自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね

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終章

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 ヘタな詮索をされないため、そしてしっぽを掴まれないため、池戸家との話し合いは終始華原家が主導権を持ち、淳也が勝手に縁談を放棄し、逃亡したことになった。おそらくもう日本には帰ってこない身なのだからと罪を全部被せた形だ。それを当人に伝えれば、苦笑していたけれど晴れ晴れとしていた。

 和眞の存在は知られていないので、池戸家の者は淳也がアメリカにいるなど想像もつかないだろう。どうも跡を継ぐのは、今まで自由気ままに好きなことをしていた長男のようで、それは父が働けなくなってからということで収まったようだった。

 陽子は一年を目途に依存症専門の医療施設に入ることなった。専門家のもとでアルコールに手が届かない生活を送る治療を行い、更生を図るためだ。併せて璃桜の結婚式に出席する許可とリンクさせ、やる気を継続させる。


 この日、璃桜は一人で電車に乗っていた。会社を辞めて以来だ。

 三か月前、衝動的に家を飛び出し、自殺するのではないかと思われ騒動になった騒ぎから一転、璃桜の監視は解かれた。あの出来事によって、逆に〝ない〟という確信を与えたのだ。

 電車が止まった。聞いている駅に着いたので降りる。ここからはスマートフォンの地図アプリを使って進むのだが、徒歩十分と聞いている。一本道だそうで、迷う余地はなさそうだ。

 エスカレーターで地上階へ。正面に高いビルがいくつも建っている。その奥には東京湾。潮の香りが鼻孔に触れた。あの夜と同じ香りだ。

 十分歩き、目的のビル――マンションに到着し、インターフォンを押すとすぐに和眞の声の返事があった。

「璃桜です」
「いらっしゃい。上がってきて」

 大きなガラスの扉が開く。ここからは居住エリアだ。

 モノトーンのロビーは天井が高く、足元には大理石が敷かれている。憩いのスペースは広く、ソファやスクエアチェアがいくつも設置されている。テラス窓の向こうにある中庭から光が燦々と差し込んでいた。

 そこを通り越し、エレベーターに向かう。ボタンを押せば三台あるうちの一台の扉がすぐに開いた。乗り込んで言われている階のボタンを押し、璃桜は深呼吸をした。

 静かな音を立ててエレベーターが上昇する。同じように璃桜の鼓動も高まってゆく。
 この少しずつ和眞のもとへ近づいていく距離感がたまらなく幸せな気持ちにさせくれる。

 目的の階に到着し、目的の部屋場合を探して到着すれば、ドアフォンを押す前に扉が開いた。

「あ」
「そろそろかなって思って」
「はい」

 和眞がコニリと微笑んでいる。その顔にたまらない安堵感を覚えて微笑み返すと、「ウソ」という言葉が降ってきた。

「ウソ?」
「あぁ。ここにカメラをつけてる。センサーで室内の画面に映るようになっているんだ。見てわかるように、この部屋がドン詰まりだから、カメラに映る人間はウチに用がある者だけってこと」

 指さされた場所には円形の防犯カメラが設置されていた。

「このマンションは防犯に力を入れてるって聞いてるけど、念のためにね。さぁ、入って」
「お邪魔します」
「うん。けど、一年後には璃桜の家になるから気楽にね」

 最初は半年後に結婚しようと言われたが、万が一のことを考えて一年待つことにしたのだ。それを提案したのは璃桜だった。口では安全のために、と言ったけれど、本心は違う。

 和眞との交際期間が欲しかった。ごく普通にカップルが重ねる愛しい時間が欲しかった。
 なにげなく過ごす〝普通〟の時間が欲しかった。

(私はずっと、自分は〝普通じゃない〟って思ってた。おかしな、イヤな存在だって)

 和眞は〝普通〟の自分を愛してくれる。だから委ねて、その時間を堪能したかったのだ。

「わぁ、広い」
「まだあんまり荷物がないし、俺の分だけだから。あ、こっち」

 和眞は来年璃桜と暮らすために引っ越した。交際中も通えるように。部屋の端にはまだ手付かずのダンボールケースがいくつもある。

 案内されたのは寝室で、セミダブルのベッドが二つ並んで置かれていた。

「詰めて置いてるんだけど、ベッドとベッド間に隙間作る?」
「…………」
「なに?」
「……うぅん。ちょっと恥ずかしいなって、その、思って」

 すると和眞がニマリと笑った。

「なに? エロいこと考えた?」
「! ちがっ」

 背中に大きな手が回される。

「部屋見学の前に、一回ヤっとく?」
「しません!」
「ははははっ。あとでな」

 チュッと額にキスが落ち、手が離れていった。それがなんだか妙に寂しい。

 それから一つ一つ説明されながら室内を案内され、広いダイニングキッチンのテーブルに落ち着く。引っ越したばかりでまだそろっていない中でコーヒーメーカーがあるのが可笑しい。

「どうかした?」
「いいえ、なんでも。まだぜんぜん片付いていないですね」
「引っ越してきて一週間も経ってないから」

 何気ない会話、何気ない時間。それが楽しくて、幸せで、この上ない。

 来年、璃桜もここに越してくる。大きなテラス窓一面に東京湾が臨めるパノラマビューは最高のロケーションだ。こんな素敵な家を用意してくれるんて――そう思っていると、いつの間にか横に和眞が立っていて抱きしめてきた。

「やっぱ、無理」
「なにが?」
「先に璃桜を喰っちまいたい」
「もう」
「頑張ったご褒美」

 おどけた顔がかわいい。そう思い、キスを受け入れる。

 この人が好き。
 この人のおかげで、見えなかったものが見え、気づけなかったことに気づけた。
 なにより、意固地になっていた自分の心を解きほぐせた。

「和眞さん」
「ん?」

 ほんの少し首を傾げるこの仕草も好きだ。

「好き」
「ん、俺も」
「寝室、行きましょうか」

 和眞が驚いたように目を丸くする。
 この顔も、好きだ。




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