拝啓お母様、俺は隣人に殺されるかもしれません

えの

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「あ、あのッ…」

「黙ってろ」

「いゃ…ちょっと…えっと…その服ッ!!ほら!!服汚れちゃいます!!」

内心ドキドキしながらも、上手い言い訳をして厚い胸板を押し退けようと必死に藻掻くが、ヤグザさんはビクともしない。全くもって羨ましい限りで…。しかたがないので、そのままの状態で捲し立てる様に話を継続する。勢で押して今日のオールナイトイベントは中止作戦だ!!

「それに…俺、臭いますよ…。いや~バイトでドジしちゃって、久しぶりに肝が冷えました!!ほら見てくださいよー。お客さん怒らせちゃってアイスコーヒーぶっ掛けられたんですよ!!ほんとドラマみたいなッ…」

「怖かったな。よく我慢した」

会話を遮るように言葉を発したヤグザさんの声色は、いつもの怖さなどはなく、ただ穏やかに子供をあやす親の様に優しさが溢れていた。

「やだな…俺、大学生ですよ…」

ヤグザさんの厚意を振り払うように頭を振り否定した。やめて欲しい。惨めったらしい姿を晒し、情けないほどまでに弱った心にとどめを刺さないで欲しい。何時もみたいに凄んでくれた方がマシだ。

「大人だって恐怖する事はある」

「どうして今日に限ってそんなに優しくするんですか…」

「ふっ、そうだな。俺は何時だってお前だけには優しいつもりだ」


甘さを含んだ声に惹かれ、ゆっくりと見上げたヤグザさんは、思わず見惚れてしまうぐらいの笑顔を俺に向けていた。それを見て、俺は俺の中の何かが切れる音を聞いた。涙が溢れ頬を伝い、嗚咽をもらした。そうだよ。怖かったんだよ。俺、頑張ったんだよ。ずっと頑張ってたんだよ。高校時代はバイトをしながら必死で勉強して、大学入学してからも母さんに負担かけたくなくてバイトに明け暮れて…。ただがむしゃらに一生懸命に…。


誰かに褒めて欲しかった訳じゃない。それが当たり前の事だったから。俺はそうやって割り切って物事を考えて受け入れてきた。今日のクレームも俺の確認不足。だから怒られて当然だと思った。だが、手を取られ連れ出されそうになった時、受け入れ難い恐怖を感じた。


ヤグザさんは何もかも見透かしているのかな…じゃぁ、


「ぐっ…すいません…少しだけ…あと少しだけ…このままで居てもいいですか…?」


消え入りそうなお願いに対し、ヤグザさんは答える代わりに力強く抱き締めてくれた。こんなにも強く人の温もりを感じるのは何年ぶりだろう?温かくて安心する…。伝わってくる心音が心地いい。もう少しだけ、この温もりに甘えさせて貰おう。



▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ 



「…殺すな…絶対だ。あぁ、最後は俺がやる」


なんだろう…。意識の遠くの方でヤグザさんの声が聞こえる。誰かと電話してるのかな?


「んッ…ここは…ってか俺…」


「まさか寝ちまうとはな」

独り言のつもりで呟いた言葉に、いつの間に近くに居たヤグザさんが返事をしてくれた。ってか…


「すっ、すみません!!あの…ここは…」


色々と聞きたいが一番気になるのは俺が今居る場所だ。俺…こんな広いベットに寝たことない…超ふかふか…俺は察しが良い方だ。恐らくここはホテル!!しかもスィートとみた!!えっ、どうしよう…。今更ながらヤグザさんがちょっと怖い。どういうつもりで連れて来たのか…皆目見当もつかない。


ベットで上半身が起き上がった状態の俺は、自然と側に立つヤグザさんに上目遣いになる。別に狙ってやってないよ!女の子なら可愛いけど、男がやってもねー。なので他意はありません!!


「ぐふっ」
 

突然の発作にうずくまるヤグザさん。えっ、ヤバイ!!どうしよう…とりあえず横に…あっ、そっか。俺が今居るベッドと場所を交換すればいいんだ!!人間焦るとろくな目に遭わない。もっと冷静になって考えれば良かったんだ。


うずくまるヤグザさんの手を引き、力の限り自分の方に引っ張る。普段のヤグザさんではビクともしないだろうが不意打ちだったのだろう、簡単に引き寄せる事が出来た。が、体格差の為にそのまま俺の上に覆い被さる体勢になってしまった。なんという…。こんなはずでは…。目を見開き固まるヤグザさんと、非常に気まずく乾いた笑いしか出ない俺。




拝啓お母様、俺は隣人に無体を働いてしまった様です。


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