやぶん

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社畜寄り社会人に連休は難しい

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エアル国に滞在する事はや四日。
聖者になる条件として賃金と住居を要求した春馬の意向により、現在王都の貴族街の一角に信之と春馬の新居の建設が進められている。
滞在二日目の夕食後、信之達がお茶を飲んでいる所に宮殿の様な設計図を持って意気揚々とやってきた国王ティリーに『寝室は八部屋も要らないし、応接室は三部屋もいらない』と、とうとうと説明を繰り返した事は記憶に新しい。
結局40分程かけて説得し、最終的には一階に風呂トイレキッチンリビング、二階に寝室が二つのメゾネットタイプの2LDKに落ち着いたのだった。
春馬の頑張りで生活拠点が出来る事は確定だが、いかに魔法があるとはいえ二日三日で家が建つことは無いため、今は新居が出来上がるまでは王城の客室に住まわせて貰っている。
質の良いベッドに美味しい食事、文化の違いに戸惑いもあるだろうとの配慮で専属の世話係まで用意され、信之は申し訳なく思う程に厚遇を受けていた。しかし。

「…暇だ」

綺麗な装飾の施された本をパタンと閉じた信之は、両腕を真上に挙げるとグッと伸びをした。
信之と春馬はここ数日、午前中にエアル国の歴史や文化、政治的な事を学ぶ授業を受けているのだが、午後から聖者として魔法の訓練に勤しむ春馬と違い、信之には特にする事が無い。
週五日、八時間労働が当たり前であった信之は完全に暇を持て余していた。信之の勤め先は決してニュースに出る様なブラック企業という訳ではなかったが、有給休暇が気軽に取れるかといえばそうでもなく、繁忙期には休日に出勤する事もあった。四日も休みが続く事など滅多にないため、どう過ごして良いか分からないのだ。
そのため世話係のスフィフトに勧められるまま図書室に居座り連日読書をしていたのだが、四日も続くと流石に飽きる。

「スガノ様、休憩に致しましょう」

完全に信之の集中が途切れたのを察したのだろう、隅に控えていたスフィフトがスッとお茶を差し出す。ほかほかと湯気の燻るそれを受け取ると、信之は礼を述べ早速一口、口に含む。僅かな清涼感と丁度良い温かさにホッと身体の強張りが解れた。

「今日のお茶は、なんかいつもと違うんだな」
「はい、本を読むのも疲れると思いますので、疲労回復の効果のある薬草を混ぜたお茶を用意してみました」
「へぇ、薬草」
「基本的にはポーションの材料に使われるのですが、こんな風にお茶にしたり、料理に使う事もあります」

丁寧なスフィフトと説明に相槌を打つと、昔好きだったRPGゲームにポーションがあったなぁ、と一見普通の紅茶にしか見えないティーカップの中身をまじまじと眺める。

「今日の薬草は、王宮内の薬草園で取れたものです。疲労回復だけではなく傷や火傷、毒、腹痛など、用途に合わせて様々な薬草が育てられているのですよ」
「そんなに色々あるんだ。そう言えば日本にも漢方だか生薬だか、草を薬にするもんもあったな」
「スガノ様の国にも薬草はあるのですね」
「残念ながら俺は全く詳しく無いけどな」

異世界の話に興味深そうに目を輝かせたスフィフトに、信之は肩をすくめて見せる。割と健康優良児だった信之は滅多に薬を飲む事が無かったし、植物にも無関心だったため、自信を持って答えられる野草はタンポポや白詰草くらいだ。
しかし、もしかしたら日本と何か共通する物があるかも知れないと考えると少し興味もそそられる。

「興味がお有りでしたら、私がご案内致しましょうか、異世界人殿?」

テノールのよく通る声に突然背後から声をかけられ、信之の肩が揺れた。
隣で穏やかに笑っていたスフィフトがスッと表情を消すと即座に姿勢を正し深々と礼をとったため、更に緊張が増すが、声をかけられたのは信之だ。初めて聞く声に戸惑いながらもゆっくりと立ち上がると振り返って声の主と相対する。

「初めまして、異世界人殿」

ブロンドの長い髪を緩く一括りにして右肩に流した男は、信之と目を合わせるとにこりと笑みを浮かべた。
誰かに似ている気がする、と戸惑いながらも「初めまして」と信之は笑顔で応えるが、その後をどうして良いか分からず暫し見つめ合う。
困っている事を察したのだろうスフィフトが頭を下げたままサッと信之の半歩後ろに移動して「アールトス・ディミトゥリアカ・エアル王弟殿下です」と耳打ちする。

「王弟殿下…っあ、ティリー様の!」

聖者様用宮殿の設計図(仮)を持ってご機嫌に、しかし品よく笑うティリーが脳裏をよぎる。髪色もそうだが、良く見れば目の色もティリーと同じく綺麗な青色で、顔つきも似ていた。纏う服も、スフィフトに比べると上質で装飾も多く、一目で身分の高い人物だと判る。

「何だ、兄の事はティリーと呼んでいるのか?では私の事も是非、アールトスと呼んでくれ」
「え?!いえ、そんな…」

目を細めたアールトスの笑みが揶揄う様に意地の悪いものに変わり、畏まった口調も鳴りを潜めた。信之は慌てて首を横に振る。
日本という家族制度の無い国から来たため、信之と春馬は国王をファーストネームで呼んでいたが、親しくも無いまして目上の人間をファーストネームで呼ぶ事は不敬であるとマナーの授業で指導を受けていた。異世界に来て僅か一月も経たずに不敬罪で死刑になど、信之はなりたく無い。
アールトスとしても大した意図は無かったのだろう、直ぐに「まぁ良い」と話を流した。

「薬草に興味があるのなら、私が薬草園を案内しよう。薬草研究は私のライフワークでね、よく薬草園に行くんだ」

映画で観た、令嬢をダンスに誘う様な優雅な仕草で、信之の目の前にアールトスの手が差し出される。
暇を持て余している上に、薬草園には正直興味を惹かれた。しかし、王弟殿下とはいえ良く知らない人間について行っても良いものか、と迷う気持ちもあった。
顔を伏せたまま黙って控えているスフィフトをチラリと見遣ると、迷っている事に気付いたのであろうアールトスが信之より先に口を開く。

「君はアブゴー子爵のご子息だね?」
「アブゴー子爵家の二男、スフィフトと申します。陛下よりスガノ様の手助けをする様に申し付けられており、今は行動を共にさせて頂いております」

アールトスに声を掛けられたスフィフトが応え、ずっと伏せたままであった顔を上げた。
日本では馴染みの無い貴族同士の畏まったやり取りに、信之はドキドキしながら二人のやり取りを見守る。

「異世界人殿を薬草園に案内しようと思うが、何か問題はあるかな?」
「…いえ、特に禁止されておりません」
「では、問題ないね」

スフィフトの返答にアールトスは満足気に頷いて、さっと信之の腰に手を回した。
そのままエスコートする様に歩き出したため、まだ返事をしていないのに、と戸惑いながらも信之もついて行く。振り返ると、数歩後ろをスフィフトが付いてきているのが見えて安堵のため息を吐いた。
折角スフィフトが用意したくれたのに半分も飲めないまま図書室に置き去りにされたお茶だけが、信之の心残りだった。

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